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特集『ECM: 私の1枚』

石井 彰『Keith Jarrett / Standards Live』
『キース・ジャレット・トリオ/星影のステラ』

時は1980年代半ば。大阪音楽大学に在学中ジャズに魅せられ、ビル・エバンスのレコードを買い漁りにキタの東通り商店街へ。ピンサロの呼び込みを掻い潜り奥の方にある「LPコーナー」というレコード屋さんを出た後に、もう一件寄るいつもお客さんがあまり見えないレコード屋さんがあった。店名は確か「ダン」..だったと思う。記憶が確かならば。おばちゃんが二人で店をやっていたんだと思う。「ラルフ・タウナーはこっちやで。」「アバークロンビーは確かこっちやったかな。」「キースの新譜はまだ入ってきてないわ!」大阪弁で喋るおばちゃん達の口調、見た目と内容が完全に食い違っている。そう!何を隠そう「ダン」はECM専門店だったのだ!当時まだECMが何たるかは僕はよく分かっていなかった。

キース・ジャレットのスタンダーズ・トリオも始まったばかり。キース体験はそこから始まり、リアルタイムと平行に過去作品にのめり込んで行った。ECM初心者の僕は、『ECM Special』というコンピレーション盤を買い求め、ヤン・ガルバレクが吹く〈Bruremarsj〉に呆気にとられ驚愕し、キース・ジャレットが弾く〈Counterphonymic〉に度肝を抜かれた。もう逃れる事は出来なかった。名盤『Facing you』のアウトテイクを先に聴いてしまっていた。

デビッド・ダーリング『Cycles』、スティーブ・スワロウ『Home』、ポール・ブレイ『Ballads』、ジャック・ディジョネット『Tin Can Alley』なども好んで聴いていたが、やはりゲイリー・ピーコック『Tales of Another』だった。

そんなにECMオタクではなかったと思うが、心に残る一枚となると、キース・ジャレット『Standards Live』しかない。この86年の真冬に初めてニューヨークに一人旅をした。リリースされたばかりのこのアルバムをカセットにダビングしてWALKMANと共に旅の友に持って行った。マンハッタンでのライブ三昧の合間に、大阪の友人のそのまた知り合い(つまり知らん人)を訪ねてボストンへバスで旅行したのだが、約束した時間に郊外のバス停で下車したものの知り合いは迎えに来てくれない。携帯もメールも無かった時代だ。地理も分からない。途方に暮れたが、諦めてバス停の小屋の中で待とうと決め、このアルバムを取り出しエンドレスで聴いていた。多分5〜6回聴いた。もはや、知らぬ土地で1人でいる事や寒さなど忘れ、音楽の隅々に散りばめられた三人の魂の交歓にため息をつき、息が上がっていた。〈Stella by Starlight〉の澱みなく歌い上げられる11分間の至福、〈The Wrong Blues〉の奇跡的名演もあるが、とりわけ〈Too young to go steady〉の演奏!キースはバラードのつもりで弾き始めるが、ジャックは最初からスティックでシンバルを鐘の音のように叩く。いつの間にやら喜びのダンスの Groove に、そしてレゲエのフィルから4拍目にクラッシュシンバルのアクセント多用で狂乱のフェスティバルにごく自然に移行して行く。そのままドラムソロになるも、太鼓の祭の儀式は続く。ブリッジからキース、ゲイリーがその流れの中で合流するが、9分10秒辺りでジャックがふと手網を緩めると祭から我に返る三人。そして、最後の8小節のメロディーでこれまでの出来事をしみじみと振り返るバラードになり、安らぎのエンディングを迎えた。これが僕が好きなStandards Trioの演奏の中で1、2を争う。

このアルバムを聴くと今でも40年近く前の冬のボストンの真っ暗なバス停を思い出すのだ。その後、行き倒れにもならず、初めて会う知り合いは4〜5時間の遅刻で現れ、バイトが抜けられなくて本当にごめんなさい!と平謝りだったが、僕は「おかげで良い時間が持てて、大切な物をみつけました。どうもありがとう!」と言ったというオチがついたところで、この長文は終わりにします。

お付き合い下さいましてありがとうございました。文中に出てきた素晴らしき大好きなミュージシャンを敬称略で書いた僕をお許しください。ごめんなさい。
そしてJazz Tokyo 300号おめでとうございます。


ECM 1317

Keith Jarrett (piano)
Gary Peacock (bass)
Jack DeJohnette (drums)

Recorded July 2, 1985 at the Palais dis Congrès Studios de la Grand Armée
Engineer: Martin Wieland


石井 彰 いしいあきら
ピアニスト。神奈川県生まれ。大阪音楽大学作曲科在学中、Bill Evansを聞き衝撃を受け、ジャズピアニストを志す。卒業後、関西で活動を始め、1991年拠点を東京へ移す。1998年より2018年まで20年間日野皓正(tp)クインテットに参加。故日野元彦氏からも多大な影響を受けた。2001年には、初リーダーアルバム『Voices in The Night』を発表後、EWEより『That Early September』(Duo with Steve Swallowリ等、リーダーアルバム4枚発表。2011年レーベル移籍し(studio tlive records)、『a〜inspiration from muse』(solo piano)『Endless Flow』(piano trio)『Silencio』(chamber music trio)3枚のリーダー作をリリース。現在は”Chamber Music Trio”須川崇志(vc)杉本智和(b)、”Quadrangle”石井智大(vn)水谷浩章(b)池長一美(ds)という弦楽器フィーチャーの2のリーダーバンドを持つ。吉田美奈子(vo)との邂逅は新たな潮流を生み出し、『柊』という現在進行形で進化深化している。音楽教育面では大阪音楽大学ジャズ科准教授として、Hot Music Schoolでも長年教鞭を取り続けている。著書は『超絶ジャズピアノ』(リットーミュージック)『The Jazz道』(ヤマハミュージックエンタテインメント)がある。
石井 彰ウェブサイト

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