Interview #195 Theo Croker シオ・クローカー
本誌『楽曲解説』の読者の方はすでにご存知と思うが、Theo Croker(セオ・クロッカー、正しくはシオ・クローカー)は筆者がもっとも注目している若手アーティストだ。今までに3回も取り上げた。
- 『Escape Velocity』<Transcend>
- 『Star People Nation』<Subconscious Flirtations and Titillations>
- 『Star People Nation』<Have You Come To Stay>
飄々とした喋り方の反面明らかにかなり繊細だとわかる性格のシオが作り出す音楽は、難しいフレーズをいとも簡単にリラックスしたサウンドで吹きまくる彼のユニークなトランペットスタイルと、斬新且つ奇をてらったサウンドがしないその作曲作品に筆者は魅了される。待望の新譜、『Star People Nation』の発売記念ツアーでボストンに来ると知り、即座にインタビューを申し込むと二つ返事で了承してくれた。当日残念ながらサウンドチェックの時間が押したため、予定していた1時間の枠を確保できなかったので、質問事項をその場でカットしようと試みた。そのため内容があっちこっちに飛んでしまった。読みにくいかもしれないが、インタビュー現場を感じ取って頂きたくそのまま忠実に模様をお伝えすることをご了承頂きたい。ライブレポートは一番最後に記した。
- Interviewer: ヒロ・ホンシュク
- Photos: 城戸夕果
- Date: 2019年9月19日
- Location: Scullers Jazz Club, 400 Soldiers Field Rd, Boston, MA 02134
Q:本日はインタビューに応じて頂いてありがとうございます。
A:もちろんだよ。
Q:こちらは今日カメラを務める城戸夕果さんです。
A:君たち二人が演奏してる動画見たことあるよ!ところでぼくは自分のバンドで日本に行ったことないんだよ。
Q:なぜでしょう?
A:なぜだろうねえ。
Q:ではまず最初にあなたの名前の発音を教えて下さい。あなたの名前の発音は日本人にとって簡単ではないのですよ。
A:だからぼくのバンドが日本に呼ばれないのか!
Q:あり得ますね(笑)。日本人はあなたのことをセオと呼ぶと思っていますよ。
A:日本人はアンバーローズ・アカミュースリーの名前は言えてもTheoって言えないの?
Q:そうなんですよ。だからぼくは一生懸命記事でシオと表記して日本人に知ってもらおうとしているのですよ。
A:(ここで筆者がTHの発音ではなくカタカナで【シ】と言ったことにTheoは大爆笑。彼は中国語を話すばかりか日本語も理解する)。
ジャズ
Q:では最初の質問です。ジャズは死んだのですか?
A:え?そうなの?
Q:あれれ?あなたの西海岸のツアーのタイトルが『Jazz Is Dead』だったから、いったいどういうメッセージなのか、と思ったんですよ。
A:違う違う。あれはただ単に出演したコンサートシリーズのタイトルがそうだっただけで、ぼくのチョイスじゃないよ。あそこではジャズは死んだというタイトルの割にはみんなジャズを演奏してるんだぜ。
Q:なんだ、そうだったんですか。ではあなたにとってジャズとは何ですか?
