鈴木禎久『Pat Metheny Group / Travels』『パット・メセニー・グループ/トラヴェルズ』
ECMの中から好きな1枚を選ぶとしたら、僕の場合はなんと言ってもパット・メセニー・グループ(以下PMG)のライブアルバム『トラヴェルズ』だ。シンクラヴィアなどの「同期モノ」を使った壮大なサウンドをPMGの中期〜後期の特徴とするならば、この『トラヴェルズ』はまさに、シンプルな中に魅力がある前期PMGの集大成と呼べる1枚だろう。
収録曲の「トラヴェルズ」「フェイズ・ダンス」「ファーマーズ・トラスト」「ソング・フォー・ビルバオ」は、初見でもリードシートがあればその世界に触れることができるシンプルさで、ライブミュージシャンにとって「うれしい曲」なのだ。一番好きなのは「想い出のサン・ロレンツォ」で、中間部のライル・メイズのピアノソロを聴くと、広大な麦畑が広がるアメリカの田舎の情景が浮かんでくる。ライブでテンポがアッチェルしたり、大胆にダイナミクスをつけたりすることで曲が生き物のようにうねる様は、編成や機材が複雑になった中期・後期PMGとは異なる魅力をもっている。
実は、僕がPMGを知ったのは高校3年生のときで、『ファースト・サークル』のリリース・ツアーで日本に来たときのライブをラジオで聴いたのが最初だった。まだキーボーディストだった僕は、ライル・メイズのピアノソロの美しさに「こんな音楽があるんだ!」と衝撃を受けた。以来、PMGのアルバムを買い漁るようになった。間もなく、ギタリストに転向したものの、その頃は『ファースト・サークル』のようなオーケストレーションがPMGの好きなところだったので、正直『トラヴェルズ』の良さはまだわかっていなかった。
あるとき、機械や打ち込みが使われていない「4人の人力だけ」でやっているPMGの1980年のドイツでのライブビデオを観る機会が不意にやってきた。
なんてことだ!小編成のバンドだからこそ生まれるエネルギーがあって、Patの抜きん出たメロディーセンスと作曲力もより鮮明に堪能できるんだ!
そして、『トラヴェルズ』を好きになった。ちょうどプロのギタリストとして演奏するようになった時期でもあり、リスナーとしてではなく、プレイヤーとして身近に感じることができたのがまたうれしかった。早弾きばかりしていたギター小僧が改心して、メロディー重視のインプロヴァイズを大切にする大人に成長できたのはPatのおかげなのだ。僕はますますPMGに魅了された。
ECM 1252/53
Pat Metheny Group
Lyle Mays (Piano, Synthesizer, Organ, Autoharp, Synclavier)
Pat Metheny (Guitar, Guitar Synthesizer)
Steve Rodby (Acoustic Bass, Electric Bass, Bass Synthesizer)
Dan Gottlieb (Drums)
Nana Vasconcelos (Percussion, Voice, Berimbau)
Recorded July-November 1982, Dallas / Philadelphia / Hartford / Sacramento / Nacogdoches
Engineer: Randy Ezratty
Produced by Pat Metheny and Manfred Eicher
鈴木禎久 すずきよしひさ
作編曲家・ギタリスト・キーボーディスト。
1967年、大分県生まれ。作曲家としてゲーム「パラッパラッパー」シリーズ、「たまごっちのおみせっち」シリーズほか、日本制作のディズニーアニメ「スティッチ!」などを手がける。ギタリストとして本多俊之、マンデー満ちる等と共演するほか、中路英明オバタラセグンドなどに参加。2017年にはマンデー満ちるとのデュオアルバム『Naked Breath 2』をアメリカNYで録音、日米混合のマンデーバンドでライブ公演。コンテンポラリージャズバンドtail wind、独自で開発したポリパフォーマンスなどのライブを中心に活動中。鈴木禎久 公式ウェブサイト