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このディスク2016(海外編)No. 225

この1枚2016(海外編)#05 『アロルド・ロペス・ヌッサ/エル・ビアッへ』

text by Keiichi Konishi 小西啓一

『アロルド・ロペス・ヌッサ/エル・ビアッへ』
Mack Avenue / King International MAC 1114

Harold López-Nussa (p,key, backing vo= [track 9])
Alune Wade (b,vo, backing vo= [track 9])
Ruy Adrián López-Nussa (ds, perc, triola, backing vo= [track 9])
Mayquel González (tp, flgh)
Dreiser Durruthy (tambores bata, vocal= [track 2])
Adel González (perc= [track 6])
Ruy Francisco López-Nussa (ds= [track 7])

01.メ・ボイ・パ・クーバ
02.アフリカ
03.フェリア
04.ロボズ・チャ
05.バカラーオ・コン・パン
06.エル・ビアッヘ
07.モザンビーク・エン・ミ・ビー
08.ウナ・ファーブラ
09.インスピラスィオン・エン・コネチカット
10.オリエンテ
11.インプロブ(メ・ボイ・パ・クーバ)

 

16年のこの1枚(海外編)は、今年もほかの人が選ばない(であろう)ラテン・ジャズ=キューバン・ジャズから~多くのファンがこの音楽の素晴らしさに気付くようにとの願いも込め~選出してみた。このラテン・ジャズの分野、シーンを代表する実力派、ロベルト・フォンセカの『ABUC』、話題の映画“キューバツプ”で一躍その才に注目が集まったアクセル・トスカ(キューバを代表するディーヴァ、シオラマ・ラウガードの息子)の『アクセル・トスカ』、そして今や人気沸騰とも言えそうなアロルド・ロペス・ヌッサの『エル・ビアッへ』。この若手3羽ガラスともいえるキューバの卓抜ピアニスト達の秀作が並び、1枚に決め込むのは難しかった。だが“東京ジャズ”での聴衆の度肝を抜いた圧巻のパフォーマンスを買って、アロルドの作品をトップにした。”旅”と言った意味合いのこの新作、彼が旅した実際の土地、そして自身の想像の旅などいろいろな意味を込めた“旅”アルバムで、今色々と話題の作品を提供している”マック・アベニュー“レーベルからのもの。キューバものとは違い日本でも手に入りやすくなったのも嬉しいところ。

アロルドはキューバの至宝、エルナン・ロペス(p)を叔父に持ち、今やキューバを代表するピアニストにまで成長、既に数枚のリーダー・アルバムを発表、”コットン・クラブ”でも来日公演を連続して行うなど、知る人ぞ知る才能豊かな逸材。だが”東京ジャズ“を聴きに来た多くのファンはほとんどその存在を知らなかったはず。それがピアノのアロルド、実弟のバカテク・ドラマー、ルイ・アドリアン、あのリチャード・ボナを彷彿させる、セネガル人のベーシスト&ボーカリスト、アリュンヌ・ワッドウ。この超絶テクニックの3人による、圧倒的なスピード感、抜群のグルーヴ感、そして目くるめくエナジー&パワー。彼らの演奏が始まると同時に現出される祝祭空間、それに聴く者は翻弄・幻惑され続け、恍惚の忘我状態のまま一気にクライマックスへと誘われていく。それだけに終わってのアンコール要請は凄まじいもので、”ラテン・ジャズなんか胡散臭いなー“などと愚痴っていた、多くのジャズ・ファンの耳目を仰天させたこのステージ終了後、アルバム売り場には客が殺到、あっという間に用意されていた数十枚のアルバムは売り切れ状態。

その驚愕トリオにトランぺッターなどのゲストを数曲で迎えた『エル・ビアッへ』。キューバン・ジャズ+アフリカといった趣きの濃い作品になっており、実際”アフリカ”や”モザンピーク”等、地名を織りこんだタイトルのナンバーも並ぶ。アリュンヌのシルキー・タッチのボーカルも効果的に決まり、若々しくも懐が深くダイナミズム溢れたキューバン・ジャズに、絶妙なアフロ・アクセントを付加する。抜群の技巧を誇るとともに作・編曲にも才を発揮する兄貴アロルド、彼と常に行動を共にしている弟のルイ・アドリアン。あの伝説のオラシオ・エルナンデスをも凌駕するような凄腕ドラマーとも言えそうだが、彼らの情愛深きコンビネーション、応えられません。アルバムはアロルドのオリジナルがメインだが、叔父のエルナン(4)やあの“イラケレ”のボス、チューチョ・バルデス(5)の曲も、彼らなりの若々しい感覚で取り上げ、見事に彼らのカラーに仕立て直している。

オバマ大統領等の努力でアメリカとキューバの関係が劇的に良くなった今、“マッド・ドッグ”トランプの登場で再び暗雲が漂いつつあるが、アロルドやフォンセカ、トスカ等の才能ある若手達がその魅力ある音楽で、黒雲を強烈に吹き飛ばしてくれること、切に願いたいものです。

小西啓一

小西啓一 Keiichi Konishi ジャズ・ライター/ラジオ・プロデューサー。本職はラジオのプロデューサーで、ジャズ番組からドラマ、ドキュメンタリー、スポーツ、経済など幅広く担当、傍らスイング・ジャーナル、ジャズ・ジャパン、ジャズ・ライフ誌などのレビューを長年担当するジャズ・ライターでもある。好きなのはラテン・ジャズ、好きなミュージシャンはアマディート・バルデス、ヘンリー・スレッギル、川嶋哲郎、ベッカ・スティーブンス等々。

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