#12 『Junko Moriya Orchestra / Moving Onward』
『守屋純子オーケストラ/ムーヴィング・オンワード』
text by Mitsuo Hagiwara 萩原光男
Spiral Records SPIR-001. ¥3,000(税込)
守屋純子(P,ARR)、安力川大樹(B)、加納樹麻(DRS)、岡部洋一(PERC)、
近藤和彦、緑川英徳(AS),
岡崎正典、吉本章紘 (TS), Andy Wulf (BS)、
佐野聡、 東條あづさ 駒野逸美(TB), 山城純子(B-TB),
Joe Motter, Mike Zachernuk,、岡崎好朗(TP)
1.Soulful Mr. Morgan (Junko Moriya)
2.A New Step (Junko Moriya)
3.Moving Onward (Junko Moriya)
4.Michel (Junko Moriya)
5.Golliwog’s Cakewalk (Claude Debussy)
6.Anjin, the Pilot (Junko Moriya)
7.Future & Hope (Junko Moriya)
8.Moon River (Henry Mancini)
9.For Kyoko (Junko Moriya)
10.Blues For Hayabusa2 (Junko Moriya)
11.Embraceable You (George Gershwin) – Bonus Track (CD)
Recorded at : Sound City, A Studio, Tokyo 2025.3.26 & 3.27 by Kiyoshi Okabe
CD「Moving Onward / Junko Moriya Orchestra」音質評価
1. 始めに
このCDは、作者が自認しているように、確かに音が良い。
その、「音の良さ」はオーディオ的ハイファイの音の良さではなく、言ってみれば真空管アンプにある音のヌケとか、厚みという表現で語る楽器の豊かな表情を伝える伝統的な「良い音」なのです。
音についてもう一つ付け加えておくと、このCDの録音エンジニアは、ビッグバンド・ジャズの楽器の音のあり方を熟知していて、ブラスなどの特徴的な楽器やドラム、ベースの低音について、ややデフォルメを感じるが、聴いていて心が弾んで楽しい。
そんな印象のCDですが、曲作り、バンドの編成、などそつなく作られているこのアルバム、守屋純子氏の豊かな力量が背景にあることに気づきました。彼女の著作「なぜ牛丼屋でジャズがかかっているの?」を読みました。彼女の人生はいろんな人が登場して彼女をサポートしていますが、それを上手に取り入れて、チカラにして成果を積み上げてきた人生のようです。
このCDの音にも充分にそんな彼女の人柄が生きていて、アルバム作りに携わったスタッフが楽しく、仕事をした成果のようです。
このCDの「音の良さ」はそういった、彼女の円満さの成果と読み取りました
2. ビッグバンド・ジャズの音
私は、ビッグバンドというジャンルが好きです。明るく、弾んで楽しい。
一般的なジャズというのは、ブルーノートを使う曲で、あまり明るくありません。
ブルーノートは、通常よりも音程を半音下げた音のことで、 独特の哀愁を帯びた響きです。
ビッグバンド・ジャズはどうかというと、元々この種のジャズはキャバレーやクラブで演奏されていたところから発展したと言っていいでしょう。
これらの場所は、社交場とも言われるように、人々が明るく楽しい時間を過ごす場所です。
音響空間としてはコンサートホールほどは広くなく100席から400席ぐらいでしょうか。残響音もキレがよく、爽やかです。
音は明るくポップで弾んでいるべきです。
このCDもそのように出来上がっています。ベースやドラムなどの低音は輪郭が明快で弾んでいます。
3. このCDの音
特にこのCDの「音の良さ」で言っておきたいのは、速くて弾む低音と、もう一つは、ブラスなど管楽器の柔らかくて優しい厚みのある音、その響きです。
①前のめりの、速く弾む低音
低音ですが、感覚的に「速い」と表現したい。つまり時間的な速さとともに、音楽が始まると既にそこに低音が存在している、というような速い音なのです。
音楽の演奏では、演奏やダンスのリズムで「先取り」という表現をしますが、前のめりの速めの、ノリの良いウキウキした、そんな低音です。
その音は1曲目のスイングする低音から始まり全曲同じですが、5曲目がバスドラムが活躍して、その低音はおすすめです。
