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Jazz and Far Beyond

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Live Evil 稲岡邦弥No. 296

Live Evil #46 越境のコンサート・シリーズ Beyond Vol.1 「Cinema シネマの情景」

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
photos:courtesy of Plankton

2022年11月14日 渋谷クラブ・クアトロ 18:30~21:30

1 スガダイロー・ソロ
2 渋谷毅&仲野麻紀デュオ
3 喜多直毅&黒田京子デュオ
4 畠山美由紀 with 笹子重治


Beyondと銘打たれた3回にわたる越境のコンサート・シリーズの第1回目を聴いた。3回の中では最もジャジーな感じで、出演者もシンガー・ソングライターの畠山美由紀を除いてはジャズ/インプロ系のミュージシャンたちである。仲野麻紀をジャズ・ミュージシャンと捉えるかどうかは異論のあるところだろうが、彼女の作品を聴くとスピリットは明らかにジャズだし、何より彼女自身が越境のひとであることは彼女のキャリアを一瞥すれば分かることだ。何れにしても、そういうジャンルにこだわること自体がこの企画イベントの趣旨に悖ることで、プロデューサーのプランクトン川島恵子女史の眉をひそめさせることになる。この1回目について言えば、ジャズ、インプロ、ワールド・ミュージック、J-pop、ブラジルとそれぞれ異なる分野で活躍するミュージシャンを集め、同じステージに上げ、それぞれの固有のファンに他のジャンルの音楽も聴いてもらおうということだ。ファンはおろか、ミュージシャン同士も初めて顔を合わせるという例もあるはずだ。ただジャンルの異なる演奏を聞かせるだけではプロデューサーの役割は果たせない、そこに「シネマ= 映画」という縛りをかけて初めて企画が成立する。プロデューサーの存在意義が認められる。
ところで、会場のクラブ・クアトロ。西武=セゾン系の小屋で、PARCO Part3に続いてオープンしたので4を意味するクアトロと名付けられたと記憶する。オープンはバブル景気の真っ盛りの頃。しばらく足が遠のいていたので久しぶりに名前を耳にして心が躍った。ホールは5階にあるのだが、ここに限ってはエレベーターを使わず階段を上ることをお勧めする。黒塗りの細い階段を一段上がるごとに異次元の世界に近づいていく独特の雰囲気を味わえるからだ。チープなライトが交差するステージは高くフロアはスタンディング中心の作りでまさに「クラブ」仕様だ。コインロッカーが360個用意されているというのも充分うなづける話だ。
さて、オープナーはスガダイローのソロ・ピアノ。思わせぶりなBGMに乗って登場したスガはハットにコートを羽織り黒ずくめという出立ち。「小学生の頃から好きだった黒澤明の映画にちなんだ曲を弾きます」と告げてピアノに向かう。メロディらしきものを提示してフェイクし、あるいは即興に持ち込み、時に得意のカスケードを織り込み、きっかり30分、一度も手を休めることなく弾き通した。風のようにやってきて、風のように去って行く、黒澤映画の浪人を意識したか。
2番手の渋谷毅と仲野麻紀のデュオは、10/09の伊香保 World Jazz Museum 21の初演に続く2度目の体験。伊香保ではそれぞれのソロとデュオが各30分ずつで「日本のエスプリとパリのエスプリが出会うひととき」を充分堪能したが(ちなみに、この時の演奏を抜粋したアルバムが来春リリースされる予定)、30分の持ち時間では彼らの良さが充分伝わったかどうか。<ウスクダラ>や<ロシュフォールの恋人たち><危機的時代の恋愛作法>など「映画」にこだわりを見せた選曲だったが、続く二組のデュオと違い二度目の協演の彼らには新鮮味と同時に危うさも垣間見られたが、オーディエンスにすべてが好意的に取られたのは彼らの人柄の反映か。渋谷さんがスモークにやられたのかヴォーカルの途中で咳き込む一幕もありつつ唯一アンコールを求められる反応が出たのも意外だった。エリントンの<イスファハン>で開け、アンコールの<ロータス・ブロッサム>で閉じた彼らはやはりジャズ・ミュージシャンだった...。
3番手のヴァイオリン喜多直毅とピアノの黒田京子のデュオは20年近いキャリアがあり、CDも3作リリースしているというだけあり、水も漏らさぬ緊密ぶり。僕が何年も前に下北沢のレディ・ジェーンで喜多を聴いた時は、遅れてステージに上がり「ちょっと、ひっかけてきました」と白状するノンシャランぶりだったが、今宵の喜多ときたらどうだ。高度なテクニックを織り込んだ最高にスタイリッシュな演奏を聴かせたのだ。黒田も先入観を裏切るような感情移入ぶりを見せ、それは大きな身振りにも顕著だった。彼らはデ・シーカの名作「ひまわり」のテーマで幕を開けることで「映画」の縛りを果たしたのだが、この映画はウクライナで撮影されたこともあり、意義があったといえよう。
最後に登場したシンガー・ソングライターの畠山美由紀とギターの笹子重治はどちらも初めて耳にしたが、長いコンビのキャリアがあるという。彼らの映画の縛りは不明だったが、エリス・レジーナなどブラジル系の歌を中心に彼女のオリジナルを交えたレパートリー。畠山は豊かな声量とよく通る声質を持ち、技量の高い笹子のギターとともに当夜のトリを取るに相応しいデュオだった。畠山がその実力を十二分に発揮したのが、アンコールで歌った八代亜紀の演歌<おんな港町>だった。少なくとも僕の耳にはそう聞こえた。あるいはポルトガル語で歌うブラジルものより日本語の演歌が親親しみやすいというアドバンテージを抜きにしても、この曲での彼女の歌唱力は圧倒的だった。イントロと間奏を吹いたドスの効いた仲野のアルトも聞きものではあったが。いずれにしても、畠山は演歌を歌ったCDもリリースしているそうでぜひとも聴いてみたいと思わせる歌いっぷりだった。彼女の最新作は藤本一馬との協演(別項参照)ということで、彼女もまた”越境のひと”だったのだ。
アンコールに参加した仲野からハグされた畠山が隣の笹子をこの時とばかりハグした時の笹子の困惑顔、彼の素朴な人柄が垣間見られこれも忘れられないひとコマとなった...。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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