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小野健彦の Live after LiveNo. 268

小野健彦の Live after Live #085~#092

text by Takehiko Ono 小野健彦

#085 6月25日(木)
横浜馬車道・上町63
kanmachi63.blog.fc2.com

高樹レイ(vo) 久保田浩 (p) 鉄井孝司 (b)

自らは万全の感染予防対策をして、道中も出来る限り慎重な行動を心掛けながら、万全の対策措置を講じたライブの現場に出向いて行く。何も、誰に対しても、声高な主張や、徒らに感情的な批判はするまい。只、それだけのことである。
今宵、私にとっては、3/22以来となるLive after Liveの新たな幕が遂に開いた。しかしそれは、あくまで試運転の形で。

今宵のライブの現場は、私の大好きな横浜馬車道上町63。

新型コロナ騒動の影響を受け、いち早くクラウド・ファウンディングが開始された時には、大いに肝を冷やした。佐々木オーナーと、そうしてあの空間の行く末や如何に、と。その後、ある唄うたいから、佐々木さんの気丈振りを伝え聞いてはいたが、今夜、直接ご本人にお会いして、この期間の様々なご苦労をお聞きするにつけ、その度量の大きさと心身の強靭さ、並びに志の高さに改めて感銘を受け、男一匹佐々木淳氏に惚れ直した次第である。

閑話休題。

SNSの功罪は数あれど、この新型コロナ騒動での蟄居幽閉軟禁生活中に、Facebookの機能が数奇なご縁を生み出すことを痛感したことが少なからずあった。
今宵のバンマスもそんな中で得難いご縁を頂いた中のおひとり。
バンドスタンドには、ボーカリストの高樹レイさんが、’じみた’こと、現在は北九州在のピアノの久保田浩氏とベースの鉄井孝司氏を伴って登場した。
私は、御三方共に初体験。故に、密かにビギナーズラックを期待した。
舞台は、幕開き3分が勝負だ」と言ったのは、かの蜷川幸雄氏であるが、レイさんのステージもまさにそれで、私は<come rain or come shine>の出だしのワンフレーズでグッと惹きこまれた。その後もレイさんは兎に角ごく丁寧にひとつひとつのフレーズを歌い込んで行く。
ひとつひとつの言の葉が、音の粒に実に良く乗って行き、それらが、馴染み寄り添いながら産み出すイメージの断片の連なりから、次第にくっきりとした全体の曲像が立ち上がって来る。<InA Sentimental Mood>、<Just in TIME>、<More>等の聴き慣れたスタンダード曲の解釈もなんだかとても新鮮で、瑞瑞しい印象を受ける。決して感情過多に陥ることなく、深さと軽やかさを自在に操る技量が冴える。さらには、W. ショーターの<Footprints>、S. タレンタインの<Suger>の他L.ラッセルの <Song For You>や G.ベンソンの<Nothing’s Gonna Change My Love For You>、リクエストに応じた<Cry Me A River>、そうして、六輔八大コンビの不朽の名作<黄昏のビギン>に至るまでなんともバラエティ豊かな構成で一夜のステージを全体としてひとつの極上なショーに仕立て上げる卓越したエンタテイナー振りも存分に披露された。

脇を固める久保田、鉄井の両氏も終始極めてブルージーにバウンドする手堅いバッキングに徹しながらも、要所で歌い手を適度に煽り、音場に絶妙なドライブとグルーヴをかけて行く。時にややそのスケール感が増して、このハコのキャパシティを上回る場面も見られた。しかし、総じて、 三者の緊張感溢れるコンビネーションが、実にバランス良く御機嫌で、おおいに好感が持てた。
陳腐な言い回しで恐縮だが、今夜は、まさに現場でしか受け取り得ないリアル・ライブの醍醐味を改めて満喫すると共に、久しぶりに歓喜の拍手の感触に酔ったひとときだった。

