ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #89 R.I.P. Wayne Shorter <Nefertiti>
この2日 (2023年3月) にとうとうWayne Shorter (ウェイン・ショーター) が亡くなった。享年89歳。ある程度の覚悟はあったものの、やはりショックであった。ひとつの大きな何かが幕を閉じた。「新しい身体に着替えて来るよ」というようなことを言って旅立ったそうだ。

ショーターに関しては本誌No. 251、楽曲解説#40で『Emanon』を取り上げた時に詳しく書いたので、是非そちらをご覧下さい。今回は前回書き残したことから始めたいと思う。1986年にWeather Report (ウェザー・リポート) から離れたショーターは、Joni Mitchell (ジョニ・ミッチェル) やCarlos Santana (カルロス・サンタナ) やHerbie Hancock (ハービー・ハンコック) などのプロジェクトに徹し、リーダーアルバムは1995年の『High Life』のみだった。2000年に「Footprints Quartet」を結成した頃からショーターは後進の育成に務め始めた。
「Mentor (*メンター) とは、例えば小さい子供の親の肩車だ。背の低い子供は人混みの向こうで何が起こっているのか見えない。親は子供に言葉で説明するがそれは充分ではない。だから親は子供を肩車する。すると子供の目線は親より高くなり、今度は子供が親に様子を説明することになるんだ。」 (『The Language Of The Unknown』より)
*注:メンターとは非常に日本語になりにくい言葉だ。英和辞典には「指導者」や「助言者」とあるがイメージとしてかなり遠い。まず「指導者」や「助言者」は集団を仮定するが、メンターは1対1だ。アメリカのドラマや筆者の経験から、一般の教育を受けたアメリカ人は他人を非難したり意見したりすることを好まない。個人を尊重するからだ。つまり、頼まれもしないのに助言はしない。だからメンターは教える人ではなく、知識を分ける人、つまり受動的なのだ。一つ確実なのは、メンターは常にある程度歳が離れた年長者だ。そして、教えるのではなく、自分の行動をもって相手に影響を与える。いい日本語訳があったら教えて下さい。

「Footprints Quartet」を始めた頃、ショーターは67歳、ピアノのDanilo Pérez (ダニーロ・ペレス) が35歳、ベースのJohn Patitucci (ジョン・パティトゥッチ) は41歳、そしてドラムのBrian Blade (ブライアン・ブレイド) は若干30歳だった。『The Language Of The Unknown』の中のペレスのインタビューに非常に興味深いものがあった。
「『Alegría』のレコーディングに呼ばれたんだ。あれが事実上のオーディションだった。何曲か録音してから<Vendiendo Alegría>の録音が始まるとウェインは録音を止めて、ダニーロ、ダニーロ、そのコードに水を入れてくれないか、って言うんだ。自分は何を言われてるか理解できなくて真っ青さ。結局その日にこの曲の録音を続けることは中止になって自分としては意気消沈ってわけだ。ホテルに帰ってなんとなしにテレビを流していると、何かのコマーシャルから流れる音楽からいきなり水が聞こえて来るじゃないか。見ると、なんと石鹸のコマーシャルだ。その音楽は5度をモチーフにしてたんだ。あっ!これか!ここからアイデアを得て次の日に録音を再開するとウェインは、それそれそれ!と言って大喜びなのだが、今度はその水を真上から見て水の底がはっきり見えるような澄んだ水にしてみてくれ、と言うんだ。これを聞いた時ウェインのアイデアがはっきりと理解できたんだ。」
ウェイン・ショーターの哲学
アメリカのジャズ界には創価学会のメンバーが多い。ジャズクラブの柱に南無妙法蓮華経と書いてあるのを目にしたことがあるくらいだ。在米日本人コミュニティーの間でも創価学会の力は大きい。キリスト教の家庭で育った筆者は創価学会のことをよく知らないので、意見を書く気は全くないことをご了承頂きたい。以下の日蓮宗に関する記述は全てショーターのインタビューからの抜粋だ。
