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小野健彦の Live after LiveNo. 309

小野健彦のLive after Live #368 ~ #374

text and photo by Takehiko Ono 小野健彦

#368 11月9日(木)
合羽橋なってるハウス
https://knuttelhouse.com/
TRY ANGLE:山崎比呂志 (ds) 井野信義 (b) 林栄一 (as)+仲野麻紀 (as)

合羽橋なってるハウスにて、山崎比呂志氏(DS)が盟友の井野信義氏(B)と共に追究するTRY ANGLEを聴いた。今宵のゲストには山崎さんにとっては’19/10の初顔合わせ以来このユニットにおける幾たびにも及ぶ共演を重ね「最早準レギュラー的存在」とまで言わしめるようになった林栄一氏(AS)が招聘された。
しかし、この御三方による TRY ANGLE は私にとってもう何回目になるだろうか?
それでも何度でも聴きたくなるユニットであり当夜も毎回同様に随所でその期待を裏切らない新鮮な響きを届けてくれることとなった。

1st.セット。三人から同時に発せられた音は暫し幾何学的なモチーフを描きつつ所々で柔軟なビートが織り込まれながら時に鮮烈の局面に転ずるがあくまでも全体のムードは穏やかに揺蕩うものであり、三者による懐の大きなサウンドが際立って感じられた約30分のステージだった。続いて少し長めの休憩の後の2ndセット。冒頭の林さんMCにより新たなるゲストの参加が告げられることに。林さんとはその人のかなり若い頃からご縁があり、現在はフランス在で、近年各所で俄然脚光を浴びている仲野麻紀さんが舞台に登場した。普段はアルトサックスとメタルクラリネットを手にしステージに上がることの多い麻紀さんであるが、当夜はAS一本に絞った。井野さんの小さな鳴り物への渾身のひと吹きに導かれ、こちらも音は同時に出た。最初麻紀さんの管を温めるように静かに入って行く姿が印象的だった。引き取った林さんも最初は緩やかに入ったが次第に独特の林節でステージをリードして行く姿からは流石千両役者の風格が感じられた。そんなふたりの珍しい二管フロントの TRY ANGLE の構造にあっても山崎=井野両氏の音作りは変わらず堅牢。特に少しく久しぶりの井野さんとの共演となった山崎さんが、時折井野さんと視線を交わしながら如何にも嬉しそうにプレイしている姿が印象的だった。林=仲野両名は私には、井野=山崎両名が自由に築く土台の上を伸び伸びと飛び交う二羽のカモメを思わせた。特にサプライズゲストの麻紀さんについては残る三人の横綱相撲に対してもう少し積極的に攻めても良いのではないかと思われる局面もあったが、それでも十分に肉薄しつつ自身の世界観を明快に主張した点は単なるシットインの域を超えて共に音を作る協働者として堂々としたものでありそんな彼女をまるで父親のような眼差しで頼もしそうに見つめ続けた林さんの眼差しがあったことも書き記しておきたい。

最後に、甚だ蛇足ながらまたもや今日の音とは離れ、私LALのある種「肝」とも言える晩めしの模様をひとくさり。私のなってるへの最寄駅はJR 鶯谷。鶯谷からハコへの寄り道呑み処ルートは幾つかあるが、今夜は約3〜4年振りに焼き鳥ささのやをチョイスした。鶯谷駅南口陸橋下にあって創業約60年。この物皆物価高の時代にあっても一串均一80円!を貫く老舗の味を堪能した。

#369 11月10日(金)
合羽橋なってるハウス
https://knuttelhouse.com/
原田依幸 (p) 大友良英 (g)

前夜に引き続いての訪問となった合羽橋なってるハウスにて、原田依幸氏(P)と大友良英氏(G)のDUOを聴いた。自宅からハコへの片道約2時間の行程を二日続けるのは如何にも非効率的と考えた結果、前夜は鶯谷駅近くのビジネスホテルに泊まり下町散歩を楽しみつつその時を待つことにした。以下では時間の経過に従い私のこのLALの恒例〈肝〉である呑み食べある記を前段にライブレポを後段に構成する予定のため、(冗舌なる)前段にご興味のない方はその部分は読み飛ばして頂きたく。