#086 7月03日(木)
横浜馬車道・上町63
kanmachi63.blog.fc2.com

小太刀のばら (p) 西嶋徹 (b) 井谷享志 (ds,perc)

慎重には慎重を期しながら、今週末も私のLive after Liveは続いて行く。
今宵のライブの現場は、丁度1週間振りの、愛すべき横浜馬車道上町63。

今宵のステージにも、このハコならではの何とも興味深い面々が集った。
ピアノの椅子には、私の長年の夢が叶い、昨夏に、ここ上町で直接のご縁を頂いた小太刀のばらさんが座る。ベースを抱くのは、私は本日初対面の西嶋徹氏。そうしてパーカッションには、昨年12月に越生山猫軒で開催された、F.キャリリール氏のライブの際に初対面となった井谷享志氏。という布陣である。
私は、この御三方の化学反応の妙をどうしても体験したくて、雨予想の中を勇んで自宅を飛び出した。
ステージで取り上げられた曲は、A. C. ジョビン、P. モチアン、K. ジャレット等に加えて、メンバーのオリジナルなど、実に多彩で、それらは、どれも空間の拡がりを感じさせるメロディとリズムに溢れたものばかりだった。
敢えて今宵の基本的な音場構成を点描するとすれば、井谷さんが、ベースとなる基本の律動を、大きく緩やかなパルスで導き、自在に描いて行く。西嶋さんは、そこに極くしなやかな指捌きを以ってして、タイミング良く、印象的な楔を打ち込む。それが曲の流れを停滞させず、逆に効果的な推進力となって行く。男衆のそうした丁寧な仕事振りを受けて、とてつもない強靭さを内に秘めた可憐さと、時に小悪魔的なトリッキーな表情を瞬時に巧妙にブレントさせながら、のばらさんの10本の指が鍵盤の上を嬉々として転がって行く。
各人が、互いの次の一手に慎重に耳をそばだてている緊張感がなんとも心地良い。
決して派手さは無い表現者達ではあるが、その緊密なインタープレイから、次第に何とも言えない鮮やかな音像のコントラストが浮かび上がって来た充実のひととき。

#087  7月04日(土)
浅草・Bar & Music Live ZINC
http://asakusazinc.g2.xrea.com/

高橋知己 (ts) 米田正義 (p) 山崎弘一(b) 中矢彬弘 (ds)