A:んん、難しい質問だなあ。確かにジャズは死んだと言える点はある。まずこの音楽はすでに黒人音楽ではなくなっている。もはや黒人文化の一部とは言えないんだ。商業化された時期を経て今は学問として学校で勉強する音楽になってしまった。ネガティブなアスペクトを並べ立ててる訳ではないんだ。これはジャズが社会的にどう変化しているかっていう話だ。ジャズの音楽性に関して言えば、ジャズってのは進化しなくちゃいけないもので、常に限界に挑戦し、色々なスタイルを合わせたりし、それぞれの要素を融合するというものだ。マイルス、エリントン、ゲイリー・バーツ、ドナルド・バード、コルトレーン、彼らは自分の音楽をジャズなんて呼ばなかったと思うよ。ジャズという呼び名はただの商業的な便宜上の名前だよ。そういう意味に於いては、昔ジャズと呼んでいたものはもうなくなってるね。現在ジャズと呼ぶものはサンプルの使用や、多岐にわたるスタイルのミックスだからね。つまりもう特定できるものではなくなったという意味ね。そして一般の人はジャズと呼ぶものが今や何だかわからない状態さ。
Q:それに関してたくさん質問したいことがありますが、なにせ時間に限りがあるのでちょっと質問を整理します。
アルバム作品について
Q:簡単な質問から片付けて行きますね。あなたの新譜である『Star People Nation』をあなたは他のインタビューで5作目と言っていましたが、6作目の間違いではありませんか?(筆者、手持ちのアルバムのリストを提示)
A:ああ、レーベルは『DVRKFUNK』をアルバムとして数えてないんだよ。EPだからね。
Q:そうなんですか?ぼくはこのアルバム大好きなのに。
A:ぼくもさ。でも誰もこのアルバムのこと知らないんだよ。ぼくのレーベルはぼくのアルバムを世の中から隠すのが上手なんだよ(笑)普通のアルバムもリリースされて1年くらいしないと気が付いてもらえない(笑)
Q:あなたの最初のアルバム、『The Fundamentals』は、あなたが20歳の時の作品ですね。あなたは最初からオリジナル作品にフォーカスを当てていましたね。オリジナル作品で世に受け入れられようというのは大変困難な道だと思います。
A:自分が自分を受け入れられる限り、世に受け入れられるとかはどうでもいいことだよ。
Q:聴衆がいないと苦しくないですか?
A:ぼくを聴きにくる聴衆の数はぼくが望むよりはるかに少ないよ。でも前進するしかないんだよ。聴衆が少ないからと言って創作活動をやめるわけにはいかないんだよ。
Q:ちょっと自分の話をさせて下さい。ぼくは昨日ツアーから帰って来ました。このツアーは通常と違って自分のバンドのツアーではありませんでした。自分のバンドは、特に日本では「あれはジャズじゃない」とか、「どのカテゴリーの音楽だかわからない」とか言われ、なかなか受け入れてもらえなかったりします。今回のツアーはスタンダードや聴きやすいジャズを演奏するのが中心で、それに対して喜んだ観客を見てちょっとショックを受けてしまいました。ぼくがぼくとして提示したい音楽はそういう音楽じゃないからです。
A:ぼくは優れた助言者たちに恵まれたんだ。Donald Byrd(ドナルド・バード)、ウィンドル・ローガン、Marcus Belgrave(マーカス・ベルグレイブ)、Dee Dee Bridgewater(ディー・ディー・ブリッジウォーター)、Gary Bartz(ゲイリー・バーツ)たちだ。ビジネス面ではウルフ・ミューラーだ。彼ら全員が似たような助言をくれたんだ。もし自分のクリエイティブな音楽を常に演奏し続ければ、聴衆は自分にスタンダードなことを期待しないということだ。子供の頃から自分の個性を大事にすることを教えられた。だから今じゃみんなぼくが普通のことをするとは期待してないさ。みんなぼくがクレイジーで新しいことをするのを期待してるはずさ。だけどスタンダードを演奏するのは大好きさ。トラディションだしね。でもそれを強要されるのはごめんだ。スタンダードを演奏したい気分の時に演奏するだけだ。
Q:羨ましいです。ぼくにとってスタンダードは自分が育った文化ではないということが残念です。ぼくがスタンダードを演奏するというのは他人の文化を真似してるだけに終わります。
A:実にその通りだね。
Q:もちろんスタンダードを演奏するのはぼくにとっても楽しいですが、果たしてそれを聴衆に提示することが正しいことなのか疑問に思います。そしてそれが日本で自分の提示したい音楽よりはるかに受け入れられたことに困惑したわけです。
上海
Q:そこで次の質問ですが、7年間も上海で活動していた理由は何ですか?
A:そりゃ仕事に困らなかったからさ。ギグが週に10回もブックされたりしたものさ。2つ目のギグの途中で代役にバトンタッチして3つ目のギグに行かなくちゃいけないなんてことはしょっちゅうだったよ。全てのギグに時間通りにたどり着くために運転手を雇わなくてはいけない、なんてこともしょっちゅうだった。バブルだったからね。それと、(外国人が)中国で暮らすのは簡単じゃあないから、みんなが掛け持ちギグをこなせるというわけじゃあなく、どこでもミュージシャンが足りないという環境さ。
Q:スタンダードを演奏することを要求されましたか?
