Live Evil #45 リサイタル・シリーズ Vol.2「山下洋輔vs鈴木優人」
text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
photo:2/FaithCompany
2022年3月31日(木)19:00開演
東京芸術劇場コンサートホール
芸劇リサイタル・シリーズ
「VS」 Vol.2 山下洋輔 × 鈴木優人
第1部
J.S.バッハ/平均律クラヴィーア曲集より第1巻第1曲プレリュード
モーツァルト/ロンド イ短調 KV511 (鈴木ソロ)
コズマ/枯葉 (山下ソロ)
山下洋輔 オリジナル/エコー・イン・グレー|竹雀
ビル・エヴァンス/ワルツ・フォー・デビイ
第2部
ガーシュウィン/3つの前奏曲
ガーシュウィン/ラプソディ・イン・ブルー
アンコール:
クシコスポスト
キアズマ
リサイタル・シリーズの第1回は出演者のひとり、反田恭平がショパン国際ピアノコンクールで二位となりたちまちソールド・アウトとなったそうだが、第2回に予定されていた本公演は出演者のひとりがコロナ感染の濃厚接触の疑いとなり延期、第3回塩谷哲vs大林武司に先をこされる結果となった。とはいえ、延期となった本公演も約2000の客席がほぼ満席となり、VSシリーズの人気の高さを窺わせた。考えてみれば、VSシリーズではステージに上がるのは基本的にふたりで「密」の心配はまったくなく(それでも、トークの合間に鍵盤や椅子のアルコール消毒が行われていた)、出演者二人で2000の客席が埋められれば、これほどコスト・パフォーマンスの高い企画はなく、苦肉の策とはいえまさに「瓢箪から駒」が出た名案と言えるのではないだろうか。
山下洋輔と鈴木優人の「対決」を聞かされた時、すでに80を超えた山下は働き盛りの鈴木に対し同じ体力勝負のピアニストとして相当分(ぶ)が悪いのでは、と案じたものだった。第1部の1曲目はバッハの<プレリュード>で、弾き出した鈴木のピアノの音色がとても丸みを帯びた暖色系であるのに対し、山下のタッチが冷たく鋭角的であることに驚き、この印象は最後まで変わらなかった。あるいは、クラシック系と(フリー)ジャズ系のしかも歴戦のピアニストの違いによるものだろうか。鈴木が背筋を伸ばしピアノをパートナーとして正体しているのに対し、山下はいつものようにややクラウチングでピアノに対峙してるかのような印象を受けたのだ。続く1曲ずつソロ演奏があったが、山下が演奏する<枯葉>はいつになく重厚感と強い構築感の内容で考え抜かれた内容を露わにした演奏だった。続く山下のオリジナル2曲とビル・エヴァンスの<ワルツ・フォー・デビー>は二人の合奏ではなく、単独の解釈で聴きたかった。とくに、<雀竹>はピアノのハイ・レジスターとロー・レジスターだけを使ったジョン・ケージを想起させる曲で、ハイは雀のさえずり、ローは竹のそよぎを意識した即興演奏の指定があるそうだが、二人で演奏すると正直なところ興味が半減した。
二部はガーシュウィン特集。とくに<ラプソディー・イン・ブルー>は山下がすでに自家薬籠中のものにしており、二人が学んだ麻布学園のOBによるオーケストラでは、山下をソリストに迎え鈴木が指揮をするコンサートが何回か催されており、当夜は鈴木がオケの代わりにピアノで山下と対峙した。手の内を知り尽くした二人の共演とあってか残念ながら予想以上の新鮮味や刺激を得ることはできなかった。
当夜の随一のご馳走はアンコールの2曲。1曲目の<クシコスポスト>(この曲名がなかなか思い出せず帰路のバスの中でふっと浮かんできた)では途中でピアノを止め聴衆の手拍子を誘い出した山下がアッチェランドをかけ鈴木を追い込んで馬車を爆走させ、2曲目の<キアズマ>では山下がお約束の乱打と肘打ちを連発、鈴木もここぞとクラスターの乱打で対抗、羽目を外した一幕。
半年ぶりに再会した本誌の悠雅彦主幹とも感想が一致したので僕だけの偏見ではなかったようだ。鈴木が先輩の山下を忖度し過ぎたのか、あるいは百戦錬磨の山下が優等生の鈴木の調教を企んだのか真相は不明だが、クラシック・フィールドのご意見も伺いたいところだ。なお、山下が曲によりスコアをチラ見していたのに対し、鈴木はタブレットへの素早いタッチで譜めくりをしていた(最近よく見かける)が、アナログ世代とデジタル世代の対比が興味深かった。但し、アイコンタクトの妨げになるからだろう、どちらも譜面台を立てずにスコアやタブレットを平置きにせざるを得なかったのは気の毒だった。