以下、ライブ・レボに至る前段は長文につきご容赦の程。でも、書きたい。だって、それ程までに得難い時間であったのだから。
「縁は異なもの味なもの」である。出会いは、昨年11月に西荻窪アケタの店で行われた氏の快気祝いでのこと。その時、大腿骨骨折→手術→入退院を経て、未だ杖付き状態であった氏と互いに杖付き者同志、病気の話ならぬ、リハビリの話で大いに盛り上がった。その後最近になり、Facebook上で氏のその後のリハビリの奮闘振りを拝見し、性懲りもなく「今日の昼ライブに伺うので、極めて頼りないアシスタントですが、リハビリ話でも肴に私も同行しましょうか?」とご提案してみた。少しのやり取りの後、結果的には、氏の愛車を使っての同行二人でのハコ入りと相成った。
そう、その氏とは、もうお分かりの方も多かろう。ベースの山崎弘一氏である。思いがけないロードムービーを経て向かったのは、下町浅草。
その道中の会話を、つまびらかにすることは控えるが、その中のキーワードの幾つかだけを並べると、山崎さんが国分寺在住時代のピーターキャット繋がりの村上春樹氏(まさにその PC の店主)との交流。寺下誠さんの譜面を近眼武田和命さんが見辛いとびりびりに破いた事件。米木康志さん、井野信義さん、早川岳晴さん、山崎さんらが同じ最寄駅に暮らした「武蔵小金井ベース村」のこと。はたまた、川端民生さんの代打として、浅川マキさんからのお声掛けがあり、六本木マキさん宅にお呼ばれして山内テツさんを聴いてぶっ飛んだ後の渋谷毅さん、森山威男さん、向井滋春さんらと行ったロードの話等々、さながら日本ジャズ史上の愛すべき面々とのアウトテイク集は、是非とも紙におこして頂きたい逸話に溢れていた。そんなお話を伺いながらそのベースワーク同様の堅実な山崎さんのハンドル捌きに揺られつつ濃密な時間を過ごしていると、あっと言う間に本日の会場に到着した。
と言うことで、今日の昼ライブの現場は、初訪問の浅草 ZINC。雷門前の隈研吾氏設計浅草文化観光センターのはす向かいのビル8Fに位置するハコだ。その歴史は、創業の赤坂時代から数えると足掛け約15年程になるという。今日は、上記、山崎さんの快気祝いライブにも華を添えたボーカルの倉地恵子さんによる「夏!昼!ホットなジャズを」。
彼女のサポートに回るは、まるで、アケタの店が浅草に移動して来たのではないかと見粉うばかりの顔ぶれ(ts:高橋知己、p:米田正義、b:山崎弘一、ds:中矢彬弘)アルコール消毒、身元連絡先記入と最低限の感染拡大防止手続きを経て店内に入ると、これか!私にはお初のステージと客席を分かつ飛沫防止のビニールシート。そのビニールの向こうから倉地さんが迎えに出てきてくれた。倉地さんと言えば、亀渕友香さん&VOJA のディレクター&アレンジャーとして、業界では知る人ぞ知る存在。しかし、その活動は、ゴスペルの世界に留まらず、ジャズも積極的に歌いこなし、このコロナ禍の下では、自らのジャズの世界観をさらに深めるべく自らのYouTubeチャンネルで、ジャズ・スタンダードの数々を「譜面通りに唄ってみました」の趣向でアップし続けており、私にとってはその心意気に大変好感の持てる存在であった。そこで、実は1週間前に、リクエストとして、<Amapola> をお願いしてみた。その時の彼女の回答は、「今の自分のレパートリーにはないけれども、有難いきっかけとしてなんか考えてみます」とのことだった。果たして、2ndステージの冒頭に、米田さんのピアノとduoでなんとそのアマポーラを披露して下さった。ご本人としても、まだまだ歌い込みが必要なことは百も承知でいらっしゃると思うが、たったの1週間で、あの難曲を舞台にかける迄に持って来るプロとしての姿勢に大層感服させられた。とにかく、勉強家で気風の良い彼女の素性が、ビニール越しではあるが、実際の唄に反映されて今日のステージからも、ビンビンと伝わって来た。<The Shadow Of  Ýour Smile>(先日逝去のJ. マンデル氏作)も、<イパネマの娘>も、<You’d be So Nice To Come Home To> さらには <Moonlight Serenade>まで、昨今の女性ジャズ・ボーカルに時々見られる、雰囲気気にして中身無し的な瞬間は、皆無である。さらに、テンポに対するかなりの拘りも見せ、曲毎に、場の雰囲気も的確に掴みながら、その曲の旨みを損なうことなく最良のテンポ設定を施して行く。曲全体に目配せしたメリハリと陰影の付け方が、巧みである。自然、歴戦の強者の男衆のプレイも次第に熱を帯びてゆく。そうして最後は、超難関の日本語歌詞をも交えた、<What A Wonderful World> でなんとも贅沢な大人の昼の時間に幕が降りた。

088 7月04日(土)
合羽橋・ jazz & gallery なってるハウス
http://www.knuttelhouse.com/

原田依幸 (p) 石渡明廣 (g)

