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ヒロ・ホンシュクの楽曲解説No. 260

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #49 John Coltrane <Body And Soul>

11月21日はコールマン・ホーキンス(Coleman Hawkins)の誕生日だった。ホーキンスの音楽は、我々がジャズと呼ぶ以前のスイングと呼ばれるダンスミュージックで、まだジャズ特有のドライブするタイム感は生まれていない頃のものだ。しかし、ホーキンスが1939年に録音した<Body and Soul>は彼がコードスケールを使用して自由自在にインプロしたことから、エンターテインメントであったスイング音楽を鑑賞音楽としてのビバップへと導いた作品とされている。

<Body and Soul>

筆者にとって<Body and Soul>と言えばやはりBillie Holiday(ビリー・ホリデイ)だが、その他にもWes Montgomery(ウェス・モンゴメリー)もよく聴いた。『Movin’ Along』だ。<Body and Soul>はブロードウェイのミュージカルにも出演していた英国人女優、Gertrude Lawrence(ガートルード・ローレンス)のためにアメリカで書かれた歌謡曲だが、有名なジャズのスタンダード曲にしては珍しく、英国で出版された。後にブロードウェイ作品『Three’s a Crowd 三人ひと群れ』で使われたのは逆輸入ということになる。Johnny Green(ジョニー・グリーン)が作曲したこの曲はD♭メジャー、つまり♭が5つの演奏しにくい曲なのだが、ブリッジの前半は#が2つのDメジャーに飛び、後半はCメジャーに落ち着くという忙しい構成だ。しかも始まり方はD♭メジャーではなくE♭マイナーの曲に聴こえるような細工がしてあり、余計ややこしい。学生の時必ずジャムセッションでこの曲が出て来たわけだが、ブリッジの後半のCメジャーにたどり着くと、自分も含めて誰もかれもがここぞとばかりに音数を増やして失笑したのを覚えている。

そう言えば、たいして聴いていないのにやけに印象に残ってる録音がある。コルトレーンだ。いったいいつどこで聴いたのかも覚えていないが、あのイントロははっきりと覚えているし、あのややこしいコルトレーン特有のコード進行も覚えている。早速『Coltrane’s Sound』を入手してみた。今回は楽曲解説の本来の趣旨に基づいて専門的な分析に集中してみたいと思う。

『Coltrane’s Sound』

John Coltrane: My Favorite Things
My Favorite Things

このアルバムは本来お蔵入り物件だったらしい。コルトレーンが1960年に録音した、あの『My Favorite Things』に含まれなかったトラックの数々を、4年後にアトランティックが契約の切れたコルトレーンの了解なしにアルバムにまとめてリリースしたという。1999年には<26-2>と<Body and Soul>の別テイクをボーナストラックとして追加して再発している。コルトレーンは草葉の陰で怒っているかもしれないが、ファンにはありがたいことだ。この当時のメンバーは例によってマッコイとエルビンだが、ベースはSteve Davis(スティーブ・デイビス)だ。コルトレーンのバンドはベースが入れ替わる。デイビスの後はReggie Workman(レジー・ワークマン)、インパルスに移籍してからはJimmy Garrison(ジミー・ギャリソン)だ。このあたりの経緯に興味があるが今回は時間がないので省略する。

コルトレーンの<Body and Soul>

一度聴いたら忘れられないこのコルトレーン・バージョンは特筆すべきことが実に多い。まずはイントロのライン・クリシェだ。マッコイのご機嫌な3オーバー4のポリリズム(4拍子上での3拍子)だからなおさらかっこいい。そこに入って来るエルビンのライドがご機嫌なビハインド・ザ・ビートで、スイング感がもう失禁するほどたまらない。気がつくとベースは5度音のペダルでグルーヴに専念しているではないか。この5度音のペダル奏法は誰が始めたのかは知らないが、よく使われる手法だ。解決したいのに解決させないという焦らし効果をもたらし、主調に解決した時に大きな開放感をもたらす。イントロを採譜してみた。

Intro
Intro

まずライン・クリシェを説明する。コードはE♭マイナーだが、ボイシングが半音の階段状で動く。上図トップから2番目の音だ。

E♭(ルート) D(Maj7音) D♭(♭7音) C(6th音)

