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FeaturesNo. 217R.I.P. ナナ・ヴァスコンセロス

ナナ・ヴァスコンセロス、自然へ還る

text by 神野 秀雄 Hideo Kanno

2012年末からミュンヘンHaus der Kunstで開催されたECM展「ECM – The Sound Archeology」の無料パンフの表紙、パット・メセニー・グループ。左からライル・メイズ、ナナ・ヴァスコンセロス、スティーヴ・ロドビー、パット・メセニー、ダン・ゴットリーブ。そこで溢れる笑顔が特別な存在感を見せていたのがナナだった。なぜキュレーターがこの写真を表紙にしたのか。正直、展示とサウンドが全体的にクールでモノクロームな印象であったのにそぐわず、鮮やかで妙に人間臭い。ECMの活きた大切な断面を切り取ったといえる貴重な写真だ。『Offramp / 愛のカフェオーレ』(ECM1216, 1982) の頃、トリオレコードの依頼でノーマン・シーフが撮影したものだ(館内展示では撮影者不明となっていた)。パット・メセニーの公式ウェブサイトでの追悼文によると「彼は最高のパーカッショニストの一人であったことに加えて、魅力溢れる素晴らしい人間でした。彼の行くところ(いつも肩にはビリンバウがかかっていた)どこでも、友人ができて、彼のまわりに真の喜びをもたらしていました。彼の笑いは伝染していって、どんな状況でも幸せを振り撒く才能がありました。」

続いてライブを収録した『Travels』(ECM1252/53, 1983)をリリース、遡ること1981年に『Pat Metheny and Lyle Mays / As Fall As Wichita, So Falls Wichita Falls』(ECM1191)に参加している。パットの追悼文では、「私がより電気的な音に依存して行くにつれて、より自然な音とのバランスを取る重要性を感じていましたが、ナナはその声までを含め完璧な形でそれを実現してくれました。」
『Offramp』と『Travels』はリアルタイムに大好きだったとは言い難いアルバムのだが、歳を取って不思議とその2枚が他のアルバム以上に頭に音が浮かんで来ることに驚かされ、そこにはナナの拡げる世界がある。その後のトリオなどシンプルなほどよいと思っていた<James>でさえ、ナナのトライアングル?が最も大切な要素として沁み込んで来る。
『First Circle』あたりから参加するアルゼンチン出身のペドロ・アズナールも大好きだが、それでもパットの表現の地平を自然に拡げるナナの存在は特別なものだった。その後のパットは、いくつかのフェイズを経ながら、次第に緻密なサウンドデザイン、オーケストレーションの才能を発揮して行くが、それは反面、ナナが拡げたナチュラルな空気感とは違うものになっていき、オーケストリオンに象徴されるようにプレイヤーの自由度や個性の発揮はやや小さくなった感は否めない。直近のユニティー・グループのジュリオ・カルマッシはウィル・リー・ファミリー・バンドで輝いていたのに、マルチプレイヤー枠の本領を発揮する場がなかったように思われた。ともあれ、ナナ・ヴァスコンセロスを擁したパット・メセニー・グループのツアーがあったことは素晴らしい。いや、私はライブ遠征できる歳ではなかったので目撃できなかったのだが。
1988年1月29日東京・芝郵便貯金ホールでのヤン・ガルバレク・グループ。ヤン(ts, ss)、エバーハルト・ウェーバー(b)、ライナー・ブリューゲンハウス(p, keyb)、そして、ナナ・ヴァスコンセロス(perc)。それまでレコード、CDでナナの凄さは分っていたつもりだったが、全身そのものがパーカッションであるかのような存在感と表現力に圧倒されてしまった。このコンサートには作曲家の武満徹も来ていて、楽屋口で言葉を交わせたのも思い出深いが、ヤンだけでなく、武満はナナとも話したのではないだろうか。このグループの音は『Legend of Seven Dreams』(ECM1381, 1988)に収録されていて、その密度の高さと爽やかさ、いまでも新鮮に心に響く。なお、ヤンとナナの共演としては、ラルフ・タウナー、コリン・ウォルコットも加わった『Egberto Gismonti / Sol Do Meio Dia』(ECM1116, 1978)の<Cafe>も大好きで、<Cafe>は後にアジマスのライブで、ノーマ・ウィンストンのヴォイスとともに聴く機会があった。

