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小野健彦の Live after LiveNo. 277

#144~#149 小野健彦のLive after Live

text and photos by Takehiko Ono 小野健彦

#144 4月2日(金)
新宿 Jazz Polka Dots
http://www.jazz-polkadots.com/

LUNA(vo) 壺阪健登(p)

「オーケストラがやってきた」ではないが、「またしても嬉しい週末がやってきた」。引き続き、感染対策には万全を期して臨むLaL。今宵はこの上なく嬉しい初物尽くしの夜となった。当夜のライブの現場は、以前からずっと伺いたいと思っていた新宿POLKA DOTS。

老若男女を問わず数多くの表現者と聴き人から厚く慕われているご亭主・髙木順子氏が2012年に創業したハコだ。アップライトピアノを配したステージがどの席からでも見易い尺の程よい空間にまずは好感触を得て、ジントニックで喉を潤し美味なるつまみを食しながら幕開きを待った。

今宵のステージに登場したのは、実力派ボーカリストのLUNAさんと新進気鋭のピアニスト・壺阪健登氏。壺阪氏はお初。LUNAさんは本格的なステージではお初。本格的と書いたのは、実は私は、2019年の大晦日オールナイトJAM@アケタの店で彼女のナマにふれたことがあったからである。その時の印象は強烈なもので、それはあの夜アケタに集いし日本ジャズ界の広辞苑の如き強者の中にあって、颯爽とステージに登場し、なんと、加川良の〈教訓I〉をいかにも堂々と唄い切ってくれたからである。そんな彼女の今夜に寄せたライブ告知文には、「スタンダードからオリジナルまで多彩に織り交ぜたふたりならではの科学反応をお届けします」とあったので、こちら聴き人の期待は否が応にも高まった。

ここで、少しく話が逸れるが、私は以前から、ピアノという楽器の進化は、人の唄声に負けじと対抗して遂げらたのではないかと思って来た。(学術的な証左は勿論まるで定かではないが)その意味では、ボーカルとピアノのDUOの場合、それは単に唄歌いとそれを支える伴奏者という関係から踏み込んで、互いにせめぎ合う関係であれば、より興味深い、と。また、全く別の切り口では、日頃接している我が国のボーカリストの全般的にそのオリジナル曲が少ないことを疑問にも思っていた。すると旧くからのスタンダード曲に移入されない感情は、どこに置いて来るのか、と。そんなことをつらつらと考えながら接した今宵のステージ。この季節に因んだ幕開けの〈joy spring〉や〈spring can really hang you up the most〉に加え、童謡〈朧月夜〉からの〈blue moon〉を経由し、A.C.ジョビンの〈fotografia〉と続け、更にはなんと吉田美奈子の〈時よ〉等迄繰り出したバラエティに富んだ楽曲にサンドイッチされる形で披露されたLUNAさんオリジナルの楽曲達(それらは、中村哲氏に捧げられた小品や3.11に寄せた鎮魂歌等)はいずれも極めて思慮深い逸品としておおいに印象に残るものであった。

全体のステージを通して、LUNAさんは自らの主張を存分に出しきった感があり、それを受ける壺阪氏も、如何にも瑞々しい感受性を全面に押し出しながら、攻守の両面で伴奏者の枠を遥かに超えてLUNAさんの世界観を最大限引き延ばして行った。そんなおふたりのスケールの大きな音創りの現場に立ち会えてなんとも清々しい気分を味わうことのできた得難いひとときだった。

大詰めを迎え本編最終曲の〈here’s to life〉から今宵の別れを惜しみつつ、コロナ禍退散祈願を込めて繰り出されたアンコール曲〈smile〉もこれまた出色の出来栄え。

最後の最後に、いささか蛇足ながら本日のサプライズをひとつ。

2ndセット冒頭の〈feel like making love〉の後から流れて来たのは、〈happy birthday to you〉?、?なんとその相手は、前日52歳の誕生日を迎えた私自身だったので、これにはおおおいにたまげた。しかし、LUNAさん、壺阪さん、順子ママ、更にはご来店の聴き人の皆様、思いがけずのお祝いを頂き有難うございました。この場をお借りして、改めてお礼を申し上げさせて頂きます。