これに対してボイシングの一番上の音が、9th(最初のコードはE♭マイナートライアッドなので、理論的には9thではなく2度音と呼ぶ)であるFであるのが非常にオシャレだ。前述のようにマッコイはポリリズムで、エルビンはスイングビートだが、なんとデイビスのベースはご覧の通りストレートビートなのだ。そしてマッコイは完璧にE♭マイナーの調性にいるので、デイビスのペダル音であるA♭はこの曲の調性に対する5度音ではなく、E♭マイナーに対する11th音になる。こういう細工が例のコルトレーンが世に広めたモーダルなサウンドを生み出している。すごいアイデアだ。ご注意頂きたいのは、通常マイナー7thコードに11th音をベースに置いた場合、そのベース音に対するサスコードという意味だが、この場合はマッコイがライン・クリシェでサスペンションのサウンドを完璧に否定している。

コルトレーンのヘッドのメロディが始まるとさらに色々と驚かさせられる。コルトレーンはこの曲をダブルタイムフィール(Double Time Feel)、つまり4分の4拍子ではなく、8分の8拍子で演奏している。4分音符ではなく8分音符を1ビートとしているということだ。これを正確に採譜すると16分音符だらけになり、読む者はスイング感を持つことができないので、ここでは8分ビートを4分ビートに置き換えて採譜してみた。つまり1セクション8小節を2倍の16小節に置き換えて記譜する。読みやすくするための便宜上だということをご理解頂きたい。画像が小さくて読みにくいかも知れないが、特筆する部分は別に抜粋する。ここでは全体像を見て頂きたい。また、E♭マイナーのラインクリシェの記載は便宜上省略し、メロディラインはテナーサックスの実音より1オクターブ上で記載した。

Head:テーマ
Head:テーマ

譜面で分かるようにブリッジを除くセクションの最後で、主調であるD♭メジャーに落ち着く時にA♭ペダル音が途切れるわけだが、そこに行き着くまでそのペダル奏法を期待以上に長く持続させている半面、このセクションで二度、譜面上で8小節フレーズの最後(実際は4小節フレーズの最後)で一瞬急に調性外の II-V のルートを披露してハッとさせるのだ。初めて聴いた時唸ってしまった。

コード進行

次にコルトレーンのコード進行をオリジナルと比較してみよう。

コード進行比較
コード進行比較

わかりやすいブリッジ([ B ])からまず説明する。オリジナルとほとんど一緒だが、大きく違うのは38、39小節目と45、46小節目だ。コルトレーンファンの読者ならお気付きと思うが、これはコルトレーンが生み出した3トニックシステムだ。つまり1オクターブを長3度間隔で3つに割っている。38、39小節目ではD Maj、F# Maj、A#(B♭)Maj、45、46小節目ではA♭ Maj、C Maj、E Majだ。コルトレーンがこの3トニックシステムの順番を入れ替えて進行を作っているやり方は、No. 243 掲載の楽曲解説 #32でも触れたがGeorge Russell(ジョージ・ラッセル)のリディアン・クロマチック・コンセプトに基づいたものだ。但しコルトレーン本人はラッセルから得たアイデアを発展させたのであって、リディアン・クロマチック・コンセプトとして消化していた訳ではないらしい。

この部分のコルトレーンのラインを採譜してみた。

コルトレーン3トニックシステム
コルトレーン3トニックシステム

37小節目からの4小節は、共通音を利用してオリジナルのメロディーを維持しようとしているが、45小節目からはコルトレーン得意の、進行がハッキリと聴こえるようなコードトーンでフィル(Fill)を入れている。そのコルトレーンの意思を汲むと、図の上段最後、40小節目の後半で、コードはD Maj7だがコルトレーンは41小節目のDマイナーに進むためにA7を想定しているのがおわかり頂けると思う。つまりDメジャーの9thとメジャー7thを繰り返しているのではなく、A7の5度と3度を繰り返しているのだ。

さて、[ A ] セクションが厄介だ。まず目に付くのがaug、つまり増和音(augmented:オーギュメンティッド)だが、これは後回しにする。その前に6小節目に登場するメロディのA♮だ。コード進行同様コルトレーンは完璧に作曲し直している。