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ということで、先ずは生憎の荒天に見舞われた浅草寺界隈における呑み喰いから。
昼過ぎとなった雨のそぞろ歩きの出発は吾妻橋辺り。亡父小野正弘の日大理工学部ゼミの教え子である野沢誠氏が仏の建築家F.スタルク氏と協働設計した(基本設計:スタルク氏、実施設計:野沢誠+GETT)アサヒビール吾妻橋ビルを遠くに仰ぎ見てのスタート。完成当時は予想外の東京スカイツリーとの揃い踏みが壮観だがそんなことを考えつつも朝メシを抜いたのでお腹が鳴ってしまう。さて何処へ?待望の店に連絡すると荒天影響でいつもの行列はないという。すぐさま直行した。念願の初訪問となったのは、かの中村吉右衛門丈も贔屓にしたという並木藪蕎麦である。冷えた身体に温燗と蕎麦前(蕎麦味噌板わさ天ぷら等)が沁みる。蕎麦は神田まつやと決めている私にとってこちらの蕎麦は少し盛りの多い点が画的にやや好みと外れたが、肝心の蕎麦自身は香り、コシ共に申し分なく、従業員のお姐さん方の丁寧な応対と相まって落ち着きのある快適な時間を過ごさせて頂いた。食後には、雨降りの浅草を杖付きで傘のさせない私が快適に過ごせるようアレンジするため駆けつけてくれた浅草生まれの友人と落ち合い、雷門の前にある浅草文化観光センター(隈研吾氏設計)最上階にある喫茶店へ。互いの近況等をかなりの時間をかけてじっくり語り合えたひとときは嬉しかった。次の予定のある彼女と別れた後、さて何処に?雨足も強くなってきた。まずい。ふと見ると前には天麩羅の文字が。普段は特に寿司に目が無い私であるが、実は最近天麩羅にはまっている。ライブ迄にはまだまだ時間がある。迷わず暖簾を潜ったのは創業天保8年(1839年)という老舗三定。件の友人からここは大手旅行代理店各社のツアーを受け入れる大味な店との情報を得てはいたが、つまみ、刺身、かき揚げのいずれのパートにおいてもきめ細かな仕事が感じられて結果的に私はビギナーズラックを得た想いがした。
呑んだ、食べた。そうして最早夜の帷も降りた。さあ、いよいよライブの時間だ。
都心では雨の金曜日、それも夕刻はタクシーが捕まり難いと聞いてはいたが、それでも雷門前でなんとかタクシーを捕まえなってるハウスに直行した。

以上前置きがかなり長くなってしまったが、ここからが肝心のライブの現場のこと。結果的に私はトップで会場入りすることができたが、その後もお客様の入店はひきもきらず、時々の日本のジャズシーンの寵児として君臨するこの稀代の表現者おふたりの、初の「サシ」共演に対する期待の高さを窺い知らされた。そんな店内超満員、30〜40名の聴き人が固唾を飲んで見守る中、定刻からややあって音が出た1st.セット。大友氏の高音のロングトーンに対して原田氏は静謐な単音を重ねつつ徐々に硬質な和音へと変容を遂げて行く。その後ふたりは比較的緩やかな揺らぎの中を揺蕩うが、大友氏がU字金具を手にした瞬間事態は劇的な変化を遂げて超絶なる躍動感に満ち溢れた和音勝負へと転じた。そうして真っ新な空間を埋める細粗な仕立て方も鮮やかに際立たせながら最後は静かなる地平線へと見事に着地させたおおいに聴き応えのあるステージとなった。続いて少し長めの休憩の後の2ndセットは原田氏による高速散打での幕開け。対する大友氏は初めマレットや弓を用いて幽玄なムードで応じた。1stセットで程よく温まったふたりはその後も終始高いテンションを維持しながら大友氏による〈ghost〉の断片等も交えつつ緩急の自在を渡り切り、最終局面ではかなりの激烈な一本道を突き進みながら遂に充実に過ぎた約2時間の物語に終止符が打たれた。今宵のステージに接して、方やエレクトリックで、方やむき出しの生音で対してもその音圧は変わらず鮮烈に拮抗する中でそれぞれが自らの求める美を刹那の内に十二分に描き切ろうとした在り様がこちらの胸に迫り来た。そんな感動的なまでに創造的な時の移ろひだった。