A:それがね、彼らは何を演奏して欲しいかあまり理解していないのさ。もちろん要求は出すが、こっちはオッケーと言って自分のやりたい音楽を演奏するだけさ。ぼくが演奏したい内容という意味は、自分が信じていることを演奏するという意味ね。自分が信じているものを演奏すれば世界どこでも受け入れてもらえるものさ。中国人はスピリチュアルな人たちだからね。もし自分が信じているものを演奏すれば、彼らはそれを感じ取るのさ。
Q:バンドメイトはアメリカ人でしたか?
A:ぼくはアメリカからたくさんのミュージシャンを招いて上海に滞在させたよ。上海にジャズシーンはあったけど、自分の気にいるような形ではなかったからね。だから自分でミュージシャンたちを招いたのさ。いいミュージシャンで稼ぎに困ってた奴らはいくらでもいたからね。中国での稼ぎの良さは彼らにとっても魅力だったのさ。彼らが上海に到着したその日にギグを与えることができるほどギグだらけだったのさ。Irwin Hall(アーウィン・ホール)もその一人さ。フランスで出会ったんだ。彼は誰かのツアー中で、そのあとギグがないとぼやいていたから、中国に招いたのさ。彼が到着した日にギグを二つこなしてもらったよ。飛行場で迎えて、自分は他のギグに行かなくちゃいけないんだけど、君はサルサバンドのギグに直行してトランペット・パートをサックスで吹いてくれと頼んだのさ。そのギグの奴らが次のギグに君を送るから、そのギグが終わった頃に迎えに行くよ、ってな具合だ。ぼくはそれほどギグの山に囲まれていたのさ。ニューヨークじゃギグに困ってたのにね。それに中国じゃ誰もジャズはこうでなくちゃいけないとか言わなかったから、それがナイスだったね。
Q:日本ではジャズはこうでなくてはいけないと言う人も多かったりする印象があるので、中国にそれほど自由があったことに驚きました。
A:そうなの?日本に17回も行ってるのに、自分の音楽で行ったことないから、その辺どうなのかわからないなあ。
Q:アーウィンは日本に住んでいたのだから彼の意見を聞いてみたいですね。
A:日本にはディー・ディーとも行ったし、他のバンドでも行ってるのに、自分のバンドではまだだ。
Q:ディー・ディーは日本でも人気あります。
A:ぼくは大阪のインターナショナル・ジャズ・バンドにも招聘されたのに、ぼくのバンドは呼ばれないなあ。
Q:ぼくはあなたの音楽が日本でもっと聴かれるように頑張っています。ぼくが本誌の「楽曲解説」コーナーで2回以上取り上げてるのはマイルスとあなただけですよ。マイルス教はぼくの宗教ですから置いておいて、あなたはそれほどぼくにとって特別ということです。
A:おおわお、大感謝だぜ。
オリジナル作品創作活動について
Q:ところで、あなたが最初からオリジナル作品にフォーカスしたアーティストとして成功してきたことに大変興味があります。まず最初に、ジョージ・ラッセルのリディアン・クロマチック・コンセプト(以下LCC)は知っていますか?
A:いや、知らないなあ。
Q:それはちょっと驚きでした。実はぼくの「楽曲解説」で、あなたはLCCを知っているような作曲をすると書いて来たからです。
A:音楽ってのは、スピリチュアルな部分を除けばかなり幾何学的じゃない?方程式を解いているという自覚がないのに方程式を解く工程を行なっていたりするわけだ。
Q:LCCを簡単に説明すると、それは西洋楽理の解決を否定して、ハーモニーの重力という概念を提示します。モードジャズの基盤です。
A:ぼくもそういうアプローチだよ。(シオはLCCを知らずして同じアプローチをしていたということになる)
Q:1947年にジョージがディジー・ガレスピー楽団に書いた<Cubano Be, Cubano Bop>がこの世で最初のモードジャズになります。
A:そうなの?あの曲大好きだよ。
Q:そのあとマイルスがジョージに習ったモードのコンセプトから<Nardis>を書き、コルトレーンはジョージの5度圏重力から<Giant Steps>を書きました。ジョージ・ラッセルがビル・エバンスを発掘したことも重要だと思います。
A:すごい話だね。もっと詳しく調べてみるよ。
トランペットの演奏スタイルについて
Q:トランペットのスタイルでもっとも影響を受けたのは誰ですか?
