#16 『バンクシア・トリオ/LIVE』
text by Mitsuo Hagiwara 萩原光男
TSGW Records TSGW002 ¥3,000(税込)
須川崇志 / Takashi Sugawa (Bass)
林正樹 / Masaki Hayashi (Piano)
石若駿 / Shun Ishiwaka (Drums)
1. Drizzling Rain (菊地雅章)
2. Rain (須川崇志)
3. MASKS (須川崇志)
4. Stefano (須川崇志)
5. Doppio Movimento (林正樹)
6. Yoshi (石若駿)
7. Gui (坂本龍一)
Recorded at Blue Note Tokyo, Meguro Persimmon Hall,
21st Century Museum of Contemporary
Recorded by Ryuto Suzuki, Yo Inoue
Mixed by Akihito Yoshikawa
Mastered by Akihito Yoshikawa
1.前書き①コンテンポラリー・ジャズと「ポエジー」
今回のお題はコンテンポラリー・ジャズです。筆者はコンテンポラリー・ジャズというジャンルのジャズに接する機会が少なく、その音の味わいを筆者の聴覚やその他の生理感覚で感じた「ポエジー」を軸にまとめてみました。
一般的にコンテンポラリー・ジャズの場合、リスナーは何をポイントに聴くのでしょうか。
耳に残るメロディーラインの少ないコンテンポラリー・ジャズの場合、リスナーは通常のジャズにはない緊張と刺激を感じるわけですが、そこで感覚的に何に重きを置いて聴くかは大きな問題です。私もこのジャンルの演奏は得意ではないですが、「何かの軸」を見つけられなければ聴き続けることはできず放棄するしかないでしょう。つまり、コンテンポラリー・ジャズは聴く者の側になんらかのスピリチュアルな高みを要求するわけで、それは多分「ポエジー」ではないかと思うわけです。ポエジーとは、寂寥、寂寞、沈黙の底にうごめくかすかな響き、音のしずく、あるいは突然の暴力的なまでの喧騒、喧騒と静寂の対比といった生理的感覚が感じる情感と言って良いでしょう。今回の試聴記はそんな感覚で聴いてまとめてみました。
前書き② 坂本龍一「Gui」に至る道のり
このアルバムの制作意図はどのようなものかと考えながら聴き、聴き終わって、その答えは最後の7曲目の坂本龍一の「Gui」にあると結論づけました。この曲は名曲として知られています。
「戦場のメリークリスマス」で有名な坂本龍一ですが、「Gui」というこの曲は2019年のドキュメンタリー映画『米軍が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』のテーマ曲として制作されました。坂本晩年の曲です。彼は2014年に咽頭ガンを患い、このガンは克服するも、この曲が作曲された翌2020年新たにガンが発見され2023年71歳でこの世を去りました。あちこち自由に旅して回っても最後は坂本龍一晩年の名曲「Gui」にたどり着き、終わる、という構成だと読み取りました。その芸術的高みに向かってバンクシア・トリオはアルバムを完成させたと理解して試聴記をまとめました

2.アーティスト&ライブ会場
①アーティスト
まず、バンクシア・トリオとはベーシスト須川崇志が主宰するトリオです。須川崇志自身は様々なフォーマットで即興演奏を中心に活動してきたとのことです。これまでに日野皓正クインテット・渡辺貞夫カルテットなどに参加し、バンクシア・トリオを結成し、現在も峰厚介カルテット、森山威男カルテットなど多くのグループに参加、モントルー・ジャズフェスティバルにも参加している逸材です。こうして経歴を辿ると、コンテンポラリー・ジャズとは言いながら、須川崇志の音楽が見えてきます。このアルバムは、3箇所での演奏をまとめたものですが、坂本龍一の曲を最後に配置し、コンテンポラリー・ジャズのアルバムとして構成されています。