以上、もしもこの長文の拙文にお付き合い頂きました方がいらっしゃったとしたら深謝申し上げます。

#370 11月12日(日)
新子安しぇりる
https://barsheryl.com/
さがゆき (vo/g) 八木のぶお (harp/vo)

お馴染みながら、久しくのご無沙汰にて約2年振りの訪問となった新子安しぇりるにて、さがゆき氏(VO/G)と八木のぶお氏(Harp/VO)によるDUOを聴いた。今日のマチネーライブはここ最近「U・Gi・Ha」のユニット名にて協働するおふたりにとって、さがゆき&八木のぶお名義にて10/22に発売された『中村八大楽曲集』盤のリリース記念となった。既発の最新刊音楽(それはジャズに限らず)専門誌/関連誌におけるディスクレビュー等にて多くの高い評価を得、中には特集のインタビュー記事も組まれる一方で、巷の熱心な音楽愛好家や同業の表現者諸氏からもSNS等を通じて絶賛の声が多く寄せられている中、関東圏では初となったレコ発ライブを目撃しようと集まった熱心なお客様(店内 SOLD  OUT)の熱い視線が注がれる中舞台の幕が開いた。

果たして、〈夢で逢いましょう〉で幕開けし満場のアンコールに応えた〈さよならさよなら〉で幕を閉じた今日のステージでは、CD収録全曲!(中でも〈風に歌おう〉はライヴならではのウィットに富んだ「おじいちゃんの施設 ver.」に仕立てた)に〈ぼくの手袋破れてる(永六輔作詞)〉と〈上を向いて歩こう〉を加えた全14曲が披露されることとなったが、その音創りはCD同様に極く丁寧で且つ誠実な印象を強く受けるものだった。舞台に居るのはガットギターをボロンと爪弾きながら囁き呟く女とホロ苦く哀愁に満ちた音色のハーモニカと味わいのある喉を以て滋味深さをそっと寄り添わせて行く男のふたりだけ。そこに大仰な仕掛けなど一片も無く、唯、生々しい音の流れだけがあった。紙に書かれた音符がそれを奏でる演者を得て、その生身を通してその現場を共有する聴き手に直接届けられて行くという、まさに「唄」の醍醐味。最早懐かしき昭和の時代に産み落とされた、いずれも人間交差点の機微を独自の視点で切り取った詩作に中村八大氏が曲を付けた佳作の数々が、この不確実な時代の中にあっても日に新たな音創りの現場を確実に生きる実力派表現者ふたりを触媒として更に活き活きと大きく花開いた(それは決してCDの再現でなく現場にしか存在しえないものとして)、そんな感をも強くしためっきり肌寒さも増した午後のひとときだった。

#371 11月19日(日)
藤沢 カフェパンセ
https://cafepensee.wixsite.com/pensee
酒井俊 (vo) 落合康介 (b/竹縦笛) 細井徳太郎 (g/鳴り物)

