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小野健彦の Live after LiveNo. 320

小野健彦のLive After Live #437~#442

text and photos by Takehiko Ono 小野健彦

#437 9月1日(日)
成城学園 cafeBeulmans
https://cafebeulmans.com/
『ゆきとのばらと栄ちゃんと』さがゆき (vo) 小太刀のばら (p) 林栄一 (as)

この週末を通し迷走した台風10号に翻弄されながらも無事に迎えた今日の昼ライブは、成城学園のcafeBeulmansにて、『ゆきとのばらと栄ちゃんと』を聴いた。
さがゆき(VO)小太刀のばら(P)林栄一(AS)
演者、ご亭主の双方にとって想いの詰まったものになるとの確信から比較的早くよりこの日この刻に狙いを定めていた現場であったが、蓋を開けてみると、予想を遥かに超えた創造的な音場が展開されることとなった。この御三方が一体どんな選曲をされるかに注目が集まる中、今日のステージでは、アメリカン・スタンダード数曲を間に配置しながらも、I.リンス、C.ヴァルキ、B.マルティーノから、B.ストレイホーン(4曲!)D.エリントン等を織り成しつつ、更には C.ブレイ、O.コールマンからM.ルグランに至る迄その楽想もかなり多岐に亘る楽曲の数々が披露されることとなったが、そこには、厳選された音数の故か人肌の温もりを強く感じさせるたおやかなピアニストと、その音の連なりにどこまでも優しい眼差しで寄り添う独りの唄歌いが居て。更にそこに一音でその人と分かるこちら聴き人の、時に心の襞をそっと撫でるような、時に臓腑を射抜くようなサックスの一吹きが迫り来て…。その三本の鮮烈な光の矢が交錯するところ、少しの混じりっ気もない「生一本」のジャズが立ち現れたのだった。最後に、今日御三方が選び採った物語の章立て(=セットリスト)が余りにも秀逸だったため、以下に是非とも共有させて頂きたいと思う。
〈1st.セット〉
①A Flower Is A Love Something
②You Don’t Know What Love Is
③Lawns
④ Lover Man
⑤ Estate
⑥ Lonely Woman
〈2nd.セット〉
❶ Passion Flower
❷ Lotus Blossom
❸Começar de Novo
❹Zingaro
❺Star-Crossed Lovers
❻What Am I Here For
〈Enc.〉
What Are You Doing The Rest Of  Your Life


#438 9月4日(土)
合羽橋 なってるハウス
https://knuttelhouse.com/
『TRY ANGLE』 山崎比呂志 (ds) 井野信義 (b )〈ゲスト〉類家心平 (tp)

お馴染みの合羽橋 なってるハウスにて、お馴染みの『TRY ANGLE』を聴いた。
山崎比呂志(DS) 井野信義(B)〈ゲスト〉類家心平(TP)
私自身、久しぶりの山崎・井野両盟友による TRY ANGLEの現場となった訳であるが、結果的に今宵はこのユニットの旨味を十二分に味わい尽くすことの出来る充実のひとときを過ごすことが出来た。共に約50分を使い極めて整然とした音創りを行った前・後半のステージを通して、両セット後半ではかなり鮮烈なフリーフォームへと転じたものの、前〜中盤においては三者三様に比較的静かで幽玄なトーンの中を彷徨って行ったが、そんな「凪」の時にあっても、次々と聴き応えのある局面が訪れた。井野氏の描くランニング・ベースラインは艶やかな強靭さを見せ、それに触発された山崎氏のしなやかに過ぎるシンバル・レガートがやがてドラムセットの可能性を推し量るかのように「ドラムの化身」の如くに全身全霊を込めてセット全体を鳴らし切るに至る道程からはいつもながらこの稀代の表現者の気宇壮大な音楽観を見せつけられる想いがした。そんな井野・山崎両氏の手に汗握るような魂レヴェルのコンビネーションに対して、山崎氏とは本年3月以来の邂逅となった類家氏のスピード感とエッジの効いた切れ味鋭い高密度の叙情性溢るる音の連なりとが相まって、音場は刹那に咲いた狂おしいまでのドラマティックな表情を帯びることとなった。振り返れば、諸事情により久しぶりの共演となった山崎・井野両氏であったがこのふたりが思う存分に響き合いつつ、そこに更なる創造性に秀でたエッセンスを取り込むことでとてつもないスケールを有する音を生み出して行くのがまさにTRY ANGLEの真骨頂であり、今宵はこのユニットのそんな懐の深さを見せつけられた時の移ろひだったと今振り返り強く感じている。