A♮の意味
A♮の意味

ここで見られるG♮は次に続くA♭に対するアプローチだが、このA♮はまさしくE♭マイナーのブルーノートだ。ブルースフレーズというのはいつの時代も古臭くなく万人に訴える、というお手本なのだ。恐るべしコルトレーン。

次にA♭ペダルが消失する2箇所に注目してみよう。まず1箇所目は8小節目だ。その前の7小節目から見よう。

7小節目
7小節目

オリジナルは3度コードのPhrygianであるF-7から、トニックに解決するための♭II dim7 であるE dim7となる部分である。コルトレーンはまずF-7をD♭Maj7に置き換えている。これは同じトニック機能なので問題ではないのだが、そのF-7の後半を調性のドミナントであるA♭7コードに置き換えているのが少々気になる。なぜならメロディーがアボイド音だからだ。但しコルトレーンはこのアボイド音を装飾音のように演奏しており、ぶつかっているようには聞こえない。問題はその次の小節だ。E dim7をE DorianとA Mixoに置き換えているのは、メロディーに全くそぐわないだけではなく調性からも外れるので、まるでバケツで冷水を掛けられたような気分になり、実に新鮮だ。ここまでオリジナルのメロディーを無視していいのか疑問はあるかもしれないが、やはりここでもラッセルの理論が適用され、コルトレーン特有のモード感が出ている。

2箇所目は12小節目だ。

11小節目
11小節目

その前の11小節目のC-7(♭5)はA♭7に置き換えられている。コードの構成音はほぼ共通なので問題はない。それに続くオリジナルのF7コードだが、オリジナルはマイナーに対するドミナント、つまり最低でも♭13コード、更に♭9コードで演奏されるものに対し、マッコイはF7自体を代理コードであるMixo #11としてボイシングしており、更に後半ではそのF7の代理に当たるB7を挿入している中、CからFというオリジナルのベースの動きは維持している。この代理の代理は理論的に可能ではない。全くワイルドとしか言いようがない。

Augmented Triad(オーギュメンティッド・トライアッド):増和音の謎

このコルトレーンバージョン<Body and Soul>のコード進行を初めて聴いて、真っ先に耳に付いたのが頻繁に登場するF augとG augコードだ。しかもマッコイはテンションなしの純粋なトライアッドで演奏している。ルート + 3度 + #5度だ。ここで説明するが、オーギュメンティッド・コードは非常に特殊で、まず使用コードスケールがホールトーン・スケールに限定される。鉄腕アトムの主題歌のイントロのあれだ。いい加減な譜面でドミナント♭13コードであるはずなのに、コードの構成音が同じなので間違ってオーギュメンティッドと書かれたものをよく見かける。ついでだが、#11コードを♭5と表記しているのもよく見る。コード名は使用コードスケールを提示しなければいけないことを理解していない。ではまずこの図をご覧頂きたい。

♭13コードと#5コードの違い
♭13コードと#5コードの違い

鉄腕アトムドミナント♭13コードの使用スケールは、通常の7音スケールで、テンション13thが半音下げられたものである。これに付随して9th音も♭か#、またその両方である可能性もあり、ビバップのオシャレなフレーズを構成するのにうってつけだ。それに対して#5コード(aug)とは5度音が#という意味なので、♭13コードのように完全5度音(上図G音)は存在しない。言い換えれば、5度音を#にするのであるから、ギャップを開かないために4度音も#にし(テンション#11th)、第6音は押し出されて消滅するので全6音スケールになる。結果、全ての音の間隔は全音となり、鉄腕アトム式ホールトーン・スケールが出来上がる。更に、平均律ではたった2種類のホールトーン・スケールしか存在しない。Cから始めるC Whole Tone Scale、半音上げてC#(D♭)Whole Tone Scale。次に半音上げたD Whole Tone Scaleは最初のC Whole Tone Scaleと全く同音で、その半音上のD# Whole Tone ScaleはC# Whole Tone Scaleと全く同音だ。

#5コードは、Maj7 (#5) とわざわざ限定されていない限り、7thコードでなくてもドミナントコードだ。なぜならコードトーンである3度音に対する♭7th音というスケール音との間にトライトーンが形成され、解決欲求感を強く放出するからだ。つまり鉄腕アトムの出だしが聴こえると、何かが起こるという期待に満たされるあれだ。それだけ強いキャラクターを持つコードを多用したコルトレーンの意図はなんであったのだろうか。Fオーギュメンティッド・スケールもGオーギュメンティッドスケールも同音だ。便宜上この曲の調性であるD♭をルートにして書いてみる。使用スケールは全て同音だ。F augはこの図のFから始め、G augはGから始めるだけだ。