A:Dizzy Gillespie(ディジー・ガレスピー)。ぼくのサウンドから想像もつかないだろうけど、そうなんだよ。
Q:意外でした。ぼくはClark Terry(クラーク・テリー)かと思っていました。「楽曲解説」で、あなたからRandy Brecker(ランディ・ブレッカー)が聴こえると書いたこともあります。
A:ランディ・ブレッカーはもちろん大好きさ。だけど自分が11歳の時から聴いていたのはディジーだ。彼はリズム的にもハーモニー的にも完璧に自由自在だからね。他のトランペッターでディジーのあの領域に達したものはまだいないと思うよ。
Q:あなたのトランペットのスタイルはとてもユニークだと思います。難しいラインをいとも簡単にリラックスして吹きますね。ぼくはあなたが現存するベスト・トランペッターだと思っているんですよ。
A:おお、ありがとう。
Q:マイルスからの影響はありますか?
A:もちろんさ。影響された人たちを並べて見ようか。ディジー・ガレスピーとロイ・エルドリッジ。彼らの『Roy and Diz』はぼくのライフ・サウンドだよ。11歳の頃の話だ。ぼくの父親は家の手伝いをすればCDを買ってくれたんだ。最初に買ったマイルスは『Pangaea(パンゲア)』だ。
Q:クール!
A:いや、子供の自分にとってはとても理解できるシロモノじゃあなかったのさ。次の週に『Miles Smiles』を買ってもらったんだ。最初の曲を聴いた途端に虜になったね。次に『Water Babies』を買ってもらった。結局マイルスのCDのコレクションをどっさり貯めるにそれほど時間はかからなかったさ。高校生の頃だ。彼の音楽から色々なことを学んだよ。アプローチとか、アンサンブルとか、どうやってトランペットを中心に全てを収めるか、とかね。
Q:マイルスのライブは見た事ありますか?
A:いや、ない。彼が他界したのはぼくが6歳の頃だからねえ。
Q:ぼくがマイルスのライブを初めて見た時、神を見ました。例えばあの24丁目バンドで走り回っていたDarryl Jones(ダリル・ジョーンズ)が身動きひとつせず静かにグルーヴしてたり、バンドメンバー全員が全神経をマイルスの動きに集中していたり、神聖な光景でした。
A:ぼくもマイルスに神を感じるよ。マイルスから学んだことを自分のバンドで実践してるんだ。ぼくもあの(マイルスのバンドの)緊張感を自分のバンドで再現するよう努めているんだ。
『Star People Nation』
Q:あなたの『Star People Nation』ですが、その意味するものは(シオの先祖であるインディアンが星の子という意味で)星の元に集まる人々へのゲートウェイだと理解していますが、マイルスの『Star People』と何か関係はありますか?
A:それが実はマイルスにそんなアルバムがあるとは知らなかったんだよ。なにせ80年代のマイルスのアルバムの多くは当時再版されていなかったからね。だから自分の『Star People Nation』のシングルを公表した時に人に言われて、マイルスのそのアルバムを探してやっと手に入れたよ。ご機嫌なアルバムだね。
Q:<Star People>はブルースです。あなたもデビューアルバム、『The Fundamentals』でブルースを2曲書いていますね。
A:その通りだ。新譜『Star People Nation』に収録の<The Messenger>もブルースだぜ。ただし8小節フォームだ。ブランフォード(マルサリス)はこれをブルースと言わないかもしれないけどね(笑)大学で8小節ブルースを勉強したものさ。Yusef Lateef(ユセフ・ラティーフ)の<Trouble In Mind>だよ。大学の作曲の授業で、最初にブルースは何小節かと聞かれたから、12小節だと答えると、いや、24小節だ、と言うんだ。何故ならブルースのヘッドは必ず2回だからだ。2回目はちょっと変えて演奏するかも知れないけど、必ず2回で1セットだろ。
Q:ぼくはブルースでヘッドを1回しか演奏しないこと結構ありますよ。
A:今はぼくもヘッドを1回しか演奏しないブルースを理解してるけどね。その授業じゃ他にブリッジがあるブルースとかの説明があって、宿題として8小節のブルースを探して来いと言われたんだ。図書館で調べまくって<Trouble In Mind>を探し出したってわけさ。
