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悠々自適 悠雅彦Monthly EditorialNo. 246

悠々自適 #83「東京ジャズ祭 2018」

text by Masahiko Yuh  悠 雅彦

photo by: ©17th TOKYO JAZZ FESTIVAL
the Hall (NHKホール): 中嶌英雄 Hideo Nakajima / 岡 利恵子 Rieko Oka
the PLAZA(代々木公園ケヤキ並木): メインステージ 亀和田良弘  Yoshihiro Kamewada
サブステージ 衣斐 誠 Makoto Ebi

Tokyo Jazz Festival 2018
2018年8月31日/9月1日/9月2日
NHKホール / 代々木公園ケヤキ並木

第17回東京ジャズ(17th Tokyo Jazz Festival )は8月31日、9月1日、および2日の3日間、NHKホールを中心にその界隈で行われた。拠点が丸の内から渋谷に移って2年目となる今年は、天下のNHKにとっても今年のフェスティヴァルの成否いかんによっては鼎の軽重を問われることになる。昨年同様、今年もNHKホールで催される<the Hall>、およびホールへ向かうケヤキ通りに設置された仮設のメイン・ステージで繰り広げられる<the Plaza>で、それぞれに熱演が展開された。その<Hall>と<Plaza>のステージから評価に値する、あるいはこれはという演奏を拾って寸評を披露したいと思う。

● The Hall
9月1日(NHKホール)

コーネリアス
R+R=NOW~
ロバート・グラスパーkeyboard、テラス・マーティンts、クリスチャン・スコットtp、デリック・ホッジb、テイラー・マクファーリンvclほか、ジャスティン・タイソンds
ティグラン・ハマシアン・トリオ
ティグラン・ハマシアンp、keyboard、サム・ミナイエb、アーサー・ナーテクds
ハービー・ハンコック&ヒズ・バンド
ハービー・ハンコックp、keyboard、ジェームス・ジーナスeb、トレヴァー・ローレンスJr ds、リオーネル・ルエケg、テラス・マーティンkey、sax

9月2日(NHKホール)
マンハッタン・トランスファー
アラン・ポール、シェリル・ベンティーン、ジャニス・シーゲル、トリスト・カーレス
オマーラ・ポルトゥオンドvcl、ロベルト・フォンセカp、バルバリート・トーレスLaoud  with オルケスタ・デ・ラ・ルス
ジョン・スコフィールド “ Combo 66 “
ジョン・スコフィールドg、ヴィセンテ・アーチャーb、ジェラルド・クレイトンp、organ、ビル・スチュワートds
渡辺貞夫オーケストラ
渡辺貞夫as、指揮、 with 林正樹p、納浩一b、竹村一哲ds/吉田治as、近藤和彦as、小池修ts、今尾敏道ts、山本拓夫bs、/村田陽一tb、organizer、辻冬樹tb、奥村晃tb、山城純子tb/作久間勲tp、奥村晶tp、松島啓之tp、二井田ひとみtp

 

● The Plaza
8月31日(けやき並木)

Calmera
東京中低域

9月1日(けやき並木)
小曽根真 presents JFC All Star Big Band
The Gravity Project
民謡クルセイダーズ
桑原あい  ざ・プロジェクト
The Steve McQueens

9月2日(けやき並木)
青山学院大学 Royal Sounds Jazz Orchestra
Greg Lamy Quartet
Eric Vloeimans  /  Oliver’s Cinema
Christoph Stiefel・Inner Language Trio
Chicuelo–Marco . Mezquida
Ellen Doty
Gentle Forest Jazz Band

