#1545 『武田理沙 / PANDORA』

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reviewed  by Yoshiaki Onnyk Kinno  金野Onnyk吉晃

MY BEST! RECORDS / MYRD124 2,500円 + 税(CD2枚組)

Disc 1:
1. at daybreak
2. Island
3. Pagoda 2018
4. Idle brain is the devil’s workshop
5. NagaRaja
6. Cursed Destiny -I have opened the Pandora’s box-
7. a time of thaw

Disc 2:
1. 鳴
2. 尋常に狂う
3. 業
4. 涅槃
5. 寄生虫
6. 弟切草
7. 孤高の厭世家
8. 革命前夜
9. ラスト・モーメント

作曲、編曲、録音、演奏、プロデュース:武田理沙
ミキシング:武田理沙、佐藤優介
マスタリング:中村宗一郎


高校生が150キロの速球を投げる。義足の幅跳び選手は常人の記録を越える。天才と称される若手芸術家は次々に現れる。

私は老いてゆくばかり。古びた書物をひもとき、昔日の録音に耳を傾け、白磁を矯めつ眇めつして、咳払いなどしてみる。

そんな具合で居た所に、たった今作品が届いた。一聴、その音楽に驚嘆し、多様式主義だのポストモダンだのと言葉を探したり、ゲーム、アニメの音効を思い出したり、落ち着いた顔で内心慌てている。まるで幕末の重臣達のように。

そこで、したり顔でタイトルから探ってみる。パンドラ。よく知られた名ではないか。

彼女の名前は「すべてを与えられた」という意味で、パンドラはすべての神々から贈物をもらった最初の生身の女だったため、こう呼ばれるようになった。ヘパイストスが土くれから彼女を作り、形を与えた。ゼウスは彼女に生命を吹き込んだ。アテナは智慧と、紡いだり織ったりする技を彼女に与えた。アプロディテは彼女に輝くばかりの肉体の美しさを与え、アポロンは彼女に美しい歌声と病を癒す力とを与え、デメテルは造園に対する情熱を吹き込み、アルテミスは月についていくつかの重要な秘密を教えた。ポセイドンは変身の力を与えた。ヘルメスはその贈物を最後までとっておいたが、彼女に珍しい彫刻を施した金の箱を与え、その箱には見てはならない不思議なものが入っているからけっして開けてはならないと言った。そしてそのあと、ヘルメスは彼女に好奇心を与えた。じつをいうとこれはすべて、恐ろしい計略の一部だったのである。プロメテウスが人間に火の使用を教えるのに成功したために、ゼウスはいまだに心中怒りをくすぶらせていて、人間の誇りを征圧する長期計画を考えていた。パンドラを創ったのは、この計画の第一歩だった。二番目の計画は....(中略)....彼女は箱を開けた。箱のなかからは....(後略)。

バーナード・エヴスリン著「ギリシア神話小事典」の「パンドラ」の項を三分の二ほど引き写しただけで、私はもう、このアルバムについて何か書く気を失った。この引用で十分ではないかと思ったのだ。

しかし、多くの方がもしかして誤解しているかもしれないと思い、敢えて書き足す事にした。ヘルメスが与えたパンドラの匣(やはりこの字が良かろう。これは蓋付きの箱の意味だからだ)の最後には何が入っていただろうか。

人々は言うかもしれない。

「それは『希望』だったはずだ。パンドラが慌てて蓋を閉めた後に、そいつは中から小さな声で言う。『私も出してください!』と。あまりにもかぼそい声だったので、思わずパンドラはそいつの名を尋ねる。すると『私の名は”希望”です』と答が返って来たのだ」と。

ではパンドラは希望を出してやったのか。

否、エヴスリンに依れば、彼女が閉じ込めたのは希望ではなく、最悪の禍々しきもの、『前兆』だったという。もしそれが人間の世界に放たれれば、人間はこれから起こる災厄や不幸を正確に知る事が出来る。そうなれば希望を抱く事は不可能になり(そうでもないと言う方もあろうが)、人間は滅んだであろう。

パンドラの決断は『前兆』くんを閉じ込めたことで人類を救ったらしい。だから閉じ込められたのは決して『希望』ちゃんではない。現にそいつは、今もその辺りを飛び回っているではないか。そして人々の心に染み込み、脳に感染しているではないか。

エヴスリンは書く。「災から生き残るということは可能だが、希望無しに生きる事は不可能だからである。だが前兆は箱の中に閉じ込められ、人間は現在もなお生き続けているのである」と。

希望ちゃんは絶望くんと対になって存在している。両性具有者ヘルマフロディトスのようにかつては一つだったに違いない。そして分たれた後もお互いを求めているのだろう。という訳で、希望を持ち続けることほど危険なこともない。

アルバム『パンドラ』は、あらゆる才能を与えられた、若く美しいミュージシャンの名ではなく、彼女が開けた匣の中身でもない。

もしこれがその匣だとすれば、閉じ込められてしまったものはなんであろうか。

彼女に必要な物、それは希望ではなく挫折だ。(了)

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金野 "onnyk" 吉晃

Yoshiaki "onnyk" Kinno 1957年、盛岡生まれ、現在も同地に居住。即興演奏家、自主レーベルAllelopathy 主宰。盛岡でのライブ録音をCD化して発表。 1976年頃から、演奏を開始。第五列の名称で国内外に散在するアマチュア演奏家たちと郵便を通じてネットワークを形成する。 1982年、エヴァン・パーカーとの共演を皮切りに国内外の多数の演奏家と、盛岡でライブ企画を続ける。Allelopathyの他、Bishop records(東京)、Public Eyesore (USA) 等、英国、欧州の自主レーベルからもアルバム(vinyl, CD, CDR, cassetteで)をリリース。 共演者に、エヴァン・パーカー、バリー・ガイ、竹田賢一、ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、豊住芳三郎他。

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