江ノ電藤沢駅から程近いカフェパンセにて酒井俊さんのステージを聴いた。
酒井俊(VO)落合康介(B/竹縦笛)細井徳太郎(G/鳴り物)
10月から12月にかけて日本全国津々浦々、約40箇所!に及ぶロードの中に今回も馴染みのこのハコを組み込んで下さったのは地元民としては有難い限り。更には各所で多種多様な編成を試行している中で今宵の組み合わせは他所と合わせて二晩だけにこちらの期待も大きく膨らんだ。まあ、それらはそうとして、日曜日のそれも比較的早い時間(18時)の開演ということも良き方向に作用してか、老若男女に亘る多くのお客様がつめかける中定刻からややあって音が出た今宵のステージでは、幕開けのT.ウェイツ〈drunk on the moon〉から本編をB.デュラン〈i shall be releaced〉で締めた後、満場のアンコールに応えた松原史明作詞杉本眞人作曲〈紅い花〉に至る迄、約2時間半、実に全17曲が披露されることとなった。中には長年のファンには何とも嬉しい選曲と言えた既発盤収録の佳曲:〈四丁目の犬〉〈honkong blues〉〈買い物ブギ〉〈ヨイトマケの唄〉等々も多く含まれたが、他では最近の俊さんのステージの聴かせ所とも言えるJ.ミッチェル〈both sides now〉、酒井俊作詞林栄一作曲〈ナーダム〉、鈴木常吉作詞アイルランド民謡〈思ひで〉等がまさにこのタイミングという局面で飛び出したのは流石のストーリーテラーの構成力と言えた。更に今夜は各セットに今宵の共演者との音創りをじっくり味わえるDUOの場面(1st:〈little girl blue 〉w/落合さん、2nd:〈polka dots and moonbeams〉w/徳井さん が用意されたことに加えて、今回のロードで俊さんがどうしても唄いたいと持参したH.カーマイケル〈lush life〉が淡々としていながらも確たる重みをもって客席に届けられたことを書き漏らしてはなるまい。さて、肝心の音だが、三者は今宵がとても二回目の共演とは思えない緊密な纏まりを見せながら、緩急の自在を辿ったが、私が特に印象に残ったのはそのサウンドの層の中にあって各々のとったポジショニングの妙だった。勿論、その層の中心に居るのは俊さんであるが、その流れは一定ではなくひとつひとつの言葉の響きと共に彷徨い浮遊した訳で、それに対して今回のロードが俊さんとの初共演となった徳井さんはその俊さんの揺蕩いを先取りするかのように果敢に攻め込む場面が多く見られそれは時にロカビリー調をも帯びてサウンドの推進力を高めていった。一方の落合さんは弓弾きを効果的に駆使しながら泰然とした位置取りでサウンドの根っこをキープしている印象を強く受けた。儚さと淡さから、鮮烈と解体に至る迄音場は時々刻々とスリリングに変化を遂げていったが、そのいかなる場面においても三者の呼吸感の同期が全ての言葉に魂を宿らせていったと強く感じた。ひとつの言葉も疎かにされず、決して取り残されることはなかった。そんな時の移ろひだった。

 

#372 12月2日(日)
町田 ニカズ Jazz Coffee & Whisky Nica’s
http://nicas.html.xdomain.jp/
山口真文4:山口真文 (ts) 東海林由孝 (g) 小牧良平  (b) 山崎隼 (ds)