前稿の昼ライブの終了時点で、夜の部の開場まで約3時間もあったため、帰路につく山崎さんに送って頂き、夜の河岸近くまで移動することに。図書館→公園→純喫茶と言問通り沿い辺りをそぞろ歩くがやはりさすがに時間を持て余し、腹拵えをすべく馴染みの「入谷食堂」に行き、早くからひとりゆるゆると呑み始め、その時を待った。そうして、夜の帳が降りる頃、いよいよ、夜のハコへと向かった。私の大好きな同所へは実に3/20以来の訪問となる。到着するや、ちょうど店長の小林さんがドアから顔を出される。その屈託のない笑顔に久しぶりに触れ、この数ヶ月間のなんとも嫌な気分も一気に吹っ飛ぶことに。

と言うことで、この日のダブルヘッダーの夜の河岸は@合羽橋なってるハウス。今宵のステージは、ピアノの原田依幸氏とギターの石渡明廣氏の共演である。ドアを開け店内に入ると、既に石渡さんが到着されていた。しかし、未だ原田さんの姿は見られない。そんな所もいつも通り。そう、この感じ。この、時のたゆたい方を私は肌で感じたかったのだとひとり悦に入ってしまう。そうこうしているうちに、ドアの外からあの聴き慣れた声が聞こえて来て、石渡さんと思わず顔を見合わせてしまった。迎えに出た小林さんと共にコロコロした声で会話を弾ませながら、まず原田夫人の理香さんが現れ、少し遅れてこれまたあの印象的な下駄の音を響かせながら、依幸さんが登場した。皆が、新たなるお決まりの手消毒と検温を行う。そうして以前とは異なる非日常が、日常に混じりながら、なってるの本番前が緩やかに始まって行った。そうこうしているうちにお客様も徐々に集まりはじめる。そうして、定刻の20時を大分過ぎた頃、小林さんから促された原田さんが石渡さんにキューを出し、ふたりは揃って静かにステージへと向かって行った。1stステージ、想いかえせば、冒頭の最弱音が、今宵の壮大で華麗なる越境を決定付けるプロローグとなった。共に、稀代のインプロヴァイザーでありコンポーザーのおふたりは、自らの技と発想を総動員した魔術妖術を駆使して、あるひとつのフレーズを、瞬時に曲のレベルまで昇華させながら、今ここにある世界から、想像もしなかったような未知なる世界へと。我々聴き人と、合わせて、なってるの空間全てをひっくるめて、軽々と導いて行ってくれた。特に原田さんのプレイからは、この数ヶ月間の鬱屈した気分を反映してか、とてつもなく大きな振れ幅の怒りと歓びの表情が満ち溢れ、それをこれまたなんとも言えない色気のあるベースラインで優しく支える石渡さんの泰然とした構えが印象的だった。本当に少しのブレイクを挟んだ約40分弱×2ステージの、なんとも危ういパワーバランスを孕んだおふたりの至高の構成をみせたDUOパフォーマンスに最早こちらは腰砕け状態。

#089 7月05日(日)
町田・Jazz, Coffee & Whisky  Nica’s
http://nicas.html.xdomain.jp/

小杉敏 (b)  中牟礼貞則 (g) 江藤良人 (ds)

