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CD/DVD DisksNo. 241

#1513 『橋本孝之+内田静男 / UH Takayuki Hashimoto + Shizuo Uchida』

Reviewed by 剛田武 Takeshi Goda

CD : An’archives [An’13]

1. No title

Printed by Alan Sherry
Liner notes by Michel Henritzi

消失する残響の往方(ゆくえ)を求めて

パンク・バンド「あぶらだこ」のヴォーカリスト長谷川裕倫が率いるサイケデリック・アシッド・ブルース・バンド「kito-mizukumi rouber」のメンバーでもある橋本孝之(sax,hca)と内田静男(b)のデュオユニット「UH(ユー)」の1stアルバムが、フランスのAn’archivesレーベルからリリースされた。同レーベルはこれまで10インチLP『情趣演歌シリーズ』をはじめ、日本の地下音楽の作品を多数リリースしており、殆どが凝ったアートワークや特殊ジャケット仕様で知られる。本作も帯付の美麗シルクスクリーン印刷7インチ・サイズ・ジャケットの中にポストカードとライナーノーツ紙片が挿入された瀟洒な作りで、鄙びた観光地の土産物屋に並ぶ手作りの工芸品のような趣がある。中味がドーナツ盤やコンパクトEPレコードではなく、黒封筒に入った銀色のコンパクトディスクというのが21世紀的ではある。

橋本は2009年に大阪で結成されたコンテンポラリー・ミュージック・ユニット「.es(ドットエス)」でシーンに登場して以来、ノイズのベテランT.美川や前衛ロック・バンド「グンジョーガクレヨン」をはじめ様々なアーティストとのコラボレーションや、サックス/ハーモニカ/ギターによる即興ソロで活動する。内田は90年代に「おんなこども」という即興グループでPSFの『Tokyo Flashback』シリーズや海外のコンピレーション作品に参加する一方で、灰野敬二のドローン・ユニット「滲有無」のメンバーとして活動し、21世紀に入ってからは先述の長谷川裕倫とのデュオ「長谷川静男」やアシッド・フォーク・ユニット「Le Son De L’os」、さらにソロや様々なセッションで音楽活動する。また「猫猫商会」名義でグラフィックデザイナーとしても活動している。その歩みは東京地下音楽の裏街道と言ってもいい。橋本とは.esが2013年にPSFからアルバム『Void』をリリースした頃からの付き合いで、翌年橋本が東京に居を移してからはパートナーのように共演を重ねている。世代が同じでよほど気が合うのだろう。

二人の頭文字をとって「UH」と名乗り始めたのは2017年1月からだと言う。名前を付けることで一過性のセッションではなく、永続性を求めるひとつのユニットとして成長・進化しようと考えたのだろう。筆者がUHを初めて観たのは2017年3月だった。ハーモニカを舐め回す妖艶な橋本とストイックな内田の対比が面白かった。内田が参加する長谷川静男に通じる音響(〜系ではなく文字通り「音」の「響き」)を主眼とする演奏形態ではあるが、否応無しに「歌心」を想起させる長谷川静男に対して、橋本のアンチヴォーカリズム/非人格性/物音主義/植物指向が加味されたUHにおいては、「響く音」は単なるSOUNDではなく、演奏の「場」に出現し時間と共に通過する「風景・情景」に他ならない。それは列車の窓から眺める風景ではなく、演奏者と聴取者が共に存在する今この瞬間であり、外から眺めることは出来ず、我々を内包する空間全体として律動する「SCENE」である。それが現出するのはライヴ空間だけではなく記録された録音媒体に於いても同様である。そこに演奏者の肉体は必要としない。なぜなら演奏者自身も情景のひとつとして消失し非在となるからである。このCDを再生すると一瞬にして巻き込まれる深い残響、そこには演者も聴者も編者も存在しない情景描写としての「音」だけが響き合う。もしその有様を外から傍観する者(それは「神」しかおるまい)がいたとすれば「FREAK SCENE(奇形な情景)」と名付けるしかないだろう。

日本通で知られ、両者と共演経験のあるフランスの即興音楽家ミッシェル・アンリッツィがライナーノーツを執筆し、アルチュール・ランボーの散文詩『地獄の季節』の冒頭の一節(“ある晩、僕は膝の上に「美(la Beauté)」を座らせた。―苦々しい奴だと思った。―だから罵倒してやった”)を引用して、「美」が消失し魂が燃え尽きたあとの沈黙がこのレコードの本質だと語る。内田の物量感のあるベースと橋本の官能的なサックスとハーモニカの軋轢が生み出す、鳴る音と響く音の穽陥に魂を誘い込まれ、残響がやむ瞬間を心待ちにしながら眠りに落ちる筆者の膝の上にはいつの間にか「音の無い音楽(la Musique sans son)」が座っていた。
(2018年4月24日記 剛田武)

*CDは250枚の限定プレスだが、bandcampダウンロードで購入可能。

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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