ショーターが仏教に出会ったのは1973年だ、とQuestlove Supreme ポッドキャスト (リンク→) で話していた。1996年にTWA800便の墜落事故で亡くなった当時のショーターの結婚相手、Ana Maria Shorter (アナ・マリア・ショーター) がハービー・ハンコックに影響を受けて日蓮宗に興味を示し、ショーターがアナ・マリアに影響を受け、そのハービーはベーシストのBuster Williams (バスター・ウィリアムス) に影響を受けたそうだ。なんでも、あるギグでバスターがすごいソロをとって、ハービーがバスターにどうなってるんだ、と聞いたことからバスターがハービーに日蓮宗のことを話したのだそうだ。ハービーはショーターに、娘のためだと思って日蓮宗を覗いてみたらどうか、と勧めた。ショーターのアナ・マリアとの娘、Iska (イスカ) は生まれつき脳障害があり (医療ミスという説もあるが確認は取れなかった) 、喋ることもままならず、毎日何度も癲癇 (てんかん) の発作に苦しんだ。少しでも発作が少なくなるように、とショーターはイスカのために気温の変化の少ないカルフォルニアに移住したほどだった。ショーターはイスカが生まれた1970年に『Odyssey of Iska』を録音した。組曲だ。
- <Wind (風)>
- <Storm (嵐)>
- <Calm (静けさ)>
- <Depois do Amor, o Vazio (ポルトガル語:愛する気持ちの後に訪れる虚無感)>
- <Joy (喜び)>
1トラック目で前衛的に始まり、少しずつ光を注いで4トラック目の美しいボサノバに辿り着くその移り変わりが実に素晴らしいが、同時にショーターの複雑な心境が最後まで聞こえ続ける。ここまで表現できるショーターの技量に感服する。惜しくもイスカは1986年、15歳の時に発作で亡くなってしまった。その時ショーターは日蓮宗の教えに従い、娘は親に人生とは何かということを教えるために生まれて来、目的を全うしたから去った、と理解したそうだ。そう考えることで娘の人生は無駄なものではなかったと納得できたと語っていた。その後ショーター夫妻は家庭内暴力に苦しむTina Turner (ティナ・ターナー) を匿い、日蓮宗を紹介し、立ち直ったティナは『Happiness Becomes You (邦題:ハピネス 幸せこそ、あなたらしい:ポジティブな人生を歩むための言葉) 』などのノンフィクション・ベストセラーを数冊出版していることも興味深い。
前述のように、アナ・マリアはTWA800便の事故で亡くなった。筆者は今でもはっきり覚えている。ニューヨークを飛び立ってすぐに空中爆破したのでテロとして扱われたが、4年後の2000年にテロ行為ではなく、燃料タンクで発生したアーク放電が原因だったと発表された。つまりボーイング機の欠陥だったのだ。こんなに長く原因が解明されず、遺族の心境は想像に絶する。しかもアナ・マリアはこの便に乗る予定ではなかった。イタリアでツアー中のショーターを驚かせようと知らせずに会いに行くアナ・マリアは、卒業祝いに姪のダリアを同行させていたのだが、飛行機会社の手違いで予定の便に乗れずにこの便に搭乗することになったのだった。アナ・マリアの葬儀で、「彼女の人生を祝福するためには自分はもっとハッピーな人間にならなくてはならない。」と言ったショーターの言葉が語り継がれている。また、インタビューで「愛する者を失う悲しみは一時的なものだ。なぜなら死んだ者の存在が消えることはないからだ。」と語っていた。
ちなみに最初の結婚相手は日系アメリカ人のテルコ・ナカガミ。『Speak No Evil』のジャケットの写真がテルコと筆者は理解する。このアルバムのリリースは1964年だが、奇しくもこの年に彼らは3年の結婚生活に幕を閉じている。二人の間にできた子がMiyakoで、彼女のために書かれたスタンダード化している美しいバラードの<Infant Eyes (赤ん坊の目という意) >は前述の『Speak No Evil』に、<Miyako>は『Schizophrenia』(1967) に収録されている。ショーターの著作権を管理する会社の名前もMiyako Musicだ。テルコはその後、『スター・ウォーズ』のLondo (ロンド) 役で有名な俳優のBilly Dee Williams (ビリー・ディー・ウィリアムス) と再婚しており、Miyakoはこの二人に育てられるがショーターとは最後まで仲が良かったようだ。