再びキナ臭さが漂いはじめた世情の下、かなり幸運にも、梅雨時の中、全く雨に振り込まれずにこの週末の私のLive after Liveが過ぎて行った。この週末は、期せずして私の特に大好きなハコへの久しぶりの訪問が続いた。3日連チャンの最終日。今日のライブの現場は、@町田ニカズ。不定期の日曜日昼恒例の「光の中のジャズ」である。ほぼ定刻の開場時間にビルの1階に着き、「さあ、これから3階のニカズ山への登山だ」と意気込んでいると後ろから、「やあやあ、これは久しぶり」の声がかかる。振り返ると、今日のギターリストがいつもの柔和な微笑みを湛えて立っていらした。そうして、我々には毎度お決まりの会話「相変わらず大きいね。何センチ、そう、大谷翔平君は、更に大きいんだねえ」を久しぶりに堪能したあと、「僕は、ゆっくり行くから、貴方は、ゆっくり気を付けて先に行ってねえ」のお優しい言葉を背にうけながら、いよいよニカズ山に向かい登頂を開始した。山頂に到着し、ドアを開けると、懐かしい元岡マスターの笑顔が目に飛び込んで来る。入り口での手消毒、適度に離された客席の配置、更には追跡用連絡先の記入と、そこには新しいニカズの日常が流れていた。そうこうしていると、本日の出演者が集まり始める。今日のリーダーは、ベースの小杉敏氏、ドラムの椅子には、江藤良人氏が座る。そうして、もうひとりのサイドメンは、先程話題に出したギターの中牟礼貞則氏である。このお三人には、中牟礼氏名義の『Remembrance』盤があるが、今日は敢えてファースト・コールの小杉さんにバンマスを張って貰い、ムレさんには、バイブレイヤーに徹して貰おうとする番組構成に、まさに元岡さんならではの慧眼が光っていた。小杉さんが開会宣言をする中、すかさず横から喋り出してしまう相変わらずのお茶目振りを見せるムレさんがなんとも微笑ましい。ムレさん曰く「リーダーは何でも出来るんです」「だけど、今日のこのふたりが居てくれると、この位置でも、何でも出来るんです」。今日のステージはまさにこの一言に集約されていた感がある。<ブルーモンク> を除いて、ほぼオール・スタンダード曲でのプログラムを、さながら「ビンテージカーの重厚で快適な足まわり」の様なリズム隊の刺激的なプッシュを受けて、ムレさんは加速度的に弾き込んで行く。曲の始まりはいつもの様に、そのムレさんにしか見えないカンバスの全体像の中の一片を密やかな語り口で抽象的に紡ぎ出すところから静かに始まる。とすかさず、たっぷりと余裕のあるウォーキングで小杉さんが下支えを始める。さらに江藤さんが、この日抜群の冴えを見せたトップシンバルのレガートや、絶妙のブラシワークで、音場にさらなる推進力を与えて行く。とこうくれば、もうムレさんは止まらない。穏やかなメロディラインの吐露に加え、時に局面の転換を図るべく、弦を掻き鳴らすような凄味も加えてグングンと弾き込んで行く。
『Remembrance』から20年の歳月を経てさらに深化を遂げながら転がり続けるこのユニットは、再び9月にここニカズでの秋の夜のバージョンとしての再演も早々に決定したようであり、今から再会が待ち遠しい。

#090  7月09日(木)

茅ヶ崎・Jazz & Boose Storyville
http://www.jazz-storyville.com/

中村真 (p) 落合康介 (b) 服部正嗣 (ds)

平日前夜の、それも西方からの超荒天予報の状況下では、通常では、ライブに行く日和とはとても言えないところであるが、なにせ、怩懇の表現者が我が家からタクシーを飛ばせば約30分以内の場所にやって来てくれるとあっては、行かない手はない。
ということで、今宵のライブはこれまた久しぶりの@茅ヶ崎ストリービル。このハコは、開店からわずか約3年余りながら、その充実した出演者のラインナップで、もはや湘南随一のジャズライブの現場と言える。それは何より、ミュージシャン・ファーストを頑なに貫くオーナー菅原一則氏の手腕の賜物であると高く評価したい。さて、今日のステージは、ピアニストの中村真氏のトリオである。
脇を固めるのは、ドラムスの服部正嗣氏と、最近、人生の佳き転機を迎えた’新婚’のベース落合康介氏である。このトリオ、今宵が初顔合わせとのことであったが、三者三様にアイデアの引き出しが多い表現者なだけに、ステージは終始多彩なメロディとリズムに支配された。中でも、特にリーダーの中村氏が、時に拡散しかける音場を巧みに収拾し、ドライヴをかけながら鮮やかなストーリーに仕立てあげる様には大いに歓心させられた。今後、場数を踏んで、ユニットとしての彼らの持ち味をさらに引き出すべく、その音楽観を練り上げていって欲しいと強く感じさせられた、胸のすくような快演を聴かせてくれるピアノ・トリオに出会えた夜だった。

