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特集『ルイ・アームストロング生誕120年・没後50年』Hear, there and everywhere 稲岡邦弥No. 280

#29 4K-5.1ch 版 Blu-ray『真夏の夜のジャズ』
Bert Stern’s『Jazz on a Summer’s Day』

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

『真夏の夜のジャズ』 DAXA-5773
4K修復版5.1ch Blu-ray
8月4日(水)発売   6,380円(本体5,800円+税10%)
発売・販売元:KADOKAWA
©1960-2019 The Bert Stern Trust All Rights Reserved.


新装版『真夏の夜のジャズ』の試写を二度観る機会に恵まれた。MAスタジオのSONY PCLとメディア試写会のKADOKAWA試写室。PCLでは画質を中心に、試写会では5.1chの音質を含めた完成品として楽しんだ。4K修復版はすでに劇場でも公開されているが、僕は初めて。「赤の発色が素晴らしい。アニタの黒のドレスが柄織りだったのを初めて知った」という同行のファッション関係者のコメントを伝えるだけで充分だろう。ニューポートという高級リゾート地で真夏に開かれたジャズ・フェスである、青い空、青い海、カラフルな観客のコスチューム、目にも鮮やかなシーンの連続でさすが若手売れっ子ファッション・カメラマン、バート・スターンの映像感覚だけのことはある。ただ、本編のあとで観たバート・スターンのドキュメンタリー、インタヴューの内容がかなり衝撃的で、本編の余韻を残しておきたかったので途中で退席した。

5.1chの再生システムが完備したKADOKAWAの試写室では映像を見やりながらオノ セイゲンがリマスタリングした音楽を楽しんだ。サラウンドを信条とするセイゲンのマジックに身を任せて、開始早々僕はニューポートの聴衆のひとりとなった。目はファッショナブルな映像の美しさに捉えられるのだが、耳はそれ以上に音楽の素晴らしさに吸い寄せられていく。ジャズ・ファスのドキュメンタリーだから当然だろう、と言われるかもしれないがそうではないのだ。まずは、オープナーのジミー・ジュフリー・トリオ。汽車の動きを模したと思われる音型が心を逸(はやらせる <The Train and the River>。いつもはクールにクラリネットを吹くジュフリーが、ここでは息を弾ませながらテナーサックスを吹いているのだ!お相手はバルブ・トロンボーンのボブ・ブルックマイヤー。哀れ、残るギターのジム・ホール、音はすれども姿は見えない。画面は、ジミーとボブのアップに終始して終わる。
(*フェスの前年の1958年、ジムがジミーのトリオで同じ曲を演奏する動画を見つけた。ジミーはここではバリトンサックスを吹いている..。)

と思えば、長々と挿入されるチコ・ハミルトンのチェリスト ネイサン・ガーシュマンの練習風景。上半身裸のネイサンが汗を滴らせながら黙々とバッハの無伴奏チェロを引く。途中、手を休めタバコに火をつけ、くわえタバコでチェロに戻るネイサン。アンダーの画面に立ちのぼる紫煙。偶然とは思えない忘れがたいカットだ。タバコをくゆらすカットはなんども出てくる。紙巻、葉巻、パイプ...。どのカットも自然で至福の一服に思わず胸ポケットにタバコをまさぐったほど。考えるに、ジャズにそれほど精通していなかった監督が知名度にとらわれず、自らの胸に響いた演奏を優先させたのだろうと思わせるチョイスだ。その極みが、エンディングを飾るルイ・アームストロング(サッチモ)とマヘリア・ジャクソン。今年、「生誕120年 没50年」というアニバーサリー・イヤーを迎えるサッチモだが、この映画を観てサッチモの素晴らしさを再認識することになった。演奏、歌、トーク、どれをとっても他を寄せ付けないレヴェルに達していることを証明するパフォーマンス。読み終えたばかりの外山喜雄さん、恵子さんご夫妻の共著「ルイ・アームストロング 生誕120年 没50年に捧ぐ」で語り尽くされるサッチモのまさに全人格が反映されたステージといっても過言ではないだろう<ロッキン・チェア>で競演したあのジャック・ティーガーデンが気圧されていたと思えるほどのカリスマ性の発揮だった。続いてトリを務めた「ゴスペルの女王」マへリア・ジャクソン。晴れやかな舞台に「まるでスターになった気分」と殊勝のセリフを吐きながら、その演唱はまさに圧巻。終曲の<主の祈り>は、クリスチャンにとって至上の賛美歌。日本の多くの教会でも礼拝を始める、あるいは閉めるにあたり、唱えたり、歌ったりする特別な「神への賛美」である。さすがの音楽監督ジョージ・アヴァキャンもバートに撮影を中止するよう指示したらしいが、バートは制止を振り切ってカメラを回し続けたという。カメラマンとしては敬虔な宗教心は尊重しつつも絶対逃せない貴重なカットである。バートのおかげで僕らはマヘリアの崇高な精神を共有し、クリスチャンであれば目を閉じ主に祈りを捧げることができるのである。

登場するミュージシャンはアフリカンが多く、聴衆はコーケイジャンが多いのだが、その中でほとんどひとりで気を吐いていたのが、アニタ・オデイだった。黒のロング・ドレスに羽飾りの付いた大きな帽子(彼女のコスチュームについては本誌・竹村洋子さんのエッセイに詳しい)のフォトジェニックさに惹かれたのだろうか、バートが2曲フル・サイズで押さえており、結果的にアニタのパフォーマンスがこの映画のハイライトのひとつに数えられている。

「真夏の夜のジャズ」とアニタ・オデイといえば僕には忘れがたい思い出がある。僕は、1975年、アル中から回復したアニタの復帰作『Anita O’day 1975』をロスで制作、翌年、ツアーで来日したアニタとドラムスのジョン・プールを連れて、たまたま銀坐ヤマハ・ホールで公開されていた映画を観に行ったのだ。アニタの出番になって突然、アニタが大きな声で笑い出し観衆に彼女の存在が知られるところとなった。当時すでにGH(ゲーハー:禿頭の隠語)気味だったパートナーのジョンが黒々とした頭髪で画面に登場したのだ。終演後、聴衆がスタンディング・オベーションで彼らを歓迎し、彼らも感激の態で会場を後にしたのだった。翌日のコンサートでアニタは早速、映画の中でも歌っていた<スゥイート・ジョージア・ブラウン>を快調に歌い、アンコールには<ティー・フォー・トゥー>で応えたのだ。当夜の模様は『アニタ・オデイ/ライヴ・イン/トーキョー』(TRIO) としてアルバム化され僕の愛聴盤の1枚になっている。
バート・スターンが著名アーチストにとらわれなかった証に、ハーレムの図書館に保管されているという十数時間に及ぶという当時のフッテージにはマイルス・デイヴィスとデューク・エリントンのカットは含まれていないという。バートによれば「マイルスのジャズは肌に合わないんだ」ということになる。
最後に、DVDに付けられたブックレットは上出来で、執筆者とメーカーの担当者には謝意を表したい。ブックレットを読んだあと、もう一度DVDの再生ボタンを押したくなる。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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