ショーターの2人目の結婚相手がアナ・マリアで、彼女がショーターに出会った時は若干17歳。TWA800便の事故で亡くなるまで30年を共にした。スタンダード化している<Ana Maria>はブラジルの偉大なシンガー、Milton Nascimento (ミルト・ナシメント) をフィーチャーした『Native Dancer』(1974) に収録されている。3人目の結婚相手はアナ・マリアの親友だったCarolina dos Santos Shorter (カロリーナ・ドス・サントス・ショーター) で、確認は取れなかったが、イスカが発作で亡くなった後アルコール漬けになっていた2人を助け出したのがこの人だったという話がある。最後まで仲の良い夫婦だったようだ。ちなみにアナ・マリアもカロリーナ・ドス・サントスもブラジル名だ。
話を戻そう。ショーターは多くのインタビューで日蓮宗の音楽的な影響も語っている。例えば、「毎日毎日が新しい始まりだ。」つまりマイルスが教えた、ジャズは進化し続けなければならない、という定義に同期している。また、日蓮宗の修行をすることで自分の中に長く溜まり込んだゴミが吹き出す、などと語っていた。つまりゴミを排出して常に音楽に新しい気持ちで対峙する姿勢を保っているのだ。
ウェイン・ショーターの宇宙観
何を思って演奏するのですかと問われ、「この我々が住む世界がどうあって欲しいかを想って演奏する。」と答えるショーターだ。ショーターが宇宙に興味があるのは周知の通りだが、あの物理学者の最高権威だった故Stephen Hawking (スティーブン・ホーキン:日本ではホーキング) や、天体学の最高権威であるNeil deGrasse Tyson (ニール・デグラス・タイソン:日本ではニール・ドグラース・タイソン) などとも懇意にしていて、ブラックホールやDark matter (暗黒物質) や、スイスのThe Hadron Collider (大型ハドロン衝突型加速器) などについて談義をするらしい。筆者にも興味のある話題だ。ショーターは、彼ら科学者たちは音楽との関係に興味があるので声をかけてくれる、と語っていた。ショーターの知能指数はどのくらい高かったのであろうか。興味のあるところだ。
ショーターの母親というのがすごい人物だったようだ。決して裕福ではなく、両親揃ってそれぞれ仕事をふたつ掛け持ちしなければならないほどだったのに、子供にはオモチャではなく、工作キットや配線キットなどの創作欲を掻き立てるものを買い与えており、幼少の頃から兄弟揃って思考回路の訓練をされていたと言う。興味深いのは、全て音楽とは無関係で、エンジニア系の工作だったらしい。だから物理にも興味を持ち、読書が大好きだったことから哲学的な思考回路の訓練も早くからされていた。ところがショーター16歳の時、母親は何を思ったか叔母さんと共に残業時間を増やしてお金を貯めてショーターに中古のクラリネットを買い与えた。1年間レッスンに通い、1日6時間練習し、テクニックを備えることに集中し、図書館に行ってCharlie Parker (チャーリー・パーカー) 、Art Blakey (アート・ブレイキー) 、Thelonious Monk (セロニアス・モンク) 、そしてIgor Stravinsky (イーゴリ・ストラヴィンスキー) の<The Rite of Spring (春の祭典) >などのレコードを聞き漁った。ラジオではなく、図書館というところに注目したい。ラジオにへばりついてジャズに魅せられた他のアーティストと違い、ショーターは知識を得ると深くとことんまで吸い込むスポンジ系の人だということだ。1年間のレッスンが終わったところで先生にテナー・サックスを与えられた、その理由はクラリネットより稼げるからだったそうだ。
シューターの特異性は、この強力な知識欲だと思う。だから解明されていない現象であるE.S.P.や、ブラックホールなどの宇宙現象に強い興味を持ち続けているのだろう。
<Nefertiti>
筆者にとってショーターと言えば<Nefertiti>だ。この曲はMiles Davis (マイルス・ディヴィス) の1968年アルバム、『Nefertiti』の1トラック目に収められているタイトル曲で、謎だらけの曲だ。何せ8分に及ぶこの曲は只々16小節のヘッド (日本ではテーマ) を13回繰り返しているだけの曲なのだ。
「ネフェルティティ」とは紀元前1300年代のエジプトの王妃の名前だそうだ。なんでも太陽神を崇める宗教の斬新な改革を行ったことで知られているそうだが、それ以外は調べきれなかった。ショーターは15歳の時に新聞でネフェルティティの胸像の写真を見、それのコピーを自分で作ってしまったのだ。ただ単に新聞で見たかららしい。オタク気分満載だ。