いよいよ幕開けした2023年師走LAL。
今宵は町田ニカズにて山口真文4を聴いた。
山口真文(TS)東海林由孝(G)小牧良平(B)山崎隼(DS)
思い起こせば、私が真文さんのナマに触れるのは’21/10末、同所に於ける髙橋知己氏とのツインテナー ・ギグ以来となったが、今宵もそのまろみとコクを秘めた力強くスムーズなトーンから繰り出される説得力のある音創りが際立った。今夜のステージでは、冒頭の〈invitation〉を始めとして〈body and soul〉 〈i thought about you〉〈i hear a rhapsody〉等のスタンダード曲を中心にそこにM.デイビス作〈all blues〉やW.ショーター作〈nefertiti〉〈footprints〉を効果的に差し込んだアンコールも含め全9曲が披露されることとなったが、ステージを眺めていてそこには事前に準備されたかっちりとしたセットリストは無いようで、時の移ろいの中で真文さんの脳裏に浮かんだ楽曲をその都度バンドを振り返りメンバーに小声で伝達する姿が散見された。それでも、真文さんがイントロからテーマへと吹き込むに従い、それがバンマスの求心力のなせる技か、はたまたメンバー其々が近年の真文さんとの協働の道程を経てバンマスの志向を十分に咀嚼していることに依るものなのか、其々の曲想について実に腑に落ちるバンドサウンドに収斂させてゆく在り様は流石のチームワークの良さと言えた。まあ、それらはそうとして、真文さんの、どこを切り取っても一片の無駄も無く、終始あくまでも肩の力が抜けてサラリとして潔い程にストレートでいながらも時にこちらのハートを射抜くような「刺さる」フレーズを吹き込む音創りはいかんせん貫禄十分であり、それに対して若手から中堅、ベテラン迄の実力者が揃ったメンバー各位が申し分の無い纏まりを見せつつ各々の曲想に入りこみながら一枚岩となってバンマスをプッシュし続けた今宵の音の連なりは、いついかなる瞬間も実に熱っぽいものだった。しかし、今月中旬には全編ソプラノサックス&全曲オリジナルに挑んだニューアルバムをリリースするという真文さん、「円熟」の先に待ち受けているのは一体どんな境地なのだろうかと、そんなことも深く考えさせられた一夜だった。


#373 12月7日(木)

横浜ベイホテル東急クイーンズグランドボールルーム
https://ybht.co.jp/banquet/room/qgb.php
髙橋真梨子ディナーショー

今宵は横浜ベイホテル東急クイーンズグランドボールルームにて開催された髙橋真梨子ディナーショーを聴いた。実は近年まで、私には死ぬまでにどうしてもナマで聴いて置きたい歌唄いが三人いた。それは、ちあきなおみさん、前川清さん、そうして髙橋真梨子さんだった。しかし、私は所謂業界の裏事情には詳しく無いが、ちあきさんはかなり難しそうだ。次に前川さんであるが、昨年デビュー50周年を迎えた氏のナマ唄は、一昨年10月のRECONTRE FAN 2022〜Saikaiにて運良く聴くことが出来た。残るは真梨子さんである。しかし、その彼女は年齢と体調等を理由に、引退ではないものの今年初めに40年以上も続けたライフワークとも言える全国ツアーの休止を宣言し、休養に入ることがアナウンスされていた。もう、望みは絶たれたと思っていた今夏過ぎ頃だったか、全国数カ所(結果的にはこの12月中に全8箇所)でのディナーショーが開催されるというニュースが飛び込んで来た。私はその報に触れ文字通り狂気乱舞したが、その入場料たるや(ディナーショーの相場はよく知らなかったが)かなりの高額故に躊躇してしまい即断せずに時間ばかりが経過してしまった。しかし秋口に入り思い直した。私にとって真梨子さんがかつて在籍した当時のペドロ&カプリシャスのアルバムは私が小学生の頃初めて自ら買ったLPであり、それ以外私には珍しく一枚のLPもCDも所有していないながら長らくその表現活動について思い焦がれた存在であり、このチャンスを逃すと絶対後悔すると確信し意を決して予約をいれたというのが経緯である。

まあそれらはそうとして、話を前に進めよう。
今日の現場のことだ。何せ私にとっては初めてのディナーショー。勝手がよく分からない部分はあるが、タイムテーブルは事前告知の予定通りにほぼ進行していった。
18時、受付開始だ。会場のボールルームは1,193㎡の広さに10人掛けの円卓が54個並べられており壮観。私が案内された51番テーブルは予約タイミングが遅かったこともありステージからは一番遠い位置。そのテーブルの私の席は時計の針の6時だったため、最後尾からの鑑賞体制。その後90分のフランス料理フルコースタイムを経て20時に客電が落とされいよいよショータイムの開始。