Q:ぼくのブルースの定義はちょっと違います。5小節目が4度コードなら最初のコードが例え1度でなくてもブルースに聴こえると思います。
A:最近のアメリカのポップミュージックは1度と4度の繰り返しだぜ。アメリカ音楽の特徴とも言えるな。
作曲のスタイルについて
Q:作曲のスタイルで影響を受けたのは誰ですか?あなたはドナルド・バードに出会う遥か前にすでに作曲活動していましたね。
A:誰に影響を受けたかって?難しい質問だな。色々な人から吸収したよ。ぼくは最初から作曲してたからね。最初は自分でジャズを作曲しているなどという自覚はなく、単に作曲という行為をしていただけだからねえ。最初から作曲と言う行為が自然に自分の一部だったんだ。ぼくの作曲の歴史はトランペットよりも長いよ。音楽という認識が発生する前の子供の時でさえ常に何かを創造することに魅了されてた。
Q:ぼくも作曲活動がフルートより好きです。ぼくとあなたの違いは、ぼくは練習が大嫌いだということです。
A:ぼくも練習は大嫌いさ!
Q:あなたのトランペットの演奏技術はこんなにすごいのに?
A:まあトランペットは簡単な楽器じゃないからねえ。
スピリチュアリティと物理学について
Q:あなたのスピリチュアルな面と、<Escape Velocity>や『Afro Physicit』から伺える物理学の側面について知りたいです。
A:物理学書を読み漁った時期があるんだよ。それを自分の創作活動に適用しようと考えたんだ。物理学やエアロダイナミックスなどの研究は全て形而上学だろ。つまり物理学や量子力学から数学を取り除くとスピリチュアリティが現れるというわけさ。
Q:つまり宇宙を解くゲートウェイとしてスピリチュアリティも物理学も同じということですね。
A:その通りだ。宗教はマジックのことを言及しないけど、(聖書などの)それぞれの宗教の教えの書を見ればマジックだらけだろう。つまりスピリチュアリティと物理学はコインの表と裏みたいなものさ。
Q:あなたのおじいさん、Doc Cheatham(ドク・チーザム)がチェロキーの血を引いていたことに関係しますね。
A:そうそう。ドクはチェロキーとチャクタウの血を引いていたんだ。だからStar Peopleってのは西洋人が天体望遠鏡を発明するずっと前に、アフリカ人やインディアンに星のことを教えた人々のことなんだ。
Q:あなたが7年間過ごした中国のスピリチュアリティとは違うような気がします。
A:詳しくは説明できないけど、中国人は信仰深い人々ではないということは断言出来る。だからクリスチャンの国々やムスリムの国々のような思考の抑圧はないんだ。皆自由に考える。もちろんぼくの知らない暗い面もあるだろうけどね。でも中国人は現在を自由に生きているよ。例えば信仰深いクリスチャンをモスクに連れて行ったらきっと不愉快だろう。そういう制約が中国にはないのさ。だからぼくが言った中国のスピリチュアリティとは、彼らがスピリチュアルな儀式をしているという意味では全然なく、宗教に縛られていないという意味で言ったのさ。つまりぼくの音楽がスピリチュアリティを誇示しても拒否されないという意味ね。自然に受け入れてくれるよ。
再びジャズについて
Q:音楽とはその国で話される言葉に基づいていると思います。
A:その通りだね。
Q:ジャズは黒人の話し方や歩き方のグルーヴだと思います。そしてアジア人にはそれがないでしょう。
A:わはははは。グルーヴの種類が違うとも言えるぜ。
Q:ぼくはアメリカに移住するまでジャズを知りませんでした。初めてチャーリー・パーカーを聞いた時、それは騒音以外の何ものでもありませんでした。ジャズを勉強してみたくて色々と分析してみました。なぜジャズはファンクやその他のアメリカ音楽と違うのか。そこで発見したのは、ジャズに於いてだけベースとドラムが同じタイムの位置にいないということです。つまりベースがオン・トップ・オブ・ザ・ビートでドライブし、ドラムはビハインド・ザ・ビートでスイングするのはジャズだけで、他のアメリカ音楽はタイトにベースとドラムが同じタイムの位置にいるということです。そしてこのジャズのタイム感はアメリカ英語を話さない、またはアメリカで生活しない者にとって非常に困難なコンサプトだと思うのです。