 

#439 9月5日(日)
渋谷 東急Bunkamuraオーチャードホール
https://www.bunkamura.co.jp/orchard/
チョン・ミョンフン指揮 東京フィルハーモニー交響楽団

今日の昼ライブは、’97/2以来実に約30年振り2度目の訪問となった渋谷 東急Bunkamuraオーチャードホールにて、G.ヴェルディ:歌劇『マクベス』(リコルディ ’65パリ改訂版)〈オペラ演奏会形式〉を聴いた。
原作:W. シェイクスピア「マクベス」
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:チョン・ミョンフン(名誉音楽監督)
コンサートマスター:近藤薫
[配役]
マクベス:セバスティアン・カターナ、マクベス夫人:ヴィットリア・ィェオバンクォー 他
※詳細は添付写真ご参照
合唱:新国立劇場合唱団(指揮:冨平恭平)
〈全四幕・日本語字幕付き原語(伊語)上演〉
第一幕(約50分) 第二幕(約30分)~休憩~ 第三幕(約20分) 第四幕(約40分)

先ずは、マエストロ・チョンと東京フィルについて。私がこのコンビに触れるのは、’17/7のマーラー作「復活」以来。以降、我が国を去来する外国人指揮者の中でE.インバル氏と並び信頼出来るマエストロであり、このコンビが’22以降取り組んでいるシェイクスピアの戯曲をもとにヴェルディが作曲したオペラ上演(〈フォルスタッフ〉、〈オテロ〉)の高評価を受けて是非ともそのナマに立ち会いたいと思っていたという訳である。まあそれはそうとして、話を前に進めよう。今日のステージは、(後述する)この物語のムードを反映させるように、舞台上の照明はかなり暗目に設定され、客席もほぼ暗転の中で、聴衆は固唾をのんでその物語の行方を見守ることとなったが、〈オペラ演奏会形式〉であることから、舞台左右には場面/歌詞等をタイミング良く翻訳・表示する電光掲示板が設置されており、こちら客席はそのガイドに従い無理無く物語の世界に没入出来たのは有難い演出と言えた。
さて、そんな中で進行した肝心の音、だ。
先ずはチョン・東京フィルの音創りであるが、両者は終始緻密で起動力の高さを維持し、それが物語の背景色を巧みに描き出しながら歌唱陣との絶妙なマッチングを生み出した点はおおいに心惹かれるものがあった。「マクベス」はマクベス夫妻による、「殺戮」も含めた「権力への欲望」に関わるテーマを描いた作品であるが、前述のオケパートの音に乗った其々の歌唱陣は、所々に現れるソロパートにおいて、このある意味陰惨で不快なドラマの核心をしっかりと捉えつつ「聴かせ」にかかったが、中でも、マクベス役のバリトン:カターナの強欲と弱気、マクベス夫人役のソプラノ:イェオの優美さの中に見え隠れするふてぶてしさとのコントラストを描いた高い表現力は特筆すべきものがあった。終わってみれば休憩を含めて約2時間45分の長丁場ではあったが、翻訳ガイドの効果、舞台照明の的確さが一切の外連味の無い丁寧な音の流れと相まって、片時も飽きの来ない緊張感に律せられた壮大でドラマティックな物語を味わい尽くすことの出来た充実した夏の終わりの午後のひとときとなった。

 

#440 9月29日(日)
横濱 エアジン
https://www.airegin.yokohama/
『横浜国際なんでも音楽祭・2024秋』清水麻八子 (vo) 石渡明廣 (g)