先ずは真梨子さんの夫君:ヘンリー広瀬氏(key/reeds)率いるヘンリーバンドの面々(コアは8人でその後楽曲により増減)が登場した後、ややあって真梨子さんが舞台上手奥から登場した。コスチュームは鮮やかな紫色のドレスだった。満員御礼約560名の感客が固唾を飲んで見守る中流れて来たのは〈桃色吐息〉。続けて短いMCを挟み、ペドロ&カプリシャス時代の代表曲〈ジョニィへの伝言〉から〈五番街のマリーへ〉と続く。

声の伸びも申し分無い。その後も中盤に〈ごめんね・・・〉〈はがゆい唇〉等の代表曲を配置しつつ、客席のテンションを維持させたまま終盤にはアップテンポの〈ハッピーエンドは金庫の中〉〈グランパ〉を連ね、充実の本編はきっちり1時間の中で実に14曲!を披露した後で満場のアンコールに応え、しっとりとした〈for you〉で締めたステージは流石超一流のエンタテイナーの構成力のなせる技と言えた。

確かに、私が普段出入りしているジャズのハコの拘り抜いた音響に比して、今日の大箱のPAの大味さや、終盤のアップテンポ曲の際の客席ほぼ総立ちでの一糸乱れぬ振り付けによるエールにみられたステージと客席との予定調和の場面など、私個人的には好みでない部分はあったものの、真梨子さん自身「このクリスマスの時期に自分はクリスマスソングは演らない代わりにお届けした」と語ったリード楽器三管仕立てのアレンジによる〈star dust〉や〈unforgettble〉等を(確かに嬉しい宝石のようなヒット曲と共に)意欲的にセットリストに組み込んだ点は好印象を受けたことは確かだった。

いずれにせよ、「私はお客様から元気を頂いて、来年もまたここで歌いたいと思います」と語った真梨子さんの力強いコメントと共に私は表現者としての気高き矜恃のようなものを強く感じずにはいられなかった。昨今、NHK朝ドラに端を発して戦中/戦後のブルースの女王、スイング/ブキの女王が話題になっているようだが、現代を生きる抒情歌の女王 髙橋真梨子はやはり音楽界に無くてはならない存在だと強く思い知らされた時の移ろひだったと今振り返り強く感じている。

尚、ヘンリー広瀬さん及びHENRY BANDの写真は真梨子さんの公式 HPより拝借させて頂きました。

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#374 12月15日(金)
つくばカピオホール
https://www.tcf.or.jp/capio/
「特別な一日」:山下洋輔 (p) カルメン・マキ(唄/語り/鳴り物)水谷浩章 (b)

待望の現場が続く2023年師走のLAL。
今宵は、つくばカピオホールにて開催された「特別な一日」公演を聴いた。

山下洋輔(P)カルメン•マキ(唄/語り/鳴り物)水谷浩章(B)

この御三方によるまさにスペシャルな顔合わせは、当年3/31名古屋の老舗ライブハウスTOKUZOでの一夜限りの初演に対する熱烈再演の声を受けたものであった。実は私もその夜には是が非でも馳せ参じたかったのだが、経理マン故の年度末決算真最中の日程と、障害者故の移動距離の遠さ等から涙を飲んだ経緯があり、今回の再演の報に触れ、つくばエキスプレスに乗れば都心部秋葉原からわずか約1時間の行程。昂まる想いを胸につくばへと駆け付けたという次第だ。

果たして、開場と同時に飛び込んだ今宵の現場となったカピオホールは、’04、NYCのMOMA増改築を手掛けたことでも知られる世界的な建築家谷口吉生氏の設計によるものであり客席は3層のバルコニー席を含めフルキャパ約400席に及ぶ間尺も程よい空間。舞台下手にフルコンのグランドピアノ、中央に一本のマイクスタンドと各種鳴り物が置かれた台、そこからやや上手後方にコントラバスが横置きにされて主人達の到着を静かに待っていた。そうしてほぼ満席の聴き人が固唾をのんで見守る中 、定刻19時に客電が落ち、今宵の主役達が下手から舞台に登場した。水谷さんは紫色のワイシャツに黒のパンツ、山下さんはトレードマークの白装束に黒のベスト、マキさんは黒のドレスに黒のベレー帽を被り首からはエスニック風(遠目からなので恐らく)のネックレスという出で立ち。