マイルスはリハーサルを1度もしたことがない。ショーターのインタビューによると、電話でも人生の話はするが音楽の話はしなかったそうだ。ショーターが自分で書き貯めた譜面のバインダーを持っていることをマイルスは知っていたので、レコーディングの度に「バインダー持ってこい」と言い、マイルスがスタジオで譜面の束に目を通して「これをやるぞ」と言うのが儀式だったそうだ。
<Nefertiti>の録音が始まってから、ヘッドの終わりに近づく度にマイルスは繰り返せ、と手で合図し、結局最後まで8分間それが続いた。終わった時、「こんな完璧なヘッドだからソロなんていらないんだよ。」とマイルスは言ったそうだ。筆者が特に感銘を受けたのが、12回目でマイルスとショーターがヘッドを演奏するのをやめた時のハービー、ロン・カーター、トニー・ウイリアムスの3人の演奏の、その押し殺した圧力のすごいこと。毎回ここで身震いがする。何がどうすごいのか言葉で説明できないが、マイルスの意志を全員が完璧に理解している様がくっきりはっきりと現れている。特にすごいのがトニーだ。是非ご一聴頂きたい。
この曲ではオリジナルのこの録音を超えることは不可能のような気がする。色々なミュージシャンが録音しているが、ソロがどうもしっくり来ない。その理由は、一見8小節 x2という単純そうなフォームが恐ろしく複雑でソロの構築が難しいからだろうが、なんと言ってもこのオリジナルのインパクトがどうにも強すぎる。ハービーとショーターはその後何度かこの曲を録音しているが、『V.S.O.P.』(1977) ではオリジナルと同様ソロなし。ちょっとWallace Roney (ウォレス・ルーニー) の不安が聞こえてしまう。そして『River: The Joni Letters』(2007) では完璧にフリーインプロビゼーションにしている。この曲のマイルスのオリジナル録音での醍醐味はなんと言ってもロンのドライブするベースとトニーのスイングするライドだ。これだけ聴いているだけで昇天できる。これが筆者にとってのジャズだ。
楽曲解説に入ろう。まずメロディーをご覧頂きたい。如何に優れたメロディーなのかをまず解説したい。

二つのテーマから成り立っている。第一テーマが ① で記した下降形のラインだ。これが頭で提示され、後半の頭で2度再現するが、再現1は動機の長3度下のA♭音、続く再現2は長2度上がってB♭音。頭の動機のC音に躙り寄る、この動きが実に巧妙だ。
次に第二テーマ、②で記した下降の跳躍と、その逆の上行の跳躍だ。どちらもターゲットははっきりしており、前半ではD♭音、後半ではA音だ。注目は前半の最後がA音になっていることだ。しかも後半のターゲットの1オクターブ上だ。ショーター恐るべし。美しい。
作曲法にとって山形の地図は重要な要素だ。これが曲の説得力を決める。この地図を示すために上図の譜面で赤の矢印と緑の文字で音の高さを上から順番に番号付けした。番号を追って頂いても分かりにくいかも知れないので、見やすいように次に地図だけ抜き出してみよう。高さの比較のために9小節目のA♭音はG#音に、10小節目のB♭音はA#音に書き換えた。赤矢印は鈍行、緑矢印は急行とお考え頂ければ良い。最も注目すべきは全体の一番高い位置から始まっていることだ。これは作曲法として実に珍しい。全く起承転結を踏襲していないのだ。この意図はなんだ。それは16小節のヘッドの頭のインパクトの強調だ。だから何度繰り返しても毎回がステートメントになり得るというわけだ。これを一瞬にして見通したのがマイルスなのだ。
「ああぁぁ、ちょっと聞いてくれよこんなことがあったんだ・・・・・・」
「ああぁぁ、ちょっと聞いてくれよこんなことがあったんだ・・・・・・」
さて、問題はコードだ。これが最大の謎なのだ。何せロン・カーターはルートを弾かないで、ベストな音を選ぶことに命をかけている。だからトランスクライブしてもどれが本当のルートなのか非常に判断しづらい。その上ハービーの特殊なクラスターボイシングが余計混乱させてくれる。
筆者がアメリカに移住しジャズの勉強を始めた80年代の終わり頃、クラスメートが雑誌を見せてくれた。なんの雑誌だか全く覚えていないのだが、その雑誌にはハービーのインタビューが譜面付きで載っていた。その譜面が<Nefertiti>だったのだ。ハービーによると、ショーターの譜面にはコードネームが書いてなく、単にボイシングが音符で書いてあったのだそうだ。当時貧乏学生をやっていた筆者はこの譜面を必死に手で書き写した。何せ学校の図書館にまだコピー機などない頃で、お店でやってもらうのもコンビニではなく印刷屋という時代だった。その譜面をまずご紹介する。コードネームは筆者が分析して加筆した。