今日の昼ライブは、久し振りの訪問となった横浜エアジンの恒例企画『横浜国際なんでも音楽祭・2024秋』にて待望のDUO公演を聴いた。清水麻八子(歌)石渡明廣(G)

私にとって麻八子さんと言えば、過去に触れた二度の現場を通して、浅川マキ氏や、加藤登紀子氏、更には彼女自身直接の深いご縁を結んだ上野耕路氏(&ゲルニカ)等に縁の楽曲を、其れ等が得た世評乃至はこちら聴き手側の(時に一定の年代層にはより「刺さる」ノスタルジックな)想い入れからは切り離し、自らの美意識を反映させ慎重に手繰り寄せる中でその核心を掴み取り、彼女なりの表現手段を通し我々の前で再構築してみせる手捌きの鮮やかさに度々驚かされて来た表現者だけに、その彼女が、かつてはかの麿赤兒氏率いる「大駱駝艦」の音楽主任をつとめ、現在では「渋谷毅オーケストラ」や「月の鳥」等々数々のユニットにおける創造的な表現活動を通し当代随一のソングライターであることは誰しもが認める存在である石渡氏とがっぷり四つで相対する今日が初顔合わせとなる現場にはおおいなる期待感をもってその幕開けを待った。果たして、浅川マキ詞曲〈今夜はオーライ〉で幕開けし、間に野坂昭如氏歌唱で知られる〈バージンブルース〉を差し込みながら、浅川さん関連の5曲〈都会に雨が降る頃〉〈セントジェームス病院〉〈マイマン〉〈あの人は行った〉〈夕凪のとき〉を連ねた1st.セット。転じて2nd.セットでは近年相次いで逝去された李麗仙氏、唐十郎氏ゆかりの劇中歌に加え、遠藤ミチロウ氏作品や戸川純氏関連作品、更にはアメリカ民謡〈shenandoah〉等を含め、麻八子さんの幅広い音楽的嗜好を感じさせる全13曲が淀みなく披露されて行った訳であるが、石渡さんのソリッドギターから流れ行く音の連なりは、それが紡ぎ出された瞬間に既に斬新なメロディラインとなりそれが所々に透かし見える原曲の持つ主旋律と相まって二重の螺旋構造を描いて行き、そこに主旋律を受け持つ麻八子さんの、持ち味である楽曲の世界観に徒らに絡め取られることなく、曲想の全体像を俯瞰しながらその旨味の実相を掬い取り飾り気の無い態度で我々の眼前に差し出すヴォイスパフォーマンスとが重なりあって絶妙なハーモニーを生み出して行くその様は、さながら複雑に絡み合った構造の筋書きを持つふたり芝居に仕立てられた一編の戯曲の様相を呈して行くこととなった。麻八子さんは、一年に数回程度。石渡さんに至っては約10年振りの同所出演とのことであり、今日はそんなレギュラーではないミュージシャンによる粛粛としながらも極めてドラマティックな「化学反応」を予見したご亭主うめもとさんの慧眼が見事にハマった好企画だったと言える。また佳きタイミングが合えば是非とも再演を期待したい。

最後に、この日私は初めて、エアジンの「あの」心臓破りの階段を会場の4F迄介助無しに上ることが出来た。(もっとも、よりリスクのある下りはいつものようにT野さんに介助頂いたが…)そうしてもうひとつ、休憩時間には、石渡明廣さんをお誘いし、獣道のような中階段を通り屋上へと煙草を飲みに上がった。これも私には今までで初めてのことだった。屋上に上がりこの日久しぶりにお逢いした石渡さんと煙草を燻らせていると、程無くしてうめもとさんが上がって来られ浅川マキさんがエアジンに出演されるに至った経緯などお話下さるのを聞いていると遅れて清水麻八子さんも上がって来られた。私は内心、男衆三人の談笑の風景が如何にもイイ感じだと思っていたら、麻八子さんもそう感じたようで、すかさず我々三人に携帯のカメラを向けてくれた。馬車道の鉛色の空の下に収まった三人はやはりイイ感じだった。’13/3ジャカルタの地で脳梗塞に倒れて以降約10年間続けて来たリハビリの成果がこのエアジン唯一の喫煙所である屋上に繋がっていたのかと思うとなんだかとても感慨深かった。