台風の影響で開催期間中はどんよりした空模様だったが、幸いにして大雨にたたられることはなかった。スター・グループが出演するNHKホール(3800人収容)には雨の心配は無用だが、ホール前のケヤキ並木通りでの演奏会(無料)となると、小雨でも雨具なしでは見続けるのにはかなりの覚悟がいる。また、いったんホールでの熱演に酔ってしまうと、おいそれと並木通りの Plaza 公演にまで出向くだけの余裕を持てなくなる。だが、この Plaza 公演には内外の優れた実力を持つグループや毛色の変わったミュージシャンが登場するのでおろそかには出来ない。例えばこの仮設ステージで思わぬ能力を秘めた演奏家やグループ表現と出会って、ときに眠っていた感性を覚醒させられたり、想像もしなかったような刺激を与えられたりすることだって決して皆無ではない。

1例を引いてみよう。東京ジャズ祭の初日。この日はホール公演はない。小雨交じりの夕刻に始まったステージの最終グループとして登場した「東京中低域」には、のっけから驚かされた。総勢11人。その11人が全員バリトン・サックス奏者なのだ。まさにグループ名通りの中低域サウンドで勝負する。それもテーマや和声進行に従って演奏する生ぬるいやり方から解放されて、ときにアンサンブルとソロが乱取りでもするかのように、場面によっては互いにコンビを変え、聴き手の意表をつくように奇抜な発想を音にする。むろんスコアなどはない。11人が横に並んで、曲ごとに組み合わせや人数を変え、頭にある音を阿吽の呼吸で発音する。「スキップ大名」と人を食ったような名前の曲もあれば、昔ビング・クロスビーがスキャットで歌った「Sweet Georgia Brown」調の曲をフリー・ジャズふうな味付けで聴く演奏もあった。譜面を見て演奏していないからこその面白さか。いったいどこが即興で、どこからがアンサンブルなのかが分からない。ここには現代俳句とか、ときには狂歌にも通じるかのような面白さがある。全員黒づくめの装い。前衛風でもフリー・ジャズ風でもありながら、そのどれでもない和風の面白さといえばよいか。ふと70年代のニューヨークで黒人演奏家たちが始めた「クワイヤー運動」を思い浮かべた。

翌9月1日。このケヤキ並木の仮設ステージに登場したのは、JFCオールスター・ビッグバンド。JFCとは Jazz Festival at Conservatory。すなわち、音楽大学でジャズの演奏を学び楽しむ学生たちのビッグバンドで、音頭を取っているのが首都の音楽大学で教鞭をとるピアニストの小曽根真だ。今回は国立音楽大学、尚美学園大学、昭和音楽大学の選抜メンバーからなる、いわば都内有数の音楽大学の選抜メンバーによるオールスター・ビッグバンド。元来は先駆的な足跡を残した洗足学園音楽大学が音頭をとる形で、ジャズ専修を実践することを条件にスタートしたが、今年のメンバーに洗足学園が入っていないのは上記3大学の学生の力が洗足を上回っていたからではないか。JFCビッグバンドが始まって4年目の今年、プロとしても活動するメンバーをも含め、上記3大学の学生プレーヤーで構成されたJFCビッグバンドだが、小曽根の快活でスピーディーなトークと指揮(曲によってはピアノでソロも)で「Smokin’ Barnin’」や「Coconuts Meeting」などに、サド・ジョーンズの曲でメル・ルイスと組んだオーケストラによる懐かしい「Don’t Git Sassy」をアンコールで演奏して会場を沸かせるなど、いかにも学生らしく前を突き進む覇気に富んだ演奏で時折小雨もまじる空模様を文字通り吹き飛ばす若さみなぎる熱演を披露した。

注目していた桑原あいのザ・プロジェクトを聴けなかったのは残念だったが、ベルギーを中心に活躍するグレッグ・ラミー・クヮルテットのフランス風な詩情を感じさせる堅実な演奏には好感が持てた。ほんの2曲しか聴けなかったが、民謡クルセイダーズのラテン・リズムを絡ませた日本民謡の「荷方節」や「串本節」も心地よかった。

さて、ホールでのステージはごく1部を除いて今年はどれも内容が良かった。それかあらぬか3800人も収容できるあの広いNHKホールが、どのステージもほとんど空席が目に入らないくらい大勢のファンで賑わった。まず今年は、80の半ばを過ぎてなお衰えぬ人気を誇る2人のヴェテランに注目した。