A:ジャズは、黒人やその他の有色人種がこのアメリカでどのような暮らしを強いられたかという文化から生まれたものだということは間違いない。アフリカからの遺産を抑圧の中でどう維持したか、とかの話だ。
Q:わかります。ただぼくが言っているのは、例えばビ・バップ以前のスイングジャズの時代ではベースとドラムは同じタイムの位置にいて、マイクがない頃だったのでベースは殆ど聞こえません。それにイラついたミンガスが、ベースが聞こえるようにオン・トップ・オブ・ザ・ビートで弾き始めたのがジャズ特有のドライブ感だと思います。あなたは今日のサウンドチェックで、スイングビートの曲を何曲か演奏していましたが、ベースのラッセル・ホールは恐ろしくオン・トップ・オブ・ザ・ビートでドライブしていました。これはそこに生まれ育った者以外には難しいことだと思います。(実はベーシストのRussell Hall(ラッセル・ホール)はジャマイカ人なのだが、ジャズのドライブ感であるオン・トップ・オブ・ザ・ビートを完璧にマスターしている怪物だ。)
A:そういうように考えたことはなかったけど、実にその通りだね。どの文化の音楽にも適用される問題だ。ブラジル音楽だってキューバ音楽だって同じだろうね。他国民が彼らの音楽を演奏するのは本当に難しい。
『Start People Nation』のメッセージ
Q:新譜、『Star People Nation』のことを聞かせて下さい。収録作品は全て素晴らしいですが、正直ジャケットに関して疑問があります。
A:(大笑い)
Q:どういう意図のジャケットデザインか説明して頂けますか?
A:ジャケット写真の背景はマンハッタンのローワー・イーストサイドのぼくの祖母のアパートの部屋だよ。政府が貧民に与えたプロジェクトハウスだよ。ぼくの両親はそこで暮らしてた。今はいとこが住んでる。そこにぼくが純粋なエレメントとして立っている、という図だ。普段着を着て、自然光の中で、ぼくのルーツをドキュメンタリーとして捉えた図なんだ。神は常に不完全な使者を送るだろ。メサイアってのは立派に着飾った人であったためしはないからね。
Q:なるほど、やっと意図が理解できました。ではこれはなんですか?(筆者は銃砲刀剣類アレルギーなのでジャケットに写っている拳銃の写真に嫌悪感を持っていた)
A:これらはぼくの人生の選択肢だ。(この時点まで筆者は拳銃の横にバスケットボールとトランペットも写っていることの意味を考えもしなかった)アメリカの若い非白人として、自分の選択肢はギャングになるか、スポーツ選手になるか、ミュージシャンになるかの3つであり、自分はミュージシャンへの道を選んだ、ということを象徴しているんだ。アートとして提示してるから、ジャケットでそれを説明することはしたくなかったんだ。人々に自分なりの解釈をして欲しかったんだ。
Q:な、なんと、そういう意味が込められていたのですか。これ記事にしていいのですか?
A:もちろんだよ。この3つの選択肢は、どれも自分にとって簡単に選べるものを提示しているんだよ。ぼくの両親は中流階級だったけど、それでもギャングになるのは簡単なことだったよ。両親がぼくをギャングに近づかないようにしてくれたのさ。運動選手になるのも簡単さ。なにせ黒人は運動選手に向いているというレッテルを貼られているからね。そしてぼくは他の2つに染まることなく音楽を選んだというわけだ。
バンドについて
Q:ところで、あなたのレギュラーバンドはボストンに来ないのですか?前回はドラマーが違ったし、アーウィンもいませんでした。今回はメンバー全員がレギュラーメンバーじゃあないですね。
A:今日のドラマー、Michael Ode(マイケル・オデ)が今のぼくのレギュラードラマーだよ。ピアノ(マイケル・キング)とベース(エリック・ウィーラー)は今日はディー・ディーのギグをやってる。昨日のワシントンDCでのショーでは彼らだったし、この月曜のニューヨークのショーも彼らだけど、今日はどうにも都合がつかなかったんだ。なぜかボストンではいつもメンバーが違うね。
Q:ぼくはアーウィンに会うのを待ち焦がれているんですよ。
A:彼はもう自分のソロ活動を始めてるからね。彼はサイドマンを続けるべき人材じゃあないよ。
Q:だけどあなたたち二人のコンビネーションは天下一品ですよ。
A:そうそう、ぼくたち二人は特別なコンビネーションだからね。
Q:彼はもうあなたとツアーしないんですか?
