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Reflection of Music 横井一江No. 262

Reflection of Music Vol. 72 アレクセイ・クルグロフ


アレクセイ・クルグロフ in 東京 2020
Alexey Kruglov @Ftarri, Tokyo, January 18 & 19 / Koen-Dori Classics, January 20, 2020
Photo & text by Kazue Yokoi 横井一江


80年代のことである。イギリスのLeo Recordsからリリースされた『Live in Germany』でガネーリン・トリオ[ヴャチェスラフ・ガネリン(p)、ウラジーミル・チェカーシン(sax)、ウラジーミル・タラーソフ (ds)]の存在を知った。まだ東西冷戦下だったその時代、メロディア盤こそ専門店を通して日本に輸入されていたものの、ソ連のジャズなど知る由もなかった。だから、ソ連に所謂フリージャズ、つまり進歩的なジャズを演奏するミュージシャンがいることを驚きをもって知ったのである。Leo RecordsはロンドンのBBCで働くロシア人レオ・フェイギンが興したレコード会社で、ガネーリン・トリオだけではなく、セルゲイ・クリョーヒンなどのアルバムを次々とリリースし始めるのである。

私の耳を最初に捉えたロシア人グループがガネーリン・トリオならば、目を見開かせられたのはセルゲイ・クリョーヒンのポップ・メハニカだ。たまたまNHK教育テレビ(当時)で放映していたBBCドキュメンタリーでクリョーヒンを取り上げていて、ポップ・メハニカの映像も少し流れた。それを見て、LPを聴き、いつか彼らのステージを見ることが出来たらさぞかし愉快だろうと思ったのである。ソ連でペレストロイカ、グラスノスチが始まり、世界の視線がソ連に向かい始めた頃のことである。1987年の<東京の夏>音楽祭にはソ連のプロ・ジャズ演奏家第1号という触れ込みでピアニストのレオニード・チジックが招聘され、レジー・ワークマン、エド・ブラックウェル、梅津和時と共演した。そして、1989年に高橋悠治が「開かれた地平」と題したソ連、アメリカ、日本のミュージシャンが共演するというイベントを開催するのである。出演者は、ソ連からセルゲイ・クリョーヒン、ウラジーミル・チェカーシン、ウラジーミル・タラーソフ、ワレンチーナ・ポノマリョーヴァ、アメリカからジョン・ゾーン、ビル・ラズウェル、そして高橋悠治、三宅榛名、梅津和時、高橋鮎夫だった。この企画自体インパクトがあったが、それ以上に衝撃を受けたのが同年のメールス ・ジャズ祭に出演したクリョーヒンのポップ・メハニカだったのである。それは、もしこの世を去る間際に一生で観たライヴ/コンサートのベスト10いやベスト5を挙げるように言われれば、絶対その中に入れるに違いない忘れ得れないパフォーマンスだった。本連載の最初がセルゲイ・クリョーヒンなのもそれ故である(→リンク)。

前置きが長くなってしまったが、それには訳がある。アレクセイ・クルグロフは、レオ・フェイギンに「クルグロフはガネーリン・トリオの真の継承者だ」(*)とまで言われたミュージシャンだからだ。現在のロシアのジャズ・シーンではコンヴェンショナルな演奏をするミュージシャンがやはり中心のようだ。だが、クルグロフの表現はロシアの前衛ジャズ/フリージャズの特色を引き継ぐものといえる。その要素のひとつにパフォーマンス性がある。それは、ポップ・メハニカがヨーロッパをツアーした時に評論家が総じて「シアター的な」と表現したそれであり、ウラジーミル・チェカーシンやウラジーミル・レジツキーのグループ・アルハンゲリスクが日本公演でも見せたパフォーマンス性に通じるものだ。なぜそのような特色があるのか。それにはソ連時代の音楽を取り巻く状況、LPはあまり流通していなく、ライヴを通じて大衆にアピールしなければいけなかったということも関係していたに違いない。時代は変わった。1979年生まれのクルグロフはガネーリン・トリオやポップ・メハニカは観ていないという。それもその筈、彼らが活動していた頃、クルグロフはまだ10歳になるかならないかだ。だが、残された音源などから彼らの演奏/パフォーマンスを研究したのである。時代が変わってもこのような傾向が継承されているのは、演劇など他分野との距離感が日本に比べるとより近いからではないのだろうか。クルグロフの文芸に対する関心も高く、自身も詩を書き、役者としても活動している。
*キリル・モシュコウ、Toyotsky O 訳「肖像:ロシア・ジャズのネクスト・ジェネレーション1 アレクセイ・クルグロフ」『JAZZ PERSPECTIVE』vol. 18  DU Books  2019年

サックス奏者としては、グネーシン・ロシア音楽アカデミーのジャズ課程で学んでおり、コンヴェンショナルなジャズ演奏も上手い。だが、サックスからマウスピースを外して直接吹いたり、あるいはマウスピースだけ吹くとか、数本のサックスを咥えて同時に鳴らすなど、拡張的な奏法もよく用い、ジャズ・イデオムに捉われない演奏をしている。既にSoLyd Records、Leo Records、ArtBeat Music、FANCYMUSICなどから60枚ものCDを出していて、先輩ミュージシャン、タラーソフとのデュオ、ガネーリンとグループ・アルハンゲリスクのドラマーだったオレグ・ユダーノフとのトリオ、またヨアヒム・キューン (p)、サイモン・ナバトフ (p)、フリッツ・ハウザー (ds) など欧州在住のミュージシャンとの共演、そして自身の多分野横断型プロジェクト「クルグリー・バンド」など、多彩な活動がそこから窺える。昨年来日し、JAZZ ARTせんがわ他で演奏したセカンド・アプローチ・トリオの アンドレイ・ラジン (p, per, vo) やタチアナ・コモーヴァ (vo, per) が参加した盤もある。

