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音質マイスター萩原光男のサウンドチェックNo. 323

音質マイスター萩原光男の聴きどころチェック #8『トーマス(トマシュ)・スタンコ・カルテット/セプテンバー・ソング』 

text by Mitsuo Hagiwara 萩原光男

Tomasz Stanko Quartet “September Night”

コンサート日時:2004年9月9日
錄音場所:ミュンヘン、ムファットホール
録音方式:ライブ録音

演奏者
トーマス(トマシュ)・スタンコ (tp)
マルチン・ボシレフスキ (p)
スワヴォミル・クルキエヴイッツ (double-b)
ミハウ・ミスキエヴィッツ(ds)

曲目
1. Hermento’s Mood
2. Song For Sarah
3. Euforila
4 . Elegant Piece
5. Kaetano
6. Celina
7. Theatrical

録音: ステェファノ・アメリオ
ミキシング:マンフレート・アイヒャー、マルチン・ボシレフスキ&ステェファノ・アメリオ
マスタリング:ステェファノ・アメリオ


【はじめに】
ピアノ・トリオにトランペットが加わってのクインテットのロング・ツアーがおこなわれ、その直後のクインテットのライブ録音です。直後とあって、ECMの手慣れたサウンドで、リスナーが楽しめるナンバーのメドレーといったアルバムです。
音が良い、というのが第一印象で、シンプルなシステムでも十分「音の良さ」を、聴けてしまうアルバムです。
ここで「音が良い」という内容を説明しておきます。
⚪ とにかく反応が良い。
⚪ 小さなボリュームでも、サブにまわっている楽器の音が明確に聴ける
⚪ 反応が良いから「音が音符に先行して出てくる」イメージがあるので曲がアップテンポに聴こえる
⚪ 息遣いのような楽器のディテールが聴こえるから、その音でベースやドラムの音が小規模オーディオ・コンポでも聴けてしまう
このような「良い音」はECMレーベルには共通している音傾向です。

1, このアルバムの音、ECMの音
このアルバムの録音場所ムファットホールはミュンヘンにあり、1000人以上入れそうな高い天井のホールです。
ECMの録音というのは、ライブ録音的音指向ですが、ここでECM録音の特徴をまとめておきましょう。
① ライブ録音的。
創始者でありメイン・プロデューサーであるマンフレート・アイヒャーの音つくりのコンセプトに基づいています。
彼の初期プロデュースのアルバム「ジョージア・フォウンの午後」は元教会だったところを転用しているマンハッタンのサウンド・アイデアズ・スタジオで、天井が高く広い反射音が豊かな環境でした。ECMのメイン・スタジオも教会ほどではないが適度なの広さがあり天井が高めのようです。
②録音技術的にはマイクはやや離れた位置でオフで取り、マイクの本数も多くは無いようです。反射音、間接音豊かに録音することを心がけているようで、多数マイクによるマイク間の干渉で間接音が無くなることを避けているのです。
③ こうした間接音豊かな録音は、1950年代1960年代のレコードの音に立ち戻ることができます。
当時はマイクは高価だったのでマイクの本数は限られていたことが、マイク間の干渉が少なく間接音が豊かな音になっていたのですが、ECMはその音を意図的に再現しつつ、現代的な音に仕上げています。

上段に、息遣いの聴こえる、速い音と書きました。もう一度その音を言葉で表現すると、ピアノは、打鍵されると近傍からの反射音がふわりと直接音に装うように飾り、ややシルバーメタリックなしかし柔らかさのある音になります。
直接音は立ち上がりの速い音ですが立ち下がりも早く、積極的に間接音を明確に聴こえるようにしていることで、直後音の後に豊かにきこえる響きがあたかもポリフォニックなパッセージを演奏しているように聴こえます。
このアルバムでも、キース・ジャレットの『ケルン・コンサート』のように響きが豊かにも聴こえるのは演奏側にも要因があり、ピアニストのマルチン・ボシレフスキーは13才の時に手に入れたキース・ジャレットのアルバムに感銘を受け強い影響を受けたからでしょう。

録音機材もシンプルで、楽音信号の通過する機材も最小限に制限して音まとめをしていることが、想像されます。オーディオの高音質追求の手法には、「シンプル・イズ・ベスト」という手法があり、その結果、息遣いのような速い微細なニュアンスも聴こえるのです。

2,️ECMレーベルの音の楽しみ方
このような環境からの間接音豊かなECMの音ですが、これを十分味わうための、リスナーとしての方法としてこんな考え方で聴くのは如何でしよう。

【音のききかた「聴く音」 「聞く音」】
◎『聴く音』:傾聴活動というように、目的を明確にして話者・奏者の内容をきく「聴く」という聴覚の活動があります。
「聴く」ためには意識を、語るヒト・奏される楽器に向け、楽譜面的情報や言語的情報を聴取します。
◎『聞く音』:一方で、「聞く」という人体生理における活動は、聞くことを意図しなくても外界からやってくる音を「きく」こととしてみましょう。この時の心構えとしては、心をなるべく「無」にして、音を意識しないで空間の中に身を置き、あたかも座禅の意識でその場に佇みます。
そこでは、建物の状況による「場」の音や、奏者の発する音が自然環境に変容されて現れる「音」に出会うことができます。
ECMレーベルの音というのは、このように出会える音にあると言えないでしょうか。