そこで幕開けの〈戦争は知らない〉が流れて来たその瞬間、大袈裟ではなく私の眼前の景色が変わった。以降途中15分の休憩を挟んだ約2時間、アンコールも含め充実の全11作品が披露された今宵のステージを通して、私は音というよりも御三方の描く風景の中を彷徨った。水谷さんのカウントで開始された〈かもめ〉は、山下さんの中低音を中心にした粋なフレーズも冴えて三者が皆静かに熱くスイングしていたし、マキさんの語りでスタートした寺山修司詩作〈パンドラ〉は水谷さんのしなやかに過ぎるベース捌きに導かれながらいつしか山下さんの代表曲〈kurdish dance〉へと絶妙なシンクロを遂げて行ったし、2ndセット2曲目山下さんがマイクを握り「グレイト・シンガー!」の掛け声と共にマキさんを呼び込んだ後で繰り出した〈the man i love〉は極上のバラードに仕立てるなどなど、印象に残る場面は限りなく沢山あったことは事実である。しかし、そこではこんな言い方は僭越に過ぎるかもしれないが、今宵私にとって重要だったのは、何が演奏されたかではなく、誇り高き稀代の表現者達が再び相まみえ一夜に集い終始高い緊密度に律せられた三つ巴となって大きな空間を完全に自分達の掌中に収めながら(中でもこれまで数多く触れて来たマキさんの現場の中では初のホール公演だったためいつもの小さめのハコとはまた一味違った客席への声の飛ばし方に度々刮目させられたのだが)想いの丈を存分にかつストレートに吐露しあった、その事実こそがこのヒトモノ皆不確実な時代にあって私の胸に強く迫り来た。そのことが同じ時空を共有出来た者のひとりとして何よりも嬉しかったのである。その意味でもまさに「時別」な夜だった。

最後に、今宵は御三方の演奏以外にもスペシャルな風景に遭遇したので以下に書き記して置きたい。「ロビー企画」のミニギャラリーでは今宵の舞台美術も担当された造形家 渡辺晃一氏による山下さん等の「手」を型取りした作品群(添付写真の順に山下さん、大野一雄氏、日野皓正氏、ボブ・ジェームス氏、山口昌男氏)が展示されており、各々に見応えのある作品鑑賞の時間は開演時間迄の格好のプロムナードとなった。また2ndセットの演奏中、1stセット途中に舞台後方に降ろされた薄手の緞帳の裏側にはまるで影絵の様に大振りの草木を活け続ける本日のスペシャルゲストである華道家 小春丸氏の姿があった。結果的にはそうして完成した一対の作品がアンコールに応える演者を迎える粋な図らいとなったのだが、定位置に着いた三者から出た音は、なんと〈時には母のない子のように〉だった。繰り返しになるが、まさに「特別」な一日だった。

※尚、下記演奏中の写真は、柴田大輔氏が撮影されたものを、当夜の主催者:「特別な一日」実行委員会 野口修氏のご厚意により拝借したものを掲載させて頂いております。因みに野口氏は、1979年~2000年につくばにあった伝説の「表現を追求するスペース」:「クリエイティブハウス・アクアク」の元主宰者。

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小野 健彦

小野健彦(Takehiko Ono) 1969年生まれ、出生直後から川崎で育つ。1992年、大阪に本社を置く某電器メーカーに就職。2012年、インドネシア・ジャカルタへ海外赴任1年後に現地にて脳梗塞を発症。後遺症による左半身片麻痺状態ながら勤務の合間にジャズ・ライヴ通いを続ける。。

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