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このディスク2017(海外編)No. 237

#10 『Tim Berne’s Snakeoil / Incidentals』

Text and photos by Akira Saito 齊藤聡

Recorded December 2014 at “The Clubhouse” in Rhinebeck, NY
Engineer: D. James Goodwin
Assistant: Bella Blasko
Mastering at MSM Studios, München by Christoph Stickel
Produced by David Torn

Tim Berne’s Snakeoil:
Tim Berne (as)
Oscar Noriega (cl, bcl)
Ryan Ferreira (g)
Matt Mitchell (p, electronics)
Ches Smith (ds, vib, perc, tumpani)

1. Hora Feliz
2. Stingray Shuffle
3. Sideshaw
4. Incidentals Contact
5. Prelude One / Sequel Too

ティム・バーンのグループSnakeoilは、録音作品としては、『Snakeoil』(ECM、2011年)によって産声を上げた。バーンのアルトサックス、オスカー・ノリエガのクラリネットとバスクラリネット、マット・ミッチェルのピアノ、チェス・スミスのドラムスとヴァイブによって構成されたグループである。その後、『Shadow Man』(ECM、2013年)、『You’ve Been Watching Me』(ECM、2014年)、本作と続いている。またダウンロードのみながら、『Anguis Oleum』(Screwgun Records、2016年)もリストに入る。なお、『You’ve …』と本作にはギターのライアン・フェレイラも加わっている。

本作においては、これまでのSnakeoilの作品から受けた印象がより強力になったようなサウンドを展開している。曲というよりも、旋律の繰り返しと言ったほうが印象に近いかもしれない。いつ果てるともわからない猜疑心と陰謀の連鎖のように、執拗極まりなさにより悪夢的な時空間が生まれている。

またそのノリは独特であり、バンドメンバーは、アクロバティックな旋律を基軸にしながらさまざまな変奏を繰り広げ、音の層を積み重ねてゆく。層の色は次々に変わり続け、聴く者が安寧に落ち着くことを許さない。だが一方では、何層もの重なりあいが悦楽へと昇華する。

そのような秩序と叛乱とが相混じるトンネルの中を、バーンのアルトがひたすらに粘っこく獰猛に突き進み、サウンドを力でねじ伏せる。腹の底がむずむずと笑いで満たされるようなポップ感もある。

オスカー・ノリエガのクラとバスクラは平然さを装いながら、地べたを土蜘蛛のように蠢く。ライアン・フェレイラのギターは悪夢を食べては腹を膨らまし自身の音と化しているようであり、マット・ミッチェルのピアノは冷徹に撒き菱を散らしながら、太い奔流に追従する。

どの曲も素晴らしいのだが、20分を超える長尺の「Sideshow」では時間軸が力技で引き伸ばされ、その中でチェス・スミスの発するパルスが響き、たいへん鮮やかだ。

本作の発表後に、ニューヨークのJazz Standardにおけるレコ発ライヴを観ることができた(2017/9/13、1st set)。フェレイラを除く全員が揃っており、その迫力の中で、バーンは相変わらずむさ苦しく飄々とギャグを飛ばしている。そしてレコ発とは言え、常に前進するバンドゆえか、本作の収録曲ではなく新しい曲ばかりが演奏された。

各メンバーの発する音は、緊密さと自由さとの相反する要素をあわせもち、ときにシンクロし、ときに離れ、ときに鋭く介入する。バンドサウンドは収束に向けて萎んでいくのではなく、全員で高みへと昇っていった。最終的にテーマに収斂したときの快感と言ったらない。

ミッチェルによる、重厚な和音を活かした思索的な旋律や、コアをもとにした発展形の数々の執拗な提示は目が覚めるようなものであり、さすがにバーンの曲のピアノソロ集を出しただけのことはある。また、ドラムスとヴァイブを同列のものとして扱うスミスの音の拡がりにも魅了された。

そして何よりも、バーンの強力なエンジンによる長いブロウである。もうこれを聴くだけで快感中枢を刺激されるのであり、聴く者は完全に武装解除され、腹を上に向けた犬のようになってしまう。

偶然、ニューヨーク在住の友人のクリフォード・アレンが同じセットを観に来ていた。後日かれがこのパフォーマンスについて『NYC Jazz Record』誌に寄せたレビューを引用してみよう。

「1時間の演奏においてもっとも印象的だったのは、かれらが7年間もの作業を通じて形成したアイデンティティであり、そして、かれらの持ち寄るパレットがいかに多様になったかということだ。テーマは分断されては活きた集団的要素になり、サックスは渋く粘り、カルテットはデュオやトリオでの即興へと展開し、従来の構造の発展、ポスト・バップ、クウェラ、ハイチのドラミングが持つパーカッシブな抑揚、雅楽といったものを踏み台にしてブラッシュアップされている」と。

やはり、Snakeoilのバンドサウンドは発展を続けているということである。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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