Tak. TokiwaのJazz Witness No.12 2023年、晩夏、NYC
Photo & Text by Tak. Tokiwa 常盤武彦
今年も昨年に続き、夏の終わりに29年暮らした懐かしいニューヨークを訪れた。8月の最終週のニューヨークは、1920年8月29日に誕生した、モダン・ジャズの開祖チャーリー・パーカーの誕生日を祝うイヴェントが目白押しだ。まずは、昨年見逃した、バードランドでのケン・ペプロウスキ(cl,ts)による“パーカー・ウィズ・ストリングス”へのオマージュをチェックした。5ストリングスに、オーボエ、ハープという編成で、フロントには、テレル・スタッフォード(tp)をゲストに迎えた編成でゲストに迎えた編成で、パーカー・ウィズ・ストリングスを起点として、多彩なレパートリーへとチャレンジしていた。
2023年の31回目のチャーリー・パーカー・ジャズ・フェスティヴァルは、8月20日から27日にかけて開催された。メインは金曜日夜と土曜日の午後にハーレムのマーカス・ガーヴェイ・パーク、日曜日午後のパーカーが50年代に暮らしていたアパートの正面にあるトンプキンス・スクエア・パークでのコンサートが、メインである。ウィークデイの間にも、小規模なライヴ、ジャム・セッション、パネル・ディスカッション、ジャズをテーマにした映画の上映など、パートナー・イヴェントが開催される。ハーレムでのコンサートは、1964年から、ジャズ文化を次世代に繋ぐために続き、夏の間、ニューヨーク市内各地で、無料のジャズ・コンサートを開催しているジャズ・モービルと共同開催しており、ジャズ・モービルの現代表のロビン・ベル・スティーヴンス女史のスピーチで、イヴェントはスタートした。オープニングを飾ったのは、晩年のランディ・ウェストン(p)と行動を共にしていた、T.K.ブルー(as)のグループだった。スティーヴ・トゥーレ(tb,shells)が共にフロントを務め、鋭いトロンボーンだけでなく、大小の法螺貝を駆使したプレイを聴かせてくれる。ブルーも、パーカーをオマージュしたスピード感溢れるプレイだった。この夜のトリは、オリン・エヴァンス(p)率いるキャプテン・ブラック・ビッグバンドに、スペシャル・ゲストとしてエヴァンスと同郷のR&Bシンガーのビラル、リーダーとしてだけでなく、そしてスティング(vo,el-b,g)、ローリング・ストーンズら、数々のポップ・スターのバック・シンガーとして存在感を放つ、リサ・フィッシャーが登場した。当初は、ダイアン・リーヴス(vo)が出演予定だったが、体調不良のため、急遽フィッシャーが起用されたのだ。圧倒的な歌唱力と、ビラル、アーシーなスタイルのキャプテン・ブラック・ビッグバンドとのコンビネーションは、初顔合わせとは思えないほどの濃密さを見せた。スタンディング・オベーションの嵐が巻き起こり、1日目の幕が降りた。
2日目の土曜日は午後3時から、前夜と同じマーカス・ガーヴェイ・パークで始まる。前半は、ファンキーな若手がフィーチャーされ、セッティング・チェンジの間は、3人のチームのDJ Uptown Vinyl Supremeが、クールなスピンをキメている。この日の注目は、2019年に名門ブルーノート・レコードが、80年の歴史で初めて契約した南アフリカ出身のピアニスト、ンドゥドゥーゾ・マカティニのトリオだ。マカティニは、現代アフリカを代表するピアニストであると共に、南アフリカに伝わるサンゴマという伝統的な祈祷師でもある。キューバ出身のフランシスコ・メラ(ds)が叩き出すアフロ・ビートに乗って、パーカッシヴなピアノとスピリチュアルなヴォイスが、ハーレムのオーディエンスに浸透していく。トリは、デヴィッド・ワイス(tp)が、60年代〜80年代を駆け抜けてきた、憧れのヴェテラン・アーティストたちをフィーチャーしたザ・クッカーズだ。2007年にビリー・ハーパー(ts)、エディ・ヘンダーソン(tp)、ジョージ・ケーブルス(p)、セシル・マクビー(b) 、ビリー・ハート(ds)をメンバーにスタートし、コンスタントにアルバムをリリースし、ギグをこなしている。現在は、ニューオリンズ出身のドナルド・ハリソンJr.(as)が加わった。衰えを知らない、円熟の境地のヴェテランたちに、 大喝采が浴びせられた。
