#19 長編ドキュメンタリー映画『健さん』
text by Kenny Inaoka 稲岡邦弥
2016年7月14日 六本木・アスミックエース
出演:マイケル・ダグラス マーティン・スコセッシ ポール・シュレイダー ヤン・デ・ボン ジョン・ウー 降籏康男 澤島忠 山田洋次他
監督:日比遊一
配給:レスペ
まもなく3回忌を迎える俳優・高倉健の長編ドキュメンタリー映画『健さん』の試写を観た。
僕はとくに高倉健のファンでもなく、彼の映画を追いかけてきたわけでもない。半年ほど前にクラシック・カー(ランボルギーニ・ミウラ)のことであるベテランの外車ディーラーを紹介されたところ、彼が10年ほど高倉健を担当、その間9台の外車を買ってもらったという話を聞かされた。高倉健は熱狂的なクルマ・ファンだったのだ。深夜の東名を超高速で試走させたこともあったらしい。
それからまもなく、20年間高倉健を撮り続けてきたという専属カメラマンを紹介された。高倉健の東日本大震災の復興に寄せる思いを写真展を通じて果たしてあげたいという。両手に水の入った大きなペットボトルを提げ、ガレキの中を歩く小学生の写真を台本の裏表紙に貼り付け持ち歩いていたという高倉健のエピソードはよく知られている。思い付きで、外車ディーラーとカメラマンを呑み屋で引き合わせたところ、ふたりの故郷が隣村同士だったというハプニングもあった。
NYの日比遊一から『健さん』というドキュメンタリーを撮ったのでと、試写の案内メールが届いたのはそれからまもなくのことである。日比は若くしてNYに渡り、俳優を経てカメラマン、映画監督と映像の世界へ進んだ男である。スチルは圧倒的に影の割合の多い玄人受けのする写真を持ち味とする。十数年前のことだがNY滞在中に日比の個展が開かれ、アメリカン・クラヴェのオーナー・プロデューサー、キップ・ハンラハンを誘ったところ日比の写真に惚れ込み、クラヴェの新作数点のために新撮を依頼されたと聞いた。日比がアメリカのシナリオライターと共同で書き下ろした脚本を2本翻訳し、日本の映画製作会社何社かに持ち込んだものの、これは実現しなかった。日比からの連絡はそれ以来の突然のもので、しかも高倉健のドキュメンタリーを演出したと聞き、思いがけず深まりゆく高倉健との関わりに一瞬たじろいだのは事実である。
映画のイントロは大阪・道頓堀の雑踏から始まるが、アンダーに抑えた白黒の処理はまさに日比の世界だ。インタヴューで登場する海外(ハリウッド)組の人選は高倉健の出演作中心とはいえ、ここまでクローズアップするのはバイリンガリストで映画人の日比ならではだろう。彼らに共通する視点は高倉健をひとりのアーチストとして捉え、つねにリスペクトの眼差しを湛えていることである。そして俳優.高倉健のみならず、人間・高倉健についての分析の的確さ、分析力の高さは、ひいては映画人としての彼らのレヴェルの高さを物語っている。彼我の映画産業の歴史、規模、質の格差に思いを馳せざるを得ないファンも多いだろう。僕自身ははしなくも彼らが語る高倉健像を聞いて、高倉健への文化勲章の授与に初めて得心した次第である。
翻って日本側の出演者が語る内容はエピソードが多く、それはそれで高倉健という俳優の人間性を知る縁(よすが)となる。なかでも圧巻は公私にわたって高倉の世話をしていた人物の息子の披露宴に出席した高倉健の餞(はなむけ)の挨拶。ホームビデオの公開らしいが、まるでシナリオに沿った映画のワンシーンのようで思わず目頭を熱くした。
http://respect-film.co.jp/kensan/
高倉健、日比遊一、キップ・ハンラハン、東日本大震災