A:でかいプロジェクトの時だけだね。
Q:あなたの次のプロジェクトは?
A:ビッグバンドだ。この月曜に活動が始まる。
サンプルについて
Q:CDにサインして頂けますか?
A:もちろんだよ。君はぼくのアルバムの現物を所有する数少ない人だ。
Q:デジタル配信だとクレジットやライナーノーツとか見られませんから、どうしても買ってしまいます。
A:それそれ!ラッパーのレコーディングに参加すると特にそれだよ。こっちがどんなかっこいいこと演奏しても、その上からぐちゃぐちゃにラップされて、誰もぼくが演奏した部分なんて気が付いてくれないからね。彼らは何もわかってないくせに指示だけは出すんだよ。呆れちゃうぜ。
Q:ぼくは(『Star People Nation』1曲目の)<Have You Come To Stay>(楽曲解説 →)が大好きです。でも最初サンプルの使用にはちょっと驚きました。
A:ジャズミュージシャンのサンプルはもう懲り懲りだ。版権の80%を要求されたんだよ。サンプルじゃなくて自分で再現演奏で録音すればよかったと後悔したよ。80%持って行かれて、じゃあジョー・チェンバースは宣伝してくれるのか、って言ったらしちゃあくれないだろう。
Q:今日は本当にありがとうございました。
A:こちらこそありがとう。今夜のステージ、楽しんでくれたら嬉しいぜ。
ライブの後でもう一つ最後の質問をした。
Q:聞き忘れていたことがあります。ニューヨークからロサンゼルスに引っ越したのはなぜですか?ニューヨークでは新しい試みが受け入られますが、西海岸はかなり保守的でしょう。
A:ぼくはもうロスに住んでないよ。実は今はホテル暮らしさ。毎日旅の日々だからね。トランペットと、MacBookと、スーツケースだけだ。気楽なもんさ。ロスに移ったのは気候が理由だったけど、どうせ旅続きで気候を楽しむ時間はなかったからね。アパートの契約が切れた時に更新しなかった、というわけさ。明日の朝は4時にミシガンに向けて発つよ。
ライブは期待通り素晴らしいものだった。ボストン公演メンバーは:
- Theo Croker(シオ・クローカー)トランペット、ボーカル
- Liya Grigoryan(リヤ・グリゴリアン)ピアノ
- Russell Hall(ラッセル・ホール)ベース
- Michael “Shekwoaga” Ode(マイケル・オデ)ドラムス
ピアノのリヤはNY在住のアルメニア人で、シオのヨーロッパでのツアーメンバーだそうだ。彼女は素晴らしい演奏を聴かせてくれたものの、筆者の大好きなレギュラーメンバーであるMichael King(マイケル・キング)でなかったのが残念だった。反対にベースのラッセルには驚喜した。そのドライブ感といいパワーといい、名前は知っていたものの見るのも聴くのも初めてで、あまりのすごさに失神しそうになった。
シオは新譜や他のアルバムの宣伝のために馴染みのある曲で埋めるのかと思ったら、なんとレコードレーベルにボツにされた曲を数曲演奏した。どれもがスイングビートのドジャズで、レーベルは売れないと判断したらしかった。筆者はこれらの曲でラッセルのウォークに完璧にノックアウトされてしまった。ともかくすごかった。
そしてシオはなんと1曲歌った。ジャズのスタンダードだ。書き取っておけばよかったが題名がどうも思い出せない。その曲を始める前に、観客の中にいたバークリーの生徒に向かって面白いことを言った。”You have to learn from the shit, or the shit becomes real.” 意訳すると、「ちゃんと古いものから学ばなくちゃあダメだ。じゃないとクソまみれの結果になるぞ。」