②ライブ会場
3つのホールで行われました。
・1〜3曲目までは、ブルーノート東京です。
収容人数は約300人程度、ステージ正面のテーブル席、サイドエリア、カウンター席、後方のバルコニー席など、様々な座席タイプがあり座席には高低差があります。南青山で一度リプレイスしていますが、いずれも地下です。地下はいかにもジャズ的です。ブルーノートは言わずと知れたジャズのメッカで、信頼感も抜群です。
・4曲目の目黒パーシモン小ホールは200席の多目的ホールです。
・5〜7曲目は金沢21世紀美術館シアターで最大182席の小ホールです。
3.このCDの音と聴き方「静寂の意味」
①禅で理解するコンテンポラリー・ジャズ
コンテンポラリー・ジャズは「ポエジー」の世界だと理解した、と書きました。特定のメロディーラインに頼らず、そこにある静寂が織りなす響きの世界や沈黙・間を味わうには、言語的な音楽脳ではなく、むしろ「禅」の世界にあるようです。音楽を「聴こうとして集中する」のではなく、むしろ脱力して自然と一体となるべく心の静寂を意識し、聴いている「場」を理解するといえば良いでしょうか。
② コンテンポラリー・ジャズに於いては静寂こそ主役
ここまで考えてくるとコンテンポラリー・ジャズにおいて静寂・間・派生的な反射音や響きなどの、通常のメロディー主体の音楽にあっては副次的な音質の要素が、コンテンポラリー・ジャズでは、むしろ主役であると言えるでしょう。従って、静寂や響きなど間接音がどう作られ、音楽の中でどう扱われているかがこの音楽においては本質的な作業であり、それを読み取ることはこの音楽を聴く人の大きな悦楽なのです。
ところで、何故ここまで、静寂や副次的な響きなどの間接音にこだわるかというと、筆者の音質評価という仕事は、音楽のメロディーラインを味わうよりもこのような音楽の付随的な要素を理解して論じることこそ、本質なのです。オーディオ的音楽性・音の美はむしろこのような副次的なものが大きく貢献して作られるのです。静けさの意味、間接音などのアンビエンスを理解して、その場やコンサートホールなどでのヒトが感じている空気感や愉悦を語り、論じることなのです。
このような話をする機会がなかなかないのですが、コンテンポラリー・ジャズの音評価を通して、「わが意を得たり!」という心境に達し、書いてしまいました。
蛇足ながら、この種の音の世界・静寂の世界を聴くには、リスニングルームでなくとも静寂な環境は必要です。もしくは、深夜の静寂の中で聴くのが良いでしょう。静寂の中でアーティストの表現する静寂が何たるかに耳を傾けると良いでしょう。
③4曲目で表現される「静寂」
パンクシア・トリオの静寂・その中の響き・間を理解するには4曲目が適当です。録音は目黒パーシモン・小ホールのライブで録られています。この曲の「ポエジー」を、味わってみましょう。
まずピアノのシングルトーンが作る静寂に始まります。そして怪しい弦の擦過音が続きます。ボリュームを大きく上げて聴きますが、ピアニシモで終わってしまいます。深山の木立の中にポツポツと湧き出ずる水音か。終始ピアニシモで奏され、終わるのです。
4.このアルバムの音
最後に、このアルバムの音についてですが、全曲を通して、音が良い。リアルで楽器の表情がよくわかり、一つ一つの音に膨らみがある。特にベースは、打音の前の空気感さえ感じられます。ベースは押し出し感が強く豊かで音像が大きいのも存在感があって良い。筆者はラジカセでも確認しますが、このような再生装置でも低音の量感があり、楽しめます。
ところでこの1〜3曲目まではブルーノート東京のホールとしての音のようです。音の輪郭が明快で存在感があるのですが、しかし低音のレンジ感ではやや詰まり気味で超低域への伸び感がない。途中で音が詰まる。しかしこれもむしろリスナーに音のインパクトを明確に伝える、という音楽的な効果があるようです。
