Live Evil #009 ミャンマー(ビルマ)の伝統音楽の魅力~
サインワイン・アンサンブル:演奏と歌とダンスの織りなす世界
text & photos by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
2014.11.19@四谷・上智大学図書館
講師&歌:高橋ゆり(シドニー大学)
踊り:熊谷幸子/タンゾウ
冒頭、上智大学アジア文化研究所の所長が高橋ゆりさんは3つの顔をお持ちであると紹介された。ミャンマーの伝統音楽の研究家、ミャンマー伝統音楽の歌手、それにシドニー大学で日本語を教える教師。ミャンマーの伝統音楽に関わってすでに20年以上が経つそうだが、日本語教師歴はさらに長く、ビルマ人(当時)のグループに日本語を教える過程からビルマの伝統文化に興味を持ち出したと告白された。
前半はビデオを交えながらのミャンマーの伝統音楽の流れとサインワイン・アンサンブルについて。ちなみにこのビデオそのものも高橋さんが師のイェーナインリンと自主共同制作したものでビルマの伝統音楽を理解するためには絶好の資料と思われる(2年ほど前に高橋さん自身にJazzTokyoで紹介していただいた;http://www.jazztokyo.com/five/five958.html)。講義の詳細をお伝えすることは専門外の私には手に余るので、JTの読者にも興味があると思われる部分をかいつまんで書き記したい。バリのケチャなどで知られるインドネシアの音楽ではゴングが中心だが、ミャンマーは太鼓が中心であること。サインワインはその象徴的存在で、粘土で調音された21個の大小の太鼓を環状に吊るした中に奏者が入って演奏する非常に高度な技術と音楽性を要求される伝統楽器で、サインワインをマスターした奏者が楽団のリーダーとなる。伝統音楽の伝承と伝播のためにセインボウティン師が20世紀後半に西洋音楽の旋法を取り入れたが賛否相半ばしたこと。現代の若者はMポップ(Bポップ)に熱を上げ、伝統音楽は敬遠。演奏される場はパゴダ(ミャンマーの仏塔)の祭りなど仏教関係のイベントに限られていること、など。
高橋さんは歌手としては当夜が日本デビューとのことだが、素晴らしい熱唱だった。ダンサーは変われど高橋さんはほとんど1時間歌い放し、しかもすべて暗譜である(口承芸能なので譜面はないのかも知れないが)。内容は仏教の教えからいわゆる世話物まで。世話物はおそらく新作だろう。ミャンマー語はまったくわからないが、彼女のミャンマー文化にかける想いの結晶のようなステージに胸を熱くした。当夜の参会者は100人近く。ミャンマー文化、とくに伝統音楽に多くの人たちが関心と興味を抱いている事実にも驚いた次第。
ところで、当夜の参会者のほとんどは知らない彼女の第4の顔がある。彼女はECMファンにはおなじみのピアニスト、マイク・ノックのパートナーなのだ。
マイクはニュージランドの出身、アメリカで活躍したのちオーストラリアに渡り、現在はシドニーを拠点にオージー・ジャズ(オーストラリアのジャズ)の発展に寄与している。毎年のように現地ミュージシャンと共演した素晴らしい新作を発表しており、東京ジャズで披露しているほか、当誌でも紹介させていただいている。マイクの活躍も高橋さんのサポートあってこそと思われるが、高橋さん自身にも2年ほど前、当地のワンガラッタ・ジャズ・フェスの詳細なレポートを寄稿いただいたことがある(http://www.jazztokyo.com/live_report/report483.html)。
高橋ゆりさんは間違いなく日本女性の鏡のような存在である。
*初出:JazzTokyo #203 (2014.12.17)