1人はキューバのオマーラ・ポルトゥオンド。彼女はあと2カ月弱で何と88歳(1930年10月29日生)になる。ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ人気に乗って何度か来日してはキューバ音楽界の女王にふさわしい歌声を披露したが、さすがに衰えは隠せなかった。かつて25年以上前にハバナでオマーラの味わい深い名唱を聴いている私にはある種の哀切を覚えざるを得なかった。今回はロベルト・フォンセカが優れたピアノで全体をリードしたが、何と言ってもファンが注目したのはオルケスタ・デ・ラ・ルスとの共演、分けてもNORAとの歌合戦だったが、期待通りの成果を上げるまでには至らなかった。とはいえ、オマーラの歌唱は聴く限りではとても87歳の声とは思えない。

一方、渡辺貞夫も85歳(1933年2月1日生)とは思えない矍鑠としたプレイでファンの喝采を浴びた。私の周囲にいた若き日のサダオの熱烈なファンとおぼしき中年の紳士などが数人、大声でサダオの名を連呼するさまを見てファンとはありがたいものだと思わずにはいられなかった。昨年この舞台でデイヴ・グルーシンとカリフォルニア・シャワーを再演した渡辺にとって、昨年に続くジャズ祭出演とあらばそれなりに力が入ったステージを用意しようという気概が湧いたのだろうか。今年オーケストラを従えて登場したのもその現れといっていいかもしれない。オケのオーガナイザーはトロンボーン奏者で優れたアレンジャーでもある村田陽一。往年ドラマーとしてビッグバンドを率いたバディ・リッチの「ウィニング・オヴ・ザ・ブルース」などをアレンジし、ソロもとった。メンバーのソロでは「モーメンツ・ノーティス」の小池修、数曲での林正樹、後半の曲での仁井田ひとみらが印象に残った。驚いたのは、前中盤はオケの指揮に専念していた感じの渡辺が終盤、自作の「シンパシー」、名ベース奏者レイ・ブラウンと初めて組んだときに作った「アイム・ウィズ・デザイア」、「エアリング」、「さんぽ」、「アーリー・ストリーム」などを背後のビッグバンドを指揮しながら立て続けに吹いたことだ。無論往年の輝かしい音は衰えたが、ナチュラルでソフトな音色に包み込んだ角の取れた柔らかなフレージングは、前半サダオの名を連呼し続けていた中年のファンが静かに聴き入るほどチャーミングだった。さらなる活躍さえ望みうるほどの彼の元気さに安堵した。

見た目は若いが、ハービー・ハンコックも2年後には80歳(1940年4月12日生)を迎える。ハンコックの音楽から距離を置いていたこともあって、ベースのジェームス・ジーナス以外は馴染みが薄い。久しぶりに日本のファンの前に姿を現したハンコックが力を注いで音楽を構成したと見え、序曲に続く「Actual Proof」、「Come Running to Me」などの自作で、自身が考える新時代のファンクを力強く演奏した。後半はヒット曲でファンの声援に応える。「バタフライ」、そして「カメレオン」。音楽がエキサイトする中でハンコックがロバータ・グラスパーを招き入れた。彼が演奏するエレクトリック・ピアノがすでに舞台にはセットされていたので予定の飛び入りだったのだろう。

東京ジャズに初登場したそのロバート・グラスパーは、ケンドリック・ラマーのプロデューサーとしても名をあげているテラス・マーティン、あのボビー・マクファーリンの子息で多彩な活躍が注目を集めつつあるテイラー・マクファーリン、その他クリスチャン・スコット、ジャスティン・タイソン、デリック・ホッジで構成した文字通りのスーパーバンドを引き連れて、現代の最も新しいブラック・コンテンポラリー・ミュージック(ジャズ)を活きいきとしたサウンドを通して繰り広げて見せた。