4曲目の目黒パーシモン小ホールは曲想に合わせて詰まることなく果てしなく広がって行くように聞こえて、静寂と沈黙がテーマに聴こえます。この曲の音作りに貢献しています。このように曲の目的や曲想によって音作りを変えているようです。
5〜7曲目は金沢21世紀美術館シアターです。ここの音は、基本的には1〜3曲目のブルーノート東京の音に似ていますが、それよりもサラッとしていてそれぞれの音が軽く、1〜3曲目はくどく厚い音ですが、しかし訴える力がある、と言えます。
そうして7曲目の坂本龍一の「Gui」のカバーにたどり着くのですが、ピアノの音の輝きとベースのブゥンという反射音で厚くした音の対比は聴きごたえがあります。この曲はコンテンポラリー・ジャズというより、オーソドックスなジャズ的に聴こえました。
5.まとめ
アルバム各曲の印象をまとめました。
・1曲目
ベース・ピアノもリアル、スローにスタートしベースの音は超低音にかけての伸びはもうひとつだが音のまとまりとしては良い。音像が大きく存在感があり、豊かで押し出し感がある音は聴きごたえがあります。アナーキーなピアノとベースのダイアログに続き、ベースのモノローグをピアノバックで支えます。あくまでベース主体の曲作り。
・2曲目
ピアノが主体のトラック。2分からベースがリズムを刻み出し、ピアノのアンニュイな語りがよい。それにしてもベースは太くリアリティがあって、しっかりピアノをサポートしている。盛り上がりがあって、7分ぐらいから再びピアノ主体の語りになる。
・3曲目
激しく盛り上がり、ドラム熱い。ドラムの語り。タムタムは饒舌。
・4曲目
静寂をキーワードとして奏される。聴く者に、耳をそば立てさせ、緊張をリクエストしている。ピアノの単音が作る静寂、怪しい弦の擦過音、ボリュームを90度まであげて聴くほどのピアノニシモで語られ終わってしまう。深山の木立の中にポツポツと湧き出ずる水音をイメージしました。終始ピアニシモで奏され、終わる。
・5曲目
やや暴力的なまでのピアノの打音。ピアノがリズムを打ち、旋律的継続性を時々中断して怪しい弦の擦過音。
・6曲目
アダージョのメロディーラインに乗ってピアノが歌う。シンコペーションするキックベース心地よい。それに乗って歌うピアノは素敵。ピアノの乱れ打ちで終わる。それほど広くないホール、最後にステージでメンバー紹介。
・7曲目
坂本龍一「Gui」のカバー。ピアノの単音による27秒の打音で始まる。やがて温かみがあり、日本の唱歌を聴くような安らぎのあるメロディにつながる。ベースの存在感のある通奏低音とピアノの立体的構成。「和」の世。やがて3者の全奏になり最後はピアノの語りで静かに終わる。
6. 終わりに
ここまで書くと、どうしても本家本元坂本龍一自身による「Gui」はどうか、と聴きたくなります。YouTubeレベルですが、2022年11月演奏のものを視聴しました。起伏の少ないアダージョで演奏する中にも、やはり精神的に高いものを感じます。本人は淡々と弾いていますが、演奏にある強弱、フォルテの後、嵐の後の静けさのように奏されるピアノは印象的です。特に冒頭のピアノ単音でのパートはルームエコーをしっかり捉えているのが印象的です。真ん中あたりでダッダッダッと機械的リズムになるところなどが聴きどころだったり、曲を通して反射音の捉え方が効果的なのが印象に残りました。
「Gui」をカバーしたパンクシア・トリオの演奏は特にベースが効果的です。ぶ厚く豊かでピアノを凌駕するほどの存在感で音作りされていて聴きごたえがあります。ゆったりとアダージョでアルバム最後の曲らしく、安心感と解放感を感じさせるまとめ方、と感じました。
林正樹, 坂本龍一, 須川崇志, 石若駿, ブルーノート東京, バンクシア・トリオ, 目黒パーシモンホール, 金澤21世紀美術館