D♭ Whole Tone Scale
D♭ Whole Tone Scale

ここで大きな問題が持ち上がる。ベース音はA♭であり、F、またはG Whole Tone Scaleにない音なのだ。つまり、マッコイがこれだけ強調してボイシングしているオーギュメンティッド・トライアッド、実は全くオーギュメンティッドではないのではないかということだ。つまり、F aug/A♭はF7 (♭9,♭13)、G aug/A♭はA♭- (Maj7) と構成音が同じだが、両者とも理論的に機能はしていない。もう一度この進行が使用されている箇所を吟味してみよう。コルトレーンのラインを採譜してみた。

コルトレーンのライン
コルトレーンのライン

前述のブルーノートの説明をした採譜でも立証されるが、コルトレーンはFのAltered scaleを想定して演奏している。但し、なぜFドミナントをここで使用するのかは理論的に解明できない。恐るべしコルトレーン。それにしてもこのオーギュメンティッド・トライアッドのボイシングはコルトレーンの指定なのか、それともMcCoy Tyner(マッコイ・タイナー)のアイデアなのか興味津々だ。

McCoy Tyner

マッコイとコルトレーン photo: ©Joe Alper
マッコイとコルトレーン photo: ©Joe Alper

マッコイの詳しい分析は又の機会にするが、非常に興味深いアーティストだ。筆者はマッコイのFacebookページを長らくフォローしているが、彼は実に名言が多い。その中でも忘れられないのが、

“You have to listen to what someone is doing and help them get to where they want to go, musically speaking.” -McCoy Tyner 「共演者のやっていることを聴け。その共演者がやりたいことを手伝え。」

また、

“I really do enjoy accompanying people. It’s a challenge and a joy when you get it right.” – McCoy Tyner 「伴奏するのは大好きだ。やりがいがあるし、うまくいった時の喜びは大きい。」

同業者で筆者が尊敬するスウェーデン人ジャズフルーティストであるAnders Boström(アンダース・ボストロム)がマッコイに雇われた時のことを語ってくれた。あのいかつい外観とは正反対の物静かな紳士だと言う。譜面は全く存在しなく、全て耳で覚えなくてはいけないそうだ。さすが、と思った。筆者は譜面にかじりついて演奏しているライブを見るのがどうも苦手だ。余談だが、せめて譜面台で自分を隠すのだけはやめて欲しい、と愚痴ってみる。

話を戻すが、最後にマッコイがこのオーギュメンティッド・トライアッド上でどういうインプロをしているのか採譜してみた。コルトレーンと同様FのAltered Scaleを想定しているなら、これはコルトレーンの指示だと判明するわけだ。

マッコイ、ソロ13小節目
マッコイ、ソロ13小節目
マッコイ、ソロ29小節目
マッコイ、ソロ29小節目

”app”と表示したアプローチ音と、”?”で表示した解明不可能な音を抜かして、マッコイが明らかにホールトーン・スケールを使用してインプロしていることがはっきりとわかる。こうなるとこのボイシングはコルトレーンの指示なのかマッコイのアイデアなのか判断がつかなくなる。いよいよ色々ともっとマッコイを聴いてみたくなった。それにしてもマッコイの攻撃的なオン・トップ・オブ・ザ・ビートのタイム感は相変わらず気持ちがいい。いつからかマッコイはジャズラテンに集中するようになったようだが、このタイム感からの必然的な発展であったことは容易に想像がつく。ボストンに来てくれないマッコイだが、今度どこかまで足を運んで是非ライブを観たくなった。

ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、演奏はデイヴ・ホランドに師事。1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。NYCを拠点に活動するブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」リーダー。『ハシャ・ス・マイルス』や『ハッピー・ファイヤー』などのアルバムが好評。ボストンではブラジル音楽で著名なフルート奏者、城戸夕果と双頭で『Love To Brasil Project』を率い活動中。 [ホームページ:RachaFora.com | HiroHonshuku.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook] [Love To Brasil Project Facebook]

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