日曜日は、舞台がトンプキンス・スクエアに移る。トップ・バッターは、七色のヴォイスを誇るボビー・マクファーリン(vo)の後継者と言われる若手のマイケル・マヨ(vo)だ。確かなテクニックに裏打ちされたソウルフルな歌声が、オープニングを飾った。チェルシア・バラッツ(ts)率いる女性グループの”Hera”が、華やかなステージを彩る。チャーリー・パーカー(as)、キャノンボール・アダレイ(as)の系譜を継ぐ、ヴィンセント・ハーリング(as)は、キャノンボール・トリビュート・バンドで登場した。歳を重ねるごとに凄みを増していると言われるランディ・ブレッカー(p)、ハーリングと並んで管豪の称号に相応しいジェイムス・カーター(ts,ss)のラインナップは超弩級だ。このフロントラインをプッシュするのがへヴィー級ドラマーのジェフ・“テイン”・ワッツと、ピアノ/ キーボードの手数王デイヴ・キコスキーだ。激しいソロ・バトルの応酬で、いよいよ3日間のピークが迫ってきた。ステージ裏の楽屋スペースでは、出演ミュージシャンや、訪れたミュージシャンがハング・アウトしている。次に登場するチャールス・マクファーソン(as)を囲んで、出演を終えたジェイムス・カーター、レジー・ワークマン(b)らが旧交を温めていた。3日間のオオトリを飾ったのは、チャールス・マクファーソン・クァルテット・ウィズ・テレル・スタッフォード(tp)。ジェブ・パットン(p)、デヴィッド・ワン(b)、ビリー・ドラモンド(ds)のリズム・セクションで、バード&ディズの影響がもっと色濃く反映されたユニットだった。チャーリー・パーカー直系のプレイに、大観衆は大いに盛り上がり、2023年のチャーリー・パーカー・ジャズ・フェスティヴァルは幕を閉じた。
今年のニューヨーク滞在の最後の夜は、月曜日だった。ニューヨークのマンデイ・ナイトといえば、かつてはミュージカルがオフで、いつもはブロードウェイのオーケストラ・ピットにいる管楽器奏者たちが集まり、各クラブでビッグバンドが出演していた。スウィート・ベイジルのギル・エヴァンス・マンデイ・ナイト・オーケストラ、バードランドの秋吉敏子ジャズオーケストラ、ギルの逝去後の1990年代にはヴィジオーネスのマリア・シュナイダー・オーケストラなどが、覇を競っていた。その中で、現在も続く長い歴史を誇っているのが、1966年2月7日にヴィレッジ・ヴァンガードの月曜の夜にスタートした、サド・ジョーンズ=メル・ルイス・オーケストラだ。1978年にサド・ジョーンズ(tp)が、デンマークに拠点を移すとともに、メル・ルイス・ジャズ・オーケストラとなり、1990年のメル・ルイス(ds)の逝去後には、ヴァンガード・ジャズ・オーケストラとして、現在まで57年の長きにわたって、ヴィレッジ・ヴァンガードの月曜の夜を満員にしている。ヴァンガード・ジャズ・オーケストラとは、SMAPの楽曲のジャズ・カヴァーのスマッピーズのレコーディングや、2011年の3.11の直後の”Thank You Japan”と銘打たれた日本へのベネフィット・ライヴで交流があった。筆者がニューヨークを離れる2017年には、前年に発売された結成50周年の記念本にメンバーがサインをしてプレゼントしてくれたのも、いい思い出となった。この夜も、セカンド・セットに訪れたが、相変わらずの超満員。マネージャー格のダグラス・パーヴァイアンス(b-tb)は不在だったが、メル・ルイスに代わって加入したジョン・ライリーがMCをして、旧知のリッチ・ペリー(ts)らが、変わらぬソロを聴かせてくれた。サド・ジョーンズから同バンドを去来したコンポーザー/アレンジャーのスコアの束は、電話帳のような分厚さであり、それを瞬時に開いてさまざまなレパートリーを繰り出していた。長く不変のヴィレッジ・ヴァンガードの伝統が、そこには力強く息づいている。ここに来ると、今もニューヨーク・ジャズの中心に戻ってきたことを実感できる。私は、翌日ニューオリンズへと飛び立った。2024年も、きっとチャーリー・パーカー・ジャズ・フェスティヴァルと、ヴィレッジ・ヴァンガードを訪れるだろう。パンデミックでいくつかのジャズ・クラブは、姿を消したが、また新たなクラブも登場した。ニューヨークを去ったアーティストもいるが、また新たな才能の勃興も見られる。ニューヨーク・ジャズは、また新陳代謝を繰り返して、その伝統とともに、前進を続けている。