#145 4月3日(土)
吉祥寺 piano hall SOMETIME
https://www.sometime.co.jp/sometime/index.html

TReS:永田利樹(b) RIO(bs) 早坂紗知(ss/as) 田中信正(p)

今日のLaLは、G線上のアリアならぬ、中央・総武線上のダブルヘッダー。まず昼の部は、吉祥寺の地に降り立った。ライブの現場は、かなりお久しぶりのサムタイム。店長のY子さんとの再会も嬉しい。

ここでいささか唐突に、「離れていると恋しくなる料理店」が誰にもあるように、「離れていると恋しくなる音(=バンド)」がある訳で、私にとって前者の代表は、〈神田まつやの蕎麦〉や〈浅草飯田屋のどぜう鍋〉であり、後者の代表の一つが、今日のステージに上がったバンドと言える。そう、今日のステージは、血という得難くも固い縁に結ばれたTReSである。そのユニット名は、メンバーであるご家族各々のファーストネームからとられており、即ち(B)永田利樹氏(BS)RIO氏(SS/AS)早坂紗知氏の面々である。このユニット、メンバーのオリジナル曲に加えて、南米物や各人にとっての旬の表現者の楽曲までを中心とした幅広いレパートリーを題に取り、そのステージを進めて行くことが多いが、そこでは、冒頭に触れた「惹かれる料理店」宜しく、極上の素材とそれにベストマッチする味付けと調理方法が幸せな出会いを果たすのと同様に、メロディとリズム、ハーモニーが最良の形でミックスされ、我々聴き人の前に提供されて来るのだから、これが堪らない訳である。TReSは今日も、冒頭のA.ピアソラの〈michelangelo〉を皮切りに、怪しげでスリリングに仕立てたG.マリガンの〈Bernie’s tune〉や春の午後にはお似合いの軽やかなZ.アブレウの〈ticotico〉、更には最近紗知さんがすっかりハマっているというF.ハイミの気を衒わない素朴なメロディを持つ佳曲等を題に、自在に伸び縮みするリズムと滔々と溢れ出しながらもその緊密さが持続する分厚いハーモニーで聴き人をひっくるめて店の空間全体を異国情緒溢れるTReS味にまとめ上げてくれた。そこでは、このバンドには客演の機会も多いピアノの田中信正氏が随所に投じたパンチの効いたスパイスのかけらも極めて効果的に作用していたことも特筆に値するものであった。

#146 4月3日(土)
阿佐ヶ谷 jazz bar クラヴィーア
http://www2.tbb.t-com.ne.jp/klavier/www/

古野光昭(b) 山口真文(ts) 田中菜緒子(p)

〈前項に引き続き〉G線上のアリアならぬ、中央・総武線上のダブル・ヘッダー・夜の部。
うかうかして御神酒に走ることを避けて、早めに昼の河岸・吉祥寺から東に向かった。ライブの現場は、JR阿佐ヶ谷駅南口からほど近いビルの中に店を構える、創業から早や約40年の歴史を誇る老舗店、ジャズバー・クラヴィーアである。

今宵のステージには、同所では、コロナ禍による数度に亘る中止の憂き目にあいつつも、ほぼマンスリーでの恒例企画となっている、(B)古野光昭氏が毎回秀逸なるゲストを迎える夜。今宵のゲストは、古野氏とはジョージ大塚氏のグループで同じ釜の飯を食べた盟友 (TS)(今宵は、準備するもソプラノはお休み)の山口真文氏と、真文さんとは最近DUOの活動も多い(P)田中菜緒子氏。まずはこの季節に因んだ〈april in paris〉にて、至極緩やかで快適なスタートを見せる3人。おっ、今宵は、大スタンダード大会か?と予想したのも束の間、二曲目冒頭から聴き応えのある古野氏のベースラインに導かれて流れだしたのは、なんと、C. ヘイデンの〈first song〉。続く真文さんの吹くテーマは、この曲の深層を掬い取るように余りに強い説得力をもって響き迫り来る。その後一転して、ミディアムテンポの〈up jumped spring〉から、バラード〈my one and only love〉を経由して、1stセット最後に配したアップテンポの〈oleo〉に繋げて行く構成は、如何にも熟達者・古野氏と山口氏らしい抜群の構成力が光った。時短営業を考慮しての極短いブレイクの後の2ndセットについて、その曲目のいちいちについて触れることは割愛するが、途中、匠ふたりから後進の田中氏にフィーチャータイムとして〈how deep is the ocean〉の指示があったのは、なんとも微笑ましい一幕だった。