以下は蛇足です。
専門的になってすいませんが、オーディオでは1950年代〜1970年代にシアターやハイエンドオーディオで使われた、大口径(38〜40cm)のウーファーでバックロードホーンで再生した低音に酷似しています。この低音も速くて前のめりで大きな音像の低音です。
そのように、オーディオ全盛期には、多くの人が憧れた低音なのです。
②管楽器が浮遊して最高のコンサートホールのような中高域
管楽器の帯域の中域から中高域は、楽器が空間に分離して立体的に浮遊しているように存在して、一つ一つの楽器の音が柔らかく厚みがあり反射音や響きの消息がわかります。
つまり、ヌケがよく厚みがあり爽やかなのです。
ハイファイというより真空管の音の延長で語る方が適切で、最高の音質と言われるウィーンのムジークフェラインザールに通じる音、響きを感じます。
4. 各トラックの音
(絶品のトラックもある)
このCDの音は、楽器が空間に立体的に浮遊して抜けが良く爽やかなので、聴いた後味が良いのです。
特に9曲目を聴いて頂きたい。
①「絶品の音」 9曲目
リラックスしてアダージョくらいのテンポで始まる明るいバラードで、春の柔らかい日差しの中を歩いている感覚です。乾いた軽い音、各楽器音のヌケも良い。
楽器の配置が、左右奥行きとも、反射音の構成でよくわかります、
1分30秒ぐらいからはピアノのソロが楽しめて、3分ぐらいからアルトサックス、ピアノ、トランペットのアンサンブルでは、楽器が空間で乾いた感じで浮遊し音が交錯するのは快感です。
ファンタジックな音楽空間が醸し出されて楽しめます。
② 少し翳りのある音の10曲目で、このCDの音作りを読み解く
9曲目のヌケよく、浮遊感に満ちた音作りを楽しんだあと、10曲目は少し違う音作りです。楽器がスピーカーのパネルから少し後退して、音に輪郭がつき響きが抑えられています。
マイクアレンジなどによる録音時の手法上のテクニックでしようか。
この、トラックによる音の違いから、このCDの音の良さは、こうした録音技術によるものが大きいことがわかります。
③ その他、印象的な曲
1曲目は、軽やかなスイング感で、低音が音像大きめですが、早めに届き、ウキウキして楽しい。
ハイファイの観点では、デフォルメされた音ですが音響の真実よりも音楽の真実に迫っています。
守屋純子氏のピアノもあじわいがあります。
2曲目はそれが楽しめます。
音的には、乾いていてヌケよく軽やかです。軽薄というのではなく、他のメンバーの作っているジャズという音楽に合わせて、しかし彼女なりの音楽を表現している味わい深いピアノです。
アルバム全体の音の調子を作っています。
このトラックのタムタムはコリッとした音塊で音楽を作り、いいな!、と思わせます。
5曲目 の バスドラがドスドスと量感豊かに演奏します。マッシブにかたまり感を重視してまとめていて高域の管楽器などのエネルギーに対応していて、音楽的バランスが良い。
5. 守屋純子氏について
音楽ですから、結果的には音で語ります。
最初の試聴では、普通の感覚でその良い音に感動し、このCDを作った人はどんな人か、と彼女を知るために、著作をあたりました。ビッグバンドジャズの経験を、早稲田大学、アメリカ音楽学校、セロニアスモンク賞、現在の活躍を通して、印象に残ったのは、特別な深いこだわりでの狭く深い音楽との取り組み、というより音楽好きな体質が、いろんな出会いに遭遇しそこでの要求を120%満たしていく、というものでした。
音楽的才能も豊かなのでしょうが、その音楽を支えている豊かで、素敵な人間関係、コミニュケーションを感じました。
良い人間関係があってこその、円満な音楽、円満な音を感じた次第です。
6. 最後に
「良い音」と、いささか書きすぎたと思いますが、最後にこのレポートを読んでくださった方が、より良く聴いて頂くためのアドバイスをお伝えしておこうと思います。
このCDを聴く前には、オーディオ装置をCD1枚分ぐらい、鳴らしてエージングしてから聴いてほしいと思うのです。それは、このソースの音の良さはを味わうための、まさにオーディオ装置の時間的音の立ち上がりに似ています。
どんなものでも、「良いモノ」を味わうにはそれなりの配慮が必要、というのはどんな世界でも同じです。
「音質にも最高に拘っており...」と自負されているこのソース、是非お楽しみください
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