最初がA♭で最後がそのドミナントに当たるE♭7ということ以外全く分析できない。しかも#11コードを多用することでアヴォイド音をなくして更に調整を濁している。ショーター恐るべし。困ったことにあってはならないコードが登場する。それぞれの8小節フレーズの最後に登場するE♭7 (♭9,#11) だ。後述する。次にオリジナルのレコーディングを採譜してみた。全員が初見で演奏しているならショーターが書いたものに近いはずと考え、1コーラス目を採譜した。

最初の7小節はハービーの譜面とほぼ同じだ。2小節目のベース音が違うがコードスケールから派生しているので大した問題ではない。ちなみに7小節目のB♭-7(♭5) コードに9thが入っているのは教会モードでは考えられないのだが、これはG♭Lydianから派生したモーダルエクスチェンジコードなのだ。つまり2小節目のG♭コードから派生している。このようなLocrianに9thを混ぜたコードをハービーが発明したスーパーロクリアンコードと教える学校もあるようだ。さて、最初の問題は8小節目にある。ハービーのボイシングにF♭音、つまりE♭に対するテンション♭9が入っているのだ。こうなるとメロディーのA音は#11になり得ない。♭5音なのだ。これは単なる異名同音という問題ではなく、♭9と#11はスケールとして共存できないのだ。#11とは4度音が変化することで、♭5とは5度音が変化し、スケール自体が変化するという意味なのだ。ここで一つもっと大きな問題が持ち上がる。ドミナント♭5コードのテンション13は♭13でなくてはスケールにならない。だがハービーはナチュラル13のC音をボイシングしている。ではハービーは何を考えているのであろうか。前述のオリジナルの譜面の8小節目と16小節目のボイシングをご覧頂きたい。左手でE♭7、右手でAマイナーコードだ。つまり、メロディーは#11のAナチュラルだが、そこまで散々出し切った#11コードではなく、A- on E♭7というポリコードを与えたのはショーターなのだ。ハービーのすごいところは、そのポリコードを忠実に再現するのではなく、2つのコードを完璧に溶解して原型を留めていないボイシングをしているところなのだ。
誤解のないように「スケールにならない」という意味を説明する。これは理論的に成立しないという意味ではない。スケールとして1オクターブ8音続けて順番に演奏した時、不自然な音飛びが派生して流れなくなる、つまり、カッコ悪いサウンドになるという意味なのだ。音楽にとって最も重要なのはカッコいいかカッコ悪いかだ。
9小節目のコードも10小節目でロンがぶっ飛んで弾いているA Mixolydianスケールも、ハービーのコードから発生するスケールと同じなので問題ないが、続く11小節目のコードがどうにも謎だ。もしハービーのボイシングの一番下の音がD音ではなくD♭音であったらオリジナルのG♭Maj 7(#11)になる。いたずらでもしたかったのかも知れない。だがここでのロンのG Aeolianスケールはどうにも理解できない。3拍目のダウンビートのGがコードのG♭音と強力にクラッシュしているだけでなく、小節最後で延ばしている音はなんとBナチュラルでこれもクラッシュだ。この後の残りの小節は問題ない。13-14小節目のコードの相違はコードスケール的には問題ないからだ。
最後に、前述のヘッド12回目、マイルスとショーターがヘッドを演奏するのをやめた時のハービーとロンを採譜してみた。もしかしたらこの曲のコード進行がもうちょっとはっきりわかるかと期待したが大間違いだった。上段がハービーのボイシング、下段がロンのベースラインだ。

4小節目のC7でロンはA♭ベースにするのが好きなようだ。このオリジナルの録音でも『V.S.O.P.』でも頻繁に使っていた。おしゃれだ。7小節目は、B♭-7 (♭5) をただのDoriannコードであるB♭-7に置き換えたのかも知れない。興味深いのは8小節目だ。A-6とは一体何が起こっているのか。ハービーはポリコードの上段のA-コードのみを、しかもE♭に対する#9であるF#まで挿入している。だが、ロンがルートのE♭音ではなくメロディーのA音を弾くとは夢にも思わなかったのかも知れない。
ショーターがインタビューでこんなことを言っていた。
「トニーは元気いっぱいの若者、ロンは大学教授の風格、ハービーは隙を見ては新しいことを試す挑戦者さ。だから自分達はヘッドを繰り返し続けるだけで彼らがとんでもないものを生み出すってマイルスは知ってたのさ。」
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