 

#441 9月30日(月)
新宿ピットイン
http://pit-inn.com/
TRYANGLE ahead: 山崎比呂志 (ds) 永武幹子 (p) 須川崇志 (db,vc)

新宿ピットインにて、TRYANGLE aheadを聴いた。
山崎比呂志(DS) 永武幹子(P)須川崇志(WB/VC)

本公演に寄せられた同所HPの紹介文によると、「芸歴64年を迎えたドラマー山崎比呂志が、気鋭の逸材を迎え、自ら表現者としての更なる高みを目指しつつ日本ジャズ史の継承を賭けて発信する既存のTRYANGLEとは基軸を異にするニュープロジェクト」とあるこのユニットは、本年4/15及び8/24に現在の山崎さんのホームグラウンドとも言える合羽橋なってるハウスでのギグを経て、今宵三度目の共演が実現したというのがことの次第。果たして、週明け月曜日夜の公演ながらも多くのお客様が詰め掛けた今宵のステージでは、時事刻々と変わり行く溌剌とした音の流れが生み出す起伏に富んだダイナミクス・レンジの中で、例え音場が奔流に動こうとも、私がこのユニットの真骨頂と感じて来た静謐なトーンとニュアンスに対する三者三様の丁寧な配慮が特に際立った感が強かった。今宵を含め、この三者の協働の道程全三夜を体感した私の耳には、今宵、このユニットが更なる高みに向けて、一段高いステージに至った。そんな想いを強くした充実のひとときだった。
尚、添付演奏中の写真は、ピットイン・スタッフのご厚意により撮影頂いたものを掲載しております。

#442 10月3日(木)
合羽橋 なってるハウス
https://knuttelhouse.com/
「alone together」:纐纈之雅代 (as,ss,effect.) 山崎比呂志 (ds)

合羽橋・なってるハウスにて、ユニット:「alone together」を聴いた。
纐纈之雅代(AS/SS/Effect.) 山崎比呂志(DS)

私がこのお二人のDUOに接するのは昨年9月、初めて訪れた杜の都・仙台で開催された「第4回楽都仙台と日本のジャズ史展」における「阿部薫氏追悼ライブ」以来であり、以降の協働の道程の中で、この世代を超えた孤高のインプロヴァイザーお二人にはけだしお似合いのユニット名を纏い共演を重ねている現場に早く伺いたいと思っていたのが今宵ようやく実現したと云ふ訳だった。果たして、特に、久しぶりにお逢いした雅代さんは主戦場であるAS(それは所々で寂寥の叙情を帯びたが)に加えて、エッジの効いたトーンも印象的なSS、更にはサウンド全体の輪郭に巧妙なグラデーションを施すのに功を奏していた(その構造の詳細迄は不明であるが)と感じた(今宵は最少単位に収めたという)エフェクターの効果を活かしながら、疾走するスピード感と切れ味鋭い語り口を維持しつつ山崎さんの描く、懐が深く大きなスケールとしなやかな柔軟性に富んだ畝りのあるサウンドの渦中へと大胆に切り込む音創りが際立ったと強く感じた。多くの協働の現場を共有したからこそであろう、私は、最早二人の見ている景色がかなりの一致をみている印象を強く受けた。2ndセット冒頭には、僅かな時間ではあったが極く緩やかなテンポで仕立てたスタンダード・ナンバー等の断片も飛び出した今宵のステージに接していて、その景色と向き合うおふたりの、押しすぎず引きすぎず、サウンド全体を俯瞰しつつ大きく捕まえようとする強い意志を以て併走する姿が私の眼には実に美しく映った

小野 健彦

小野健彦(Takehiko Ono) 1969年生まれ、出生直後から川崎で育つ。1992年、大阪に本社を置く某電器メーカーに就職。2012年、インドネシア・ジャカルタへ海外赴任1年後に現地にて脳梗塞を発症。後遺症による左半身片麻痺状態ながら勤務の合間にジャズ・ライヴ通いを続ける。。

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