#1365 『Han-earl Park, Dominic Lash, Mark Sanders and Caroline Pugh / Sirene 1009』
Text by 剛田武 Takeshi Goda
CD BAF000
Release date: January 31, 2017
Han-earl Park (g)
Dominic Lash (b),
Mark Sanders (ds)
Caroline Pugh (vo, tape recorder)
1. Psychohistory III (≥9:47)
2. Cliodynamics I (10:44)
3. Cliodynamics II (12:22)
4. Cliodynamics III (5:11)
5. Hopeful Monsters (9:41)
6. Psychohistory V (≥10:40)
Total duration ≥58:25
Music by Han-earl Park, Dominic Lash, Mark Sanders and Caroline Pugh.
Tracks 2–5 recorded live December 3, 2015, Cafe OTO, London. Recorded by Alex Fiennes.
Tracks 1 and 6 recorded June 16, 2016, Flood Studio, Birmingham. Recorded by Luke Morrish-Thomas.
Mixed and mastered by Han-earl Park.
Design and artwork by Han-earl Park.
NYからロンドンへ移植された即興音楽の鉱物図鑑(ミネラリズム)。
2012〜13年の2年間ニューヨークに滞在し、即興シーンの様々なミュージシャンと交歓し13年末に故国アイルランドに帰国したミュージシャン、パク・ハンアルは、NYで2013年にレコーディングされた二つの異なるユニットEris 136199とMETIS 9の演奏を収めたアルバム『Anomic Aphasia』を昨年リリースした。旋律や和声の呪縛から解き放たれると同時に、難解さや独善性の罠に陥らない開かれた創造空間は、碁石を削ったようなピックでギターから音を削り出すこのギタリストの柔軟な感性がNYにて開花したことを物語っていた。
そして帰国後2014年にイギリス/アイルランドをベースに活動するミュージシャンと結成したユニット「Serine 1009」の2015年12月にロンドンCafe OTOでのライヴと2016年6月にバーミンガムでのスタジオ録音を収めたアルバムが登場した。ここでも音楽の概念を拡張する創造性が遺憾なく発揮されている。ギター、ベース、ドラムというオーソドックスな編成で繰り出されるアンサンブルは、彼らしくそれぞれの楽器の「気配」を過剰に抽出した物音狂想曲を奏でる。演者の感情がまったく伺えない硬質な世界はパクの使うピック同様に鉱物的な響きを供するが、合同演奏の向こうに垣間見える風景は人間の営みを動物に例えた鳥獣戯画の如きカリカチュアに他ならない。それはすなわち、岩石絵具で彩色筆された水墨画である。
ひと際耳に眩しいのは、三種の楽器のオブジェ感を破壊し拡張するキャロライン・ピューのヴォーカリゼーションである。人声は否応なしに感情の発露装置として機能するが、会話と呻きと叫びと溜息と歌唱と言葉を自在に操る彼女の口腔は、それ自体が独立したオブジェと化し、Emotion(感情)からMIneral(鉱物)へのAufheben(止揚)に成功している。声を楽器にする、という表現はよくあるが、キャロラインの場合は声を物質にしている、と言い表すのが相応しい。
「Psychohistory/精神史」「Cliodynamics/クレイオー(歴史の女神)の力学」という曲名には時間と共に変貌するアンサンブルの動力性が表されている。そこから生まれたのが「Hopeful Monsters/希望に満ちた怪物」だったというオチは、彼ら一流の皮肉だと解釈するのは些か早計だろう。なぜならユニット名の「Sirene 1009/ジレーネ」は火星を横断する小惑星であり、その語源はギリシア神話の上半身が人間の女性で下半身が鳥の姿をした海の怪物セイレーンである。つまり4者の精神の歴史を紐解きながらオブジェ化した音粒を浴びることから生まれた即興の極意は、歪な肉体で歓喜の雄叫びを上げるモンスターに他ならないからである。
パクによれば、不思議なユニット名の多くは小惑星や無名の惑星の名前だという。天文学に興味を持つ発明家の側面はconstructor(建設者、構築者)という肩書きに伺える。音楽表現の革新をソフト/ハード両面から追求する彼の活動は「Improvised Music Right Now(今ここにある即興音楽)」と呼ぶに相応しい。
<メンバー・プロフィール>
パク・ハンアル Han-earl Park (Guitar)
アイルランド在住の即興演奏家、ギタリスト、構築者(constructor)のパク・ハンアルは、時に実験的、いつも伝統的、開かれた即興音楽の境界を超え、慣用を曖昧にする演奏活動を20年に亘り追求してきた。キャサリン・シコラ(sax)、ニック・ディドゥコフスキー(g)とのEris 136199、チャールズ・ヘイワード(ds)、イアン・スミス(tp)とのMathulde 253、リチャード・バレット(electro)とのデュオNumbersなどで活動、ワダダ・レオ・スミス、チャールズ・ヘイワード、ロル・コクスヒル、ポール・ダンモール、エヴァン・パーカーをはじめ欧米の即興演奏家と数多く共演。世界各地の音楽フェスに出演するとともに、地元コーク大学で即興音楽の教鞭を取り、即興音楽スペースStet Labを運営している。 Official Site
ドミニク・ラッシュ Dominic Lash (Double Bass)
1980年1月イギリス、ケンブリッジ生まれ。1994年にベースを学び始め、2001年からダブルベースを基本的に独学で始める。オックスフォード大学、ブルネル大学で音楽・作曲を学び、10年間オックスフォードで活動し、2011年にマンハッタンに滞在。現在はブリストルを拠点に活動する。Tony Conrad、Joe Morris、Evan Parker、Steve Reidなどと共演すると共に、The Dominic Lash Quartet、The Set Ensemble(ヴァンデルヴァイザー楽派にフォーカスする実験音楽グループ)、The Convergence Quartetなどに参加する。音楽を中心に様々な事象について考察するライターでもある。 Official Site
マーク・サンダース Mark Sanders (Drums)
90年代半ば以降、マーク・サンダースはイギリス・ジャズ界の最も精力的に活動する打楽器奏者の一人である。1995年ロンドン・シーンに登場し、Steve Beresford、Simon H. Fell、Georg Graeweなどと活動、特にEvan Parkerとは数多くのプロジェクトで共演する。Paul Dunmall、Elton Dean、Dudu Pukwanaなどの即興演奏家から, Jah Wobble のダブプロジェクトまで幅広く活動し、50作を超えるアルバムに参加しているが、ソロ作品は未だにリリースしていない。 Official Site
キャロライン・ピュー Caroline Pugh (Voice, Electronics)
スコットランドのヴォーカリスト、作曲家のキャロライン・ピューは古風なテクノロジーと口承文化から新たなパフォーマンスを創造する。エジンバラ生まれ。ロサンゼルスのBetalevel (2012)、オスロのNIME 2011、カーディフのExperimentica09などを含むヨーロッパから北米まで様々な国の即興音楽イベントに出演し、ABDODEやE=MCHといったグループでも活動。現在はベルファストを拠点に、即興音楽と同時にトラッドやフォークのユニットでも活動する。イギリス各地の大学や音楽院で音楽教育にも携わる。
(2016年12月26日記 剛田武)