 

#091  7月10日(金)
新子安・Cafe-dining & Bar しぇりる
http://www.barsheryl.com/

清水翠 (vo)  馬場孝喜 (g)

我が地元の湘南では、異例とも言える、今シーズンの海開きがない中で、私のライブ行脚は2週間前から再開され、馴染みのハコへの久しぶりの訪問が続いている。なんと言っても、其々のご亭主の元気そうなお顔にお逢いできるのが何とも嬉しい限りである。今宵、私のライブの現場は@新子安しぇりる。初の限定数来店ライブ&配信 [オーマーママまさこさんの ‘リケジョ’ ワンオペ] でのライブ体験となった。
ステージは、ボーカルの清水翠さんとギターの馬場孝喜さんのduoチームだ。

しかし思い返せば、私と翠さんとの出会いは、なんとも可笑しな具合だった。その日、横浜馬車道上町63の佐々木オーナーに所用があり店に電話をすると、意外なことに電話口に女性が出て来た。女「佐々木さんは、今買い物で外出中です。」私「ところで、貴方はどなた?」女「今夜唄うボーカルの清水翠です。もしよろしければどうぞお越しを」なんてやり取りが、彼女とのファースト・コンタクトだった。ことほど左様に、一事が万事なんとも茶目っけたっぷりの人柄なのである。それは、唄うたいには極めて大事な事柄で、その人柄に惹かれて爾来、上町、しぇりるで今日まで都合3回(もっと会っている気がするというのが互いの印象だったが)。そのつど、馬場さんとのDUOライブへのお誘いを頂いていたが、タイミング合わずで、これまで未体験。一方でおふたりがすでに5年前に録音した『Blue Rose』盤が巷で好評であることは存じあげていた。しかし、やはり、最初の出会いは、ナマが良いだろうと確信して、今日迄、その盤を手にとることを避けていた。そんな経緯を経ての今宵の待望の出会いである。

翠さんのステージと言えば、その選曲の妙にいつも唸らされて来た。故に今日も、そこに期待は深まる。結果的にはいつも以上にこの上なく、趣向を凝らした構成でのステージが展開された。梅雨空に涼を呼び込むべく取り上げたのであろう軽やかな A.C.ジョビンの<コルコバード>と<フェリシダージ>にサンドされた2ステージ計約90分のショーの中で、実に多彩な楽曲が披露された。ことジャズ・スタンダードにしても、極めて通好みの、<ソー ・イン・ ラブ>、<ザ ・ソング ・イズ・ ユー>、<オール ・オア・ナッシング ・アット・オール>、<バークリースクエアのナイチンゲール> 等を繰り出してくるし、ブラジル物では、ドリ・カイミの楽曲、<ヒウ・アマゾナス>と<オー ・カンタドール>の二曲を取り上げその卓越した作家像の立体化を試みた。他には、ロック&ポップス好きの翠さんの音楽遍歴と趣味を色濃く反映させて、ポリスの。<メッセージ・イン・ア・ボトル> や <エヴリ・ブレス・ユー・テイク> を交えたのは、全体の音場の中で、気の利いたアクセントとして効果的に響いたと言える。その他には、カーペンターズの<クロース・トゥ・ユー> や、私のリクエストに急遽応えてくれた、私のフェイバリット・チューン、C. キングの <ウィル・ユー・スティル・ラブ・ミー・トゥモロウ>、さらには、これまた、手前味噌で恐縮だが、過日私がリクエストして(ここ、しぇりるでの田中信正氏との共演が初演)以来、各地で唄いこんでくれている様子の S. ロドリゲスの <ラヴォ・デ・ヌーヴェ> まで飛び出して、もう、個人的には聴き人冥利に尽きる時間があっという間に流れて行く。そんな極めてバラエティに富んだ構成の中でも、私が特に驚かされたのは、フォルクローレ界の巨星歌手 M.ソーサの <アルフォンシーナと海>、並びに日本歌謡界の巨星歌手浅川マキさんの歌唱でも知られる、<それはスポットライトではない>(敢えて英語バージョン)。