当夜は、いずれも40分ずつの2ステージという、余りにも短いひとときではあったが、匠2人の、一切の無駄を排し、自らの主張を全霊を込めて我々聴き人に届けようとする凄みのようなものが力強く伝わって来たなんとも豊潤な一夜だった。

#147 4月4日(日)
町田 Jazz Coffee & Whisky Nica’s
http://nicas.html.xdomain.jp/

渋谷毅(p) 清水秀子(vo)

昨夜までの二泊三日の都心でのホテル住まいから一路南へ向かった。しかし、当然真っ直ぐに帰宅する筈もなく...。

今日のライブの現場は、先週土曜日以来の、引き続き感染対策は万全の町田ニカズ。

今日は日曜日昼恒例の「光の中のジャズ」。

そのステージには、この企画ではお馴染みのベテランおふたりが登場した。(P)渋谷毅氏と(VO)清水秀子氏〈デコさん〉のコンビだ。

既に数多の共演の機会を経て、おふたりのコンビネーションは至極盤石。渋谷さんのソロによる〈memories of you〉で静かに幕が開いた昼下がり。渋谷さんのソロが数曲続いた後で、デコさんの登場となる。ぽつりぽつりと奏で行く渋谷さんのピアノに乗り、ダイナミクスレンジの幅広いゆったりとしたバイブレーションで如何にも気持ち良さそうにその歌詞の一言一言を十分に噛み締めながら(特にバースの語り口には息を飲むばかり)丁寧に唄いこんで行くデコさん。やはり、このコンビ、私にとっては「離れていると恋しくなる音(=組み合わせ)」だ。私にとっては、四囲にきな臭さも再び漂い始めている昨今にあって、意地から確保した なんとも安らかな日常だった。


#148 4月9日(金)

横浜 馬車道・上町63
http://kanmachi63.blog.fc2.com/

市野元彦 (g) 佐藤浩一 (p)

遅まきながら3/21に開幕して以降、例年以上のペースで堰を切ったように進む今年のLaL。LaLの楽しみが、バラエティに富んだライブとの出会いであることは勿論、其々のハコのご亭主とお逢いすることにあるのはいうまでもない。

その意味で、緊急事態宣言の影響を受け、長らくの休業を余儀なくされたこちらのハコを訪問するのは私の悲願のひとつでもあった。実に9/27以来 193日振りの訪問となった今日のライブの現場は、横浜 馬車道・上町63〈カンマチロクジュウサン〉である。

足の悪い私には有難いエレベーターで地下一階迄降り、店の扉を開けると、いつものように正面奥のカウンターの中にマスター佐々木さんの人懐っこい笑顔を見つけ、それだけで思わず胸が一杯になってしまった。しかし、そんなウェットな感傷は直ぐに冷えたジントニックで拭い去って迎えた今宵のステージ。

そこでは、共に音空間の魔術師ともいうべきふたりの卓越した表現者が対峙した。
即ち(G)市野元彦氏と(P)佐藤浩一氏だ。

おふたりはともに市野氏のリーダーユニット〈rabbitoo〉や橋爪亮督氏のグループ等での共演歴があるだけに、その融和性は申し分ない。共にコード楽器ながら、互いにアイデア豊かに繰り出すメロディ・リズムのハーモニーの隙間を縫いながら自らの主張をきっちりと言い切って行く様はなんとも心憎く実に心地良い。

当夜は、約45分x2ステージという昨今やむを得ない短い演奏時間ではあったが、ハマの地下空間に2人が織り上げた音のタペストリーは、あたかも目には見えない風に揺らぎ、揺蕩うが如くの余りに儚い淡色のグラデーションに支配されたものだった。

神妙・清廉・素朴を確信犯的な悪戯心で妖しくも緩やかに包み込んだ音創り。堪能させて頂きました。

#149 4月10日(土)
柏 Jazz Spot Nefertiti
https://nefertiti.jp/

林栄一(as) 永田利樹(b) 楠本卓司 (ds)

