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Live Evil 稲岡邦弥No. 242

LIVE EVIL #35 「藤原清登トリオ@Body & Soul」

2018年5月24日 青山 Body & Soul

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
photo by Izuru Aimoto 相本 出


藤原清登トリオ

藤原清登 bass
冨川政嗣 drums
今村真一郎 piano

いつもはオリジナル中心でアルバムを構成する藤原清登がカバーを中心に、しかもロック、ポップの大ヒット曲をカバーしたアルバムをナマで披露するというので久しぶりに悠雅彦主幹と連れだった青山のボディ&ソウルに駆けつけた。
何を隠そう、悠主幹はそもそも80年代に藤原清登をNYで見出し、自身のレーベルWhyNotを通じてデビューさせた実績を持つ(『マンハッタン・グラフィティ・フォー/MG4』)。このグループは後にコンテンポラリー・ジャズのキー・アーチストのひとりとして活躍することになるケニー・ギャレット(as)を擁していた。僕自身はというと、このグループの日本ツアーを引き受けた後に、1994年NYで彼らの第4作『MG4スペシャル/ライヴ・アット・スウィート・ベイジル』(TDK Core) をプロデュースすることになる。このときは、スーパーヴァイザーとして悠主幹、ヴォーカリストとして橋本一子が日本から参加した上、スペシャル・ゲストとしてキース・ジャレットに依頼し息子のゲイブリエルをコンガ奏者として起用した。エンジニアはグラミー受賞のデイヴィッド・ベイカー、VTRは在米のカメラマン常盤武彦という万全の布陣を敷いた。

藤原清登にはその後も阪神淡路大震災被災者支援ベネフィットCD『レインボー・ロータス』(1995) に音源<Boy and Beauty>の提供を受けたり(この演奏のアルト奏者は今は亡きトーマス・チェインピンである)、2012年には東北大 震災被災者支援チャリティ・コンサートのためにミラノに飛んでもらったりしている。ミラノでは、坂田明とイタリアの鬼才アンドレア・ツェンタッツォと即席のトリオを組み、忘れ得ぬ名演を残した。ながらく彼を聴き続けている者のひとりとしてこのミラノの演奏で彼は一皮むけたと実感した。つまりその道の先達ふたりと相見えることにより眠っていたインプロ・スピリットが覚醒されたと言えば良いだろうか。アンドレアもこの演奏に惚れ込み突如『Bridges-橋-』として自身のレーベルでミニ・アルバム化し、藤原自身はといえば、数年前のことだが自らがプロデューサーの一角を務める「Jazz Artせんがわ」にアンドレアを招聘しこのトリオを再現したのだ。

藤原がファンキー・グルーヴをキー・ワードにアルバムを制作したのは今回が2作目である。1作目は2013年の『I’ll Catch the Sun』(Gargantua) で、いきなりナンシー・シナトラの大ヒット<にくい貴方>が飛び出し大いに驚き、次いで久保田早紀の<異邦人>でさらに驚いたのだった。しかし、彼のファンキー・フィーヴァーはキング・レコード時代の『Jump Monk』(2008) に端を発しており、さらに遡れば21歳でホレス・シルヴァーのグループに参加した時点でホレスからファンキーのDNAをしっかり受け継いでいるのだ。その証拠に、彼はその後のアルバムで度々ホレス・シルヴァーのファンキー・ナンバーを取り上げている。アカデミックな顔立ちとは裏腹に香川県高松生まれの彼には生来ファンキー・スピリットが宿っているのかもしれない。

但し、今回のアルバム『Koffee Crush』が従来と異なるのは、1回限りの企画ものではなく、日本人で固めたワーキング・トリオであることだ。前作はイタリアからピアニストを、NYからドラマーを呼び寄せて結成したトリオでライヴ活動もままならないものだった。ドラマーの冨川は藤原と同郷で、NYのドラム・スクールを卒業、十数年NYでもまれてきたファンキーな顔立ちがお似合いの職人肌の男と聴いた。ピアノの今村は、ジョー・サンプルに憧れてジャズ・ピアノを弾き始めたというが、2008年度「横浜ジャズコンペティション」でベストプレイヤー賞・グランプリ・横浜市民賞の三冠を獲得した逸材という。藤原のトリオでは意図的にか粘りのあるアーシーなピアノを弾いていた。もっともあの年齢を感じさせない藤原のパワー・プレイに対抗するためには生半可なパワーでは対抗できない。この夜、藤原はアルバムのオープナーでもあるモンキーズの<I’m a believer>で幕を開けたが、頭から驚くほどのエネルギッシュな演奏を聞かせた。彼のテクニックは今更いうまでもないことだが、このパワーが最後まで続くのかと心配するほどの入れ込みよう。NY滞在30年、生来の生真面目さもあるものの生き馬の目を抜くNYのジャズ・シーンを生き抜いてきた名残だろう。冨川のドラミングにも同じことが言える。数少ないバラードでは繊細なハンド・ドラミングを見せたが、多くの曲では強烈なファンク・ビートを叩き続けた。当夜は他に新作にも収録されているT.レックスの<20th Century Boy>やエディ・コクランの<Summertime Blues>、ショッキング・ブルーの<ヴィーナス>など往年のロックのヒットナンバーがファンキー・ジャズに姿を変えて披露された。ジャズ・ライヴには珍しく文字通り身体いっぱい元気をもらった一夜だったが、いちばん楽しんだのはかつてのロック少年、藤原清登だったかもしれない。

追)いささか先の話だが、7月15日 白楽のジャズ・バー「Btches Brew」で藤原清登が坂田明と再会するとのこと。
あの劇的なミラノの一夜が再現されるのだろうか。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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