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Jazz à la Mode 竹村洋子No. 243

ジャズ・ア・ラ・モード# 12. ジェリー・マリガンのホワイトシャツ

12. ジェリー・マリガンのホワイトシャツ

Gerry Mulligan in white shirts: text by Yoko Takemura, 竹村 洋子
Photos : Library of Congress, Used by permission from Franca Mulligan,
他、Hermon Leonard Collection, Pintrestより引用

今回は、ジェリーマリガンのホワイトシャツについて。

ジェリー・マリガン(Gerry Joseph Mulligan、1927年4月6日 – 1996年1月20日。ニューヨーク生まれのジャズ・ミュージシャン、作曲家、編曲家。バリトン・サックス奏者。
10代からフィラデルフィアで活動を始め、ジーン・クルーパ、クロード・ソーンヒル、エリオット・ローレンス、スタン・ケントンなどのビッグバンドのアレンジを本格的に手がけ、白人のソフトなダンスバンドをモダンなアレンジによりバンドスタイルの革新に貢献した。
ギル・エヴァンスとの出会いをきっかけに、1949年のマイルス・ディヴィスのグループに参加。後にマイルスの『クールの誕生:Birth of Cool 』としてアルバムはまとめられた。バリトンサックスの演奏のほか、作曲も担当している。
1952年、カリフォルニアに移り、チェット・ベイカーと約9ヶ月ほど活動してする。その後、デイブ・ブルーベック、ボブ・ブルックマイヤー、アート・ファーマー、ズート・シムズ、リー・コニッツらと共演し、『ウエストコースト・ジャズ』の中心的存在になる。
1956年に生まれ故郷のニューヨークに戻り、1958年に映画『私は死にたくない:I Want To Live』に出演。1960年代にはアート・ブレイキーらと一緒に製作した『ナイト・ライツ:Night Lights 』はジェリー・マリガンの代表作となる。1980年代に入ってからはフュージョン色の強い音楽を志向するようになる。

ホワイトシャツはスーツを着用する男性にとっては基本必須アイテムだ。ビジネスマンなら誰もが持っているし、ミュージシャンでもそれは同じだろう。

1940年代には男性の強さや貫禄を感じさせる、ズートスーツに代表されるような体を大きく見せるたっぷりめのスーツが主流だった為、シャツも比較的ゆったりしたものだった。
この頃のジェリー・マリガンもたっぷり目のスーツとホワトシャツを着用しているが、そのシルエットはちょっとだぶついていて、襟も大きい。当時はそのスタイルがヒップだった。

1950年代に入ってからは、アイビー・ルックの影響もあり、より体にフィットしたものが少し細身のスーツと共に好まれるようになっていく。このコラムの#237で『#6.マイルス・ディヴィスから始まったジャズ・ミュージシャン達のアイビールック』に、1955年にマイルス・ディヴィスと一緒にニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演した際、マイルスをはじめとしたミュージシャン達がケンブリッヂにあるアイビー・ルックを提供する洋服店『アンドーバー・ショップ』でステージコスチュームを調達したことを書いた。 ジェリー・マリガンもその一人だったようだ。

このコラムを初めてから、改めて個性の強い人たちはシンプルな服がよく似合う、とつくづく思う。今回取り上げたジェリー・マリガンもその一人だ。私は彼のシンプルなホワイトシャツ姿は他の誰よりもクールでセクシーと感じる。チェット・ベイカーのホワイト・ T-シャツ姿にみるミニマリズムと共通するものがあるかもしれない。
特に、彼の1950年代、おそらくチェット・ベイカーと一緒に活動していた頃は、ジェリー・マリガンの音楽生涯に於いて、最もクリエイティブな時期だっただろう。この頃のシンプルなホワイトシャツ姿が抜群に良い。

 

ジャケットを脱いで、ボタンダウンの、おそらくオックスフォード素材のシャツ1枚に黒のナロータイ。袖を引く折ってたくし上げ、バリトンサックスを首からかけている。シャツ自体はさほど特別なものではないが、ボタンダウンのアイビー・スタイルだ。シャツの下にはアンダーシャツは着てていなかったのではないだろうか?そのスレンダーな体型に清潔感あふれるクルー・カット(crew cut~角刈り)と端正な顔立ち。頭をちょっとかしげた姿はたまらなく魅力的だ。このヘアスタイルにしたのがいつ頃からは定かではないが、チェット・ベイカーやマイルス・ディヴィスと一緒に活動し始めた頃だろう。このクルー・カットあってのシャツ姿がクールなのだ。

大きなバリトンサックスを重厚な力強さだけで演奏するのではなく、優しく包み込んで奏でる、といった印象が強いこの人には『クール』というより、『ニート』という表現の方が良いかもしれない。同じ頃、一緒に活動していたリー・コニッツ、スタン・ゲッツといったミュージシャン達のシャツ姿と比較しても、群を抜いて素敵だ。

ジェリー・マリガンは1958年にロバート・ワイズ監督、スーザン・ヘイワード主演(オスカーの主演女優賞を受賞)、ジョニー・マンデルの音楽による映画『私は死にたくない(I Want To Live)』に出演、映画の冒頭で、ホワイトシャツ姿で演奏するマリガンを観ることができる。

1950年代後半からのジェリー・マリガンは髪を伸ばし始めている。この人は生涯に渡ってシャツが好きだったようだ。晩年にはホワイトに加えて、ブラックシャツもよく着ていたようだが、ヘアスタイルはあのクルーカットではなく長めにしている。髪の長さは短くても長くても、シンプルなシャツが一番似合うミュージシャンの一人に間違いない。

ジェリーマリガンの写真を探していたら、子供の頃、おそらく1932年か33年、5歳か6歳の頃の、お兄さんのフィルと一緒に撮ったキュートな男の子の写真が出てきた。子どもの頃からホワイトシャツが好きだったようだ。

 

* <Stardust>Gerry Mulligan Quartet with Chet Baker 1953年

 

*< Satin Doll >Gerry Mulligan Lee Konitz Art Farner 1992年

 

竹村洋子

竹村 洋子 Yoko Takemura 桑沢デザイン専修学校卒業後、ファッション・マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、カンザス・シティを中心にアメリカのローカル・ジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。KAWADE夢ムック『チャーリー・パーカー~モダン・ジャズの創造主』(2014)に寄稿。Kansas City Jazz Ambassador 誌『JAM』に2016年から不定期に寄稿。

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