LaLとしては、初めての訪問となった今日のライブの現場は、柏・Nefertiti。
湘南の我が家から、JR東海道線・常磐線・東武アーバンパークラインと乗り継ぎ約2時間半かけて、最寄の「増尾」駅にたどり着いた。そこから車で数分、「ニッカウヰスキー・柏工場」の直ぐ近くに、そのハコはあった。

私も初訪問故、ご紹介方々こちらのお店の歴史を辿ると、この地からほど近い小学校で教鞭をとられていたご亭主の栗田さんが、60歳で定年退職されたのを機に、かねてよりの夢であったジャズの流れる空間を作りたいとの志を実現され、「柏の軽井沢」と愛してやまないこの地に9年前に創業されたとのことであった。このNefertiti、店内に入ると、まず木漏れ日のさす窓際にかけられたC. テイラー・ユニットの〈Nefertiti the beautiful one has come〉の巨大タペストリーが目に留まる。更には大型スピーカーJBL S4700、パワーアンプONKYO INTEGRA508、コントロールアンプACCUPHASE C-200L等のオーディオ機器にもご亭主の強い拘りが感じられ、加えてそれらを通して供されるその膨大なLP・CDコレクションが、不定期に開催される魅力的なライブと相まって、こちらの大きな売りになっているという寸法だ。

今日は、未だ明るい時刻 16時開始のライブ。

そんな今日のステージに登場したのは、最早ご当地6回目のお目見えとなるアルトサックスの林栄一氏のトリオだ。

その林氏が、今年はじっくりとトリオに取り組みたいと思い立ち召集したメンバーだけに、聴く前から、こちら聴き人の心を強くくすぐる布陣である。リーダー林氏が満を持して招いたのは、共にご当地は初お目見え(バンドとしての手合わせは今日が4回目)のこのおふたり。
ベースを抱くのは、永田利樹氏。ドラムの椅子に座るのは楠本卓司氏である。

果たして開演早々、この熟達者3人によるトリオミュージックはいきなり圧倒的な収斂の極みをみせつけた。
哀切溢るる緊迫感を持って彼方から此処に向けて鋭く切り込む林氏。
唄うが如くの強靭さと艶めきを湛えながら場に自由な拡がりをもたらす永田氏。
臨機応変、自在に大きなパルスでバンド全体を的確に鼓舞し続ける楠本氏。

そこに饒舌な瞬間は片時も無い。全てが充分にして不可欠。その贅肉を削ぎきったこの上なく締まりのあるバンド・サウンドの説得力は驚愕に値する。今日まさに私の目の前で繰り広げられた至芸の数々は、美の志向を同じくする秀逸な個々が集いしバンド故に獲得出来る冒険心に溢れた強固なまとまりを持ったトータルサウンドを届けてくれた点で、私にとっては余りにも圧倒的だった。

最後に、其々に印象的な2セットの内、特に私の心に強く残った(それは、林氏の馴染みのあるオリジナル曲に新たな風味を感じたことなどから)秀れた構成力に富んだ1stセットを中心にその演奏曲目を付しておきたい。

1stセット①②O. コールマン〈happy house〉〈lonely woman〉③④林栄一〈brother〉〈north east〉⑤E. ヘイマン〈body&soul〉。2ndセットには林栄一〈naadam〉も。アンコールはS. ロリンズ〈sonnymoon for tow〉

充実の宴が終わり店を出ると、そこには既に夜の帳が降りており、ご亭主のお見送りと肌寒い春の夜風に背を押されながら帰宅の途についた。しかし、往復約5時間の長旅ではあったものの、今日も良い出会いに恵まれたなんとも嬉しい1日だった。

 

小野 健彦

小野健彦(Takehiko Ono) 1969年生まれ、出生直後から川崎で育つ。1992年、大阪に本社を置く某電器メーカーに就職。2012年、インドネシア・ジャカルタへ海外赴任1年後に現地にて脳梗塞を発症。後遺症による左半身片麻痺状態ながら勤務の合間にジャズ・ライヴ通いを続ける。。

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