その後、名目上とはいえ、武満が監修していた「Tokyo Music Joy 1991」にナナが出演し、矢野顕子、ビル・フリーゼルと共演、昭和女子大人見記念講堂で公演が行われた。残念ながらこの公演には行かなかったのだが、YouTubeで見ることができる。<It’s for You>での矢野とナナのデュオが素晴らしい。パット・メセニー、ライル・メイズ、ナナで『As Falls Witchita, So Falls Witchita Falls』(ECM)を録音、他方、矢野顕子は『Welcome Back』で、パット、チャーリー・ヘイデン、ピーター・アースキンとともにこの曲を録音したという因縁の先にこのデュオがあった。だいたい、矢野がチャーリーに「誰かいいギタリストいないかしら?」「いるよ」。翌日スタジオにパットが来ていたという贅沢過ぎる逸話がある(パットはしばらくこのトラックを留守電に使っていたほど、気に入ったらしい)。この曲以外もすべての演奏がとんでもなく素晴らしく、行かなかったことが悔やまれる。いや記録が残っていることに深く感謝したい。

ブラジル、ペルナンブーコ州レシフェの北にある古い街並みが美しい人口約30万人の大西洋岸の都市オリンダに1944年8月22日に生まれたナナ(公式ウェブサイトも含めレシフェと書いたあることが多いのだが)。71歳を迎えた2015年まで元気に活発に活動していた。その様子は、ブエノスアイレスでのテレビ番組収録の公式YouTube、コンサートの非公式と思われる動画で見ることができる。その素晴らしさは言葉では表現しきれない。「晩年」などではなく、絶頂であり、まさに今を生き生きと刻んでいる。ぜひご覧になって、ナナに会って欲しい。

ラストリーダーアルバムと思われる2010年の『Sinfonia & Batuques』の充実した内容と心の底に響き渡るグルーヴ。<Batuque Nas Aguas>のPVでは、実際の録音ではなく、撮影のためとはいえ、海、地球とまで一体になり、波動を生み出すナナの姿に感動を禁じ得ない。

ナナを突然失ったご家族、仲間、ファンの悲しみは計り知れない。でも、不思議と森の中へ、風になって空と海へ、ビリンバウを背負ったまま還って行ったような爽やかな印象を残す。今年のラ・フォル・ジュルネのテーマ「la nature」にしても、自然と人を媒介する存在としての音楽の素晴らしさと不思議さに気付かされる。特にブラジル音楽の中にそれを見ることも多い。まさにナナはそのために世界に遣わされた存在なのかも知れない。さようなら、ありがとう、ナナ!

【関連リンク】
Nana Vasconcelos official website
http://www.nanavasconcelos.com.br/
Vivo en Argentina – Nos visita Naná Vasconcelos – 2015.6.4
https://youtu.be/RUnRCy262lw
Pat Metheny: RIP Nana Vasconcelos
http://www.patmetheny.com/news/full_display.cfm?id=114
Nana Vasconcelos “Batuque Nas Aguas” (2011)‬‬
https://youtu.be/aGo6SEPXRB8

【JT関連リンク】
ECM – A Cultural Archaeology
2012.11.23〜2013.2.10 at Haus der Kunst, Munchen
http://archive.jazztokyo.org/live_report/report506ex.html
ラ・フォル・ジュルネ2016 / La Folle Journee 2016 「La nature」

神野秀雄

神野秀雄 Hideo Kanno 福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。Facebookグループ「ECM Fan Group in Japan - Jazz, Classic & Beyond」を主催。ECMファンの情報交換に活用していただければ幸いだ。

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