2006年のセロニアス・モンク・コンペティションで優勝し、一躍世界のジャズ界から大きな注目を集めるようになったアルメニア生まれのティグラン・ハマシアン(1987年7月17日生)がトリオを率いて初登場。9月1日夜の部のオープニングで、ダイナミックかつ奔放な演奏を披露して注目を集めた。時には中腰や立ったままで演奏するスタイルは往年のキース・ジャレットを思わせる。ジャズのピアニストとして真に脚光をあびるのは今後の自身の精進いかんだろう。

最終日9月2日はマンハッタン・トランスファーで幕が開いた。2014年にボス格でチームをリードしていたティム・ハウザーが亡くなったあと後任のトリスト・カーレスが 参加してからのMTを聴くのは実はこの日が初めてだった。それにしても結成が1975年であることを思い起こせば、40年以上にわたってヴォーカリーズのMTスタイルを実践し続けていることには敬意を表したい。十八番の「バードランド」を初めどのレパートリーも申し分なく、ショーとしての完成度の高さには改めて感心させられた。

もし<the Hall>のベスト5は?と問われたら、R+R=NOW(ロバート・グラスパー)、ハービー・ハンコック and His Band、マンハッタン・トランスファー、渡辺貞夫オーケストラ、と指を屈する。では、ベストワンはどこか。私が独断で選んだベストワンは、9月2日の夜の部に登場したジョン・スコフィールドの “ Combo 66 ”である。私個人にとっても意外な結果だったが、まさかスコフィールドがかくも素晴らしいミュージシャンを得て新グループを立ち上げ、日本のファンにお披露目する東京ジャズへの出演を快諾するとは想像もしていなかった。前作と前々作で連続でグラミー賞を獲得したことから、今ジョンが絶好調であることは容易に想像がつく。Combo 66 というグループ名のいわれは分からないが、彼自身は「スウィングすることが目的のジャズ・グループ」(東京ジャズ公式ガイドブック)と語っている。スコフィールドのその絶好調さが額面通りに発揮された演奏を、一方では意外な思いを抱きながら演奏ごとに触発される思いで聴いた。メンバーのうちジョンとの付き合いが長いドラマーのビル・スチュワートはさておき、ロバート・グラスパー・グループのベース奏者でもあるヴィセンテ・アーチャー、およびピアノのジェラルド・クレイトンというこの2人の新鋭に私は目を見張った。とりわけクレイトンはピアノのほかオルガンを弾き、溶け合うのが難しいギターとの演奏に目覚ましい共演美をもたらした。闊達なソロといい、他の3者とのコンビネーションといい、スコフィールド自身が彼をワクワクさせられる新星と捉えている理由がよく分かった。もし東京ジャズに新人賞という表彰枠があったら、文句なしにこのジェラルド・クレイトンを選びたい。

かくして大盛況に湧いたフェスティヴァルとしての東京ジャズは成功裏に幕を閉じた。NHKホール公演(the Hall)と代々木公園ケヤキ並木の仮設ステージにおけるプラザ公演(the Plaza)を今年は可能な限り聴いて(見て)、現代のジャズの流れと行く末に一抹の不可解さを思わずにはいられなかった。アート・テイタムやリー・モーガンが蘇ってくるわけはない。せいぜいコルトレーンやギル・エヴァンスが化けて現れるだけだろう。つまり、ジャズが様式の呪縛から解放された清々しさを謳歌する一方で、様式の拡散がもたらした ”何でもあり” の自由な息吹がかえってジャズの誇り高い進行を阻害することもむしろあるのではないかと思ったりする。ジャズが今日もなお出口を求めて変転し続けているとすれば、その行方のカギを握っているロバート・グラスパーや彼の周囲にいる才能豊かな気鋭の獅子たちの奮起に期待するしかない。そこに歴史的歩みの減速の戸惑いを生んでいる現状を打破する希望があるのではないだろうか。HallとPlaza両ステージの顔ぶれをざっと眺めたって線引きは野暮だ。そうであるなら時代のいたずらな変容に屈せぬ叡智の出現を待つという夢だけは持ち続けたい。 (2018年9月15日記)

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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