3,各曲の音を聴く
カリスマトランペッター故トーマス・スタンコの演奏も素晴らしいですが、
このアルバムは基本はピアノトリオということもあり、ピアノと、ベース・ドラム間のダイアログは味わい深いものがあります。
試聴のポイントはもう一つ、各トラックを聴き始めには必ず無音がありますが、この無音に続く曲の冒頭に聴ける楽器の音とその空間音を味わいます。 このような方法が、ECMを味わう大きなポイントです。

1曲目:気心の知れた話し相手のようにベースが語り始めます。まずはベースの音の広がり、音の返りを味わいましょう。
やがてトランペットが誘われ歩くような速さで始まる曲は、聴くものに無理がなく気持ちを弾ませてくれます。やがてピアノとドラムが入ってくると、まるでクインテットのように明るく楽しいセッションが始まります。
2曲目:ピアノは満天の星空に明るく輝きますがややアンダーに、モノローグを語りはじめます。
トランペットが入ってきて、でも主役は輝くピアノの音、しかしここでの味わいはベースです。床を這う音、ブーンとブルブル震えるベースの弦、ドラムも強くは無いけど明確な打音はリアリティがあります。
3曲目:ついにベースのソロの登場です。やはりここでのベースの味わいは四分音符ぐらいの長い打弦のブルンと鳴って広がるベースらしい音を味わいましょう。
そのベースにトランペットが天の広がりを主張して音楽空間を作ります。
ベースとドラムが低音部を構成して大地を作り、ピアノが登場して音楽を作りだします。速めのピアノが縦横に駆け回り音楽を作りやがてトランペットが出てきて場を盛り上げると、リスナーはここでグラスに手をやりぐっと一杯飲み干したいところです。
8分ぐらいにバスドラムの中程度の強さの8分音符ぐらいが聴こえます。
このバスドラは音の遅れもなく基音が聴こえてその直後に一次反射音がついて聴こえるようなまとめかたは過不足なくさすがは、と感心してしまいます。
4曲目:トランペットが退屈そうに音を出しピアノは時々水の滴りのように音を出すのは静寂感の表現でしようか。
アンニュイなクインテットの演奏は、各楽器の会場に響きわたり返りくる音が、ゆったりとした気分で楽しめます。
バスドラムあるいはベースがソフトにリズムを刻むのを味わい深いものがあります。
5曲目:トランペットとピアノのダイアログ。
ゆっくりしたトランペットが会場に響き渡る音を聴く。
やがてピアノが登場して低音部はドラムの小音量の連打。この辺りのピアノの高域とドラムの低音の音楽的バランスを味わう。
やがてテンポが速くなり、音像の大きいベースがリズムを刻む音の重なり、重層感は味わい深いのです。
6:曲目:トランペットが語るように始める。そこにドラムがゴロゴロと低音部を固める。このドラムのドンドンドン、あるいはゴンゴン、という打音はリアリティ十分。やがてベースがややアップテンポでリズムを刻むと、それに呼応して、トランペットの乾いたパッセージが続く。
4分30秒ぐらいで、『観客のリズムを打つ拍手』が一瞬入ります。
ピアノが軽快なリズムをとり流れるジャズ。ここで聴ける輝くピアノの音もECMで聴くと味わい深いものがあります。
7曲目:トランペットが4拍子で中程音で登場してベース、ドラム、ピアノも低音でリズムを取り、低音主体だが軽快なリズムの楽章で始まる。
メインはトランペットだが、各楽器の低音の響きは聴きどころ。
各楽器の明確なメロディを奏するが、各楽器の会場での響きも聞き取れて、余韻を残しながらのエンディングです。

4,終わりに
ECMの創設者でプロデューサーでもあるマンフレート・アイヒャーは、音楽環境豊かな家庭に生まれ、3才でバイオリンを始め、8才でベースに転向して音楽学校で学び、卒業後はステージにも立つ、という活動をしてきました。
ベーシストは良いピアニストを待っている、と言われますが、その言葉のようにマンフレート・アイヒャーのECMにはキース・ジャレット始め素晴らしい何人かのピアニストがいます。
そんなECMレーベルのアルバムを聴くときは、ベースとピアノには特別のデリカシーで臨みたいものです。
ベースには微細な音の変化にのニュアンスがあります。
アイヒャーがリスペクトするピアノは、やはり音楽の主役で、メインでの輝き、オフでの演奏の音、脇役に回ってのニュアンス豊かな音、などなどを意識して味わいたいものです。

【参考文献】 稲岡邦彌著「ECMの真実」

 

萩原光男

萩原 光男 1971年、国立長野工業高等専門学校を経て、トリオ株式会社(現・JVCケンウッド株式会社)入社。アンプ開発から、スピーカ、カーオーディオ、ホームオーディオと、一貫してオーディオの音作りを担い、後に「音質マイスター」としてホームオーディオの音質を立て直す。2010年、定年退職。2018年、柔道整復師の資格を得て整骨院開設、JBL D130をメインにフルレンジシステムをBGMに施術を行う。著書に『ビンテージ JBLのすべて』。

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