今回の来日は、ロシアの文化・文学・演劇他の諸芸術、フォークロアをテーマとする研究チーム「ジャズ・ブラート」(鈴木正美:新潟大学教授、他)の招聘ということもあり、東京 Days の1日目、2日目は講演も行われ、ロシアのジャズの現場を当事者から話を聞くまたとない機会となった。海外ミュージシャンが単独で来日し、日本人ミュージシャンと共演を重ねることはよく行われているが、セッションを楽しむのはよいとして、出来としては明暗が分かれたりする。今回、東京 Days は3日間あったが、共演者の人選はクルグロフの音楽性を踏まえたもので、彼の音楽の異なった側面を目の当たりにすることが出来、通して観ることによって音楽家像が浮かび上がるよい企画だった。Day 1 はロシアでの共演経験があるという河崎純 (bass) とのデュオ。この日は朗読を交えながら、ロシア未来派詩人マヤコフスキー の詩「ぼくは愛している」に基づいた作品やウラジーミル・ヴイソツキーの「大地の歌」と「オオカミ狩り」を演奏。「ぼくは愛している」はパリンドローム (回文)になっているそうで、後半には朗読に観客も参加させる形でのパフォーマンスとなった。河崎は音楽詩劇研究所を立ち上げて活動していることからも明らかなように詩に対する造詣も深いだけに、その世界を理解するまたとない共演者だったといえる。Day 2 では吉田隆一 (bs, b-fl) と藤原大輔 (ts) とのサックス・トリオ・セッション。吉田と藤原はSXQ(他に松本健一(ss,尺八)、立花秀輝(as)、藤原大輔(ts)、木村昌哉(ss,ts))で2008年にロシア〜リトアニアをツアーしている。自在に拡張的な奏法も多く用い、その動きにパフォーマンス性を感じさせるクルグロフに対し、吉田と藤原はむしろ正攻法でアンサンブルを構築する。3者による演奏のバリエーションが幅広いだけに、約40分の演奏だけでは少しもったいなかった。Day 3 の共演者は佐藤允彦 (p) と太田惠資 (vln) とのトリオ。佐藤はタラーソフ、太田はアレクセイ・アイギ (vln) との共演経験があり、CDもリリースしている。様々な奏法を駆使するクルグロフだが、佐藤允彦の大きな手の中で遊ばされているかのよう。ここでもクルグロフはパリンドロームの詩を読み上げ、詩に対するこだわりを見せていた。 太田の機微といい、パフォーマンス性を含めた即興演奏の面白さを楽しんだ日だった。3日目の共演者について聞かれた時につい「佐藤は謂わば日本のガネーリンのような存在だ」と口走ってしまったためか、帰り際クルグロフがニコニコしながら「ニュー・ガネーリン・トリオ」とつぶやいていた。彼自身、佐藤をそのような存在だと認識したのかもしれない。

ロシアのジャズが紹介される機会は少ないが、メインストリーム・ジャズとは別の方向性を探求しようしたガネーリンやクリョーヒンを初めとする音楽家の仕事もまた今日的にアップデートされながら受け継がれていることは間違いない。アレクセイ・クルグロフは先達が拓いた表現の可能性を血肉としつつ、演劇や文学的な要素も取り込みながら興味深い活動を続けている。叶うならば、彼の本懐ともいえる多分野横断型のプロジェクトを一度見てみたいものだ。

 


【東京Day 1】
2020年 1月18日(土)東京・水道橋 Ftarri
Post-Kuryokhin Studies 1
前半:アレクセイ・クルグロフ講演
「ソ連とロシアにおける前衛ジャズの起源と発展;ロシア即興音楽のパフォーマンス性」
後半:ライヴ演奏:アレクセイ・クルグロフ (as) + 河崎純 (bass)
Alexey Kruglov + Jun Kawasaki at Ftarri

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【東京Day 2】
2020年 1月19日(日)東京・水道橋 Ftarri
Post-Kuryokhin Studies 2
前半:アレクセイ・クルグロフ自身の解題で自己音源&現代ロシア・ジャズ音源を聴く
後半:ライヴ演奏;アレクセイ・クルグロフ (as) + 吉田隆一 (bs, b-fl) + 藤原大輔 (ts)
Alexey Kruglov+Ryuichi Yoshida+Daisuke Fujiwara at Ftarri

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【東京Day 3】
2020年 1月20日(月)東京・渋谷 公園通りクラシックス
アレクセイ・クルグロフ (as) + 佐藤允彦 (p) + 太田惠資 (vln)
Alexey Kruglov+Masahiko Satoh+Keisuke Ohta at Koen-Dori Classics

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【関連事】

Reflection of Music vol. 1 セルゲイ・クリョーヒン&ポップ・メハニカ
https://jazztokyo.org/column/reflection-of-music/post-7095/

Reflection of Muisc vol.44 ウラジーミル・タラーソフ
https://jazztokyo.org/reviews/books/reflection-of-muisc-vol-44/

CD Review #333『Ganelin Trio Priority/Live at the Lithuanian National Philharmony Vilnius 2005 』
http://www.archive.jazztokyo.org/newdisc/333/ganelin.html

 

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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