とにかく、これらの万華鏡のような楽曲群に対して、たったふたりだけで立ち向かって行くわけだから、大したものである。しかし、編成は小さいながら、ふたりが表現する世界観は、極めてスペイシーで自由度が高い。おふたりを見ていて、長年の付き合いが陥り易い馴れ合いがない。付かず、離れず。寄り添わず、もたれかからず。互いに互いの出方を慎重にはかりながらも楽しみ尽くしていることがこちら聴き人にも強く伝わって来るなんとも清々しく小気味良いDUOチームがこれから向かう先もおおいに気になるところである。

#092  7月12日(日)
辻堂・American Music Live Cafe & Bar ステージコーチ
https://www.stage-coach.net/

関谷真奈美 (vo) マッシー鴨川 (g) 片山さとし (b)

日中は梅雨の晴れ間の嬉しい晴天。窓を開け放つと、なんとも心地良い湘南の風が吹いて来る。そうなると、お尻の辺りがもぞもぞしてくるのは、もうどうにもならない性分。しかし、今日は平日前夜につきライブは基本休息日。されど、しからば?と頭フル回転させて、ネット・サーフィンすると、ありました、そう言えばありました。我が家からタクシーを飛ばせば10分のハコが。こんな日には、最適のカントリーミュージック。

私の今日のライブは、ここ辻堂の地で創業35年の老舗ステージコーチ。こちらのご亭主片山誠史氏とも久しくご無沙汰だ。今日は、昼のステージには御大87歳の寺本圭一氏の定例ライブが準備されていたが、「昨今の状況を鑑み、開催中止」の告知がされていた。しかし、夜の部には、寺本氏の弟子筋にあたる歌姫関谷真奈美さんの名前が。彼女のステージは約1年振り2度目であるが、前回のバンドのタイト感が強く印象に残っていたため、掟破りの即決。早めの19時に W.ネルソンの <On the road again> から快調にステージが滑り出す。このハコの創業者でベースの片山さとし氏の重心の低いベースがサウンド全体をしっかりと下支えする。ギターのマッシー鴨川氏は、まるで E.ゲイルか  C.デュプリーかというようなメローなラインでバンド全体の推進力を高める。そんなご機嫌な素地の上で、真奈美さんは、この上なく伸びやかに、チャーミングに、ステージをテンポ良く進めて行く。とにかくその発音の歯切れの良さが印象的である。一見した外見の華やかさの裏側に潜むカントリーこそ自らの自己表現手段だという毅然とした態度が感じられるところが大いに好感が持てる。故に、日本語のオリジナル・チューンまで飛び出すことになる。今夜は全3ステージ。久しぶりに、普段のジャズのフィールドから離れたライブを満喫した佳きひとときでした。今日は、偶然に席がお隣になった S氏と会話していると、なんと彼が、私が勝手に兄さんと慕うサックスの津上研太さんの学習院大時代のご学友(ビッグバンド繋がり)と分かりびっくりする一幕も。なんだかまたしても得難いご縁を頂いて温かな気分になった夜でした。

小野 健彦

小野健彦(Takehiko Ono) 1969年生まれ、出生直後から川崎で育つ。1992年、大阪に本社を置く某電器メーカーに就職。2012年、インドネシア・ジャカルタへ海外赴任1年後に現地にて脳梗塞を発症。後遺症による左半身片麻痺状態ながら勤務の合間にジャズ・ライヴ通いを続ける。。

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