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特集『ECM: 私の1枚』

中島香里『Keith Jarrett / The Melody at Night, with You』
『キース・ジャレット/ザ・メロディ・アット・ナイト、ウィズ・ユー』

普段はどちらかというと、ビートのハッキリしたファンキーな音楽を好んで聴いているので、この寄稿のお話を頂いた時は「ECM:私の一枚、というお題で何か書けるアルバムがあっただろうか?」と考えてしまって、最初はお断りしようかと思った。

でも、ちょっと待って...。何かあったはず...そうだ!考えて思い至った。

Keith Jarrettの『The Melody at Night, with You』
このアルバムを初めて聴いた時は全編を通してなんと静かで美しく温かく、タイトルにぴったりのアルバムなんだろうと感動した。

例えば、暖炉の火に身も心も温まる山小屋の夜 (過ごしたことないけど) とか、しんとした針葉樹の森で優しく降り注ぐ月明かり (見たことないけど) とか、優しい雨音を聴きながら揺り椅子に揺られて夢うつつに過ごす時間 (揺り椅子持ってないけど)とか ...どれもただの妄想なんですが、そういう様々な優しくて温かくて澄み渡った夜の時間を思い起こさせてくれる。

私の好きな作家に上橋菜穂子さんという児童文学作家がいて、その作品群の中でも特に好きな「狐笛のかなた」という狐と少女の切なくも美しい物語があるのですが、この作品を読んだ時と同じ“静謐”をこのアルバムに感じる。

静まり返った世界の中で時折鳴り響く鋭い音。
ハッとして耳を澄ます。
そしてまた戻ってくる静寂...

静寂は無音とは違って、風や葉擦れの音、鳥のさえずり、虫の声、家の中でカタリと何かが鳴る音や電子機器のかすかなうなり...
そんな様々なかそけき音たちに溢れつつもひっそりとした空気を醸している状態なんだと思う。

キースによって紡がれるこのアルバムの音楽はまさに静寂そのものだけれど、淡々としかし確固たる意思を持って紡がれる物語の中で時折放たれるハッとする一音に心を掴まれ、刺され、揺さぶられる。
美しいピアノの音色はもちろんのこと、時々聞こえてくるスタジオの中の木材が軋む音や、ペダルの音、キースのうなり声までも優しい一枚。

ぜひ今夜は窓辺に小さな灯りをひとつ置いて、ホットミルクを片手にまったりとこのアルバムとあなたの周りの静寂に耳を傾けてみてください。
静かで優しいキースのメロディがあなたを温かく包んでくれることでしょう。


ECM 1675
Keith Jarrett (Piano)
Recorded 1998, Cavelight Studio
Produced by Keith Jarrett


中島香里 なかじまかおり
ヴィブラフォン。東京在住。立教大学日本文学科卒業。幼少の頃にピアノとエレクトーンを習い始めたのが音楽との出会い。中学・高校と吹奏楽部でパーカッションを担当し、大学でも音楽サークルで打楽器を続ける。大学卒業後プロのヴィブラフォン奏者を志し、Jazz理論と4本マレット奏法を赤松敏弘氏に師事。2010年から毎年、短期間ながらニューヨークへ赴き、現地で活躍する様々なミュージシャンとセッションを重ねるなど研鑽を積んでいる。小柄な体から叩き出される豪快で情熱的なソロや、歌い上げるようなバラードなど、4本マレットを鮮やかに閃かせながら紡がれる幅広い表現力、そしてヴィブラフォンの魅力を余すことなく出し切る渾身のステージングに定評がある。2013年11月に1stアルバム「Flying Mind」、2016年12月に2ndアルバム「CROSS POINT」をリリース。オリジナル曲を多数収録し、景色や心情を軽妙に描き出した楽曲は人々の心に懐かしさや前向きなイメージを湧き起こさせ、メロディメーカーとしても注目を集めている。
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