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R.I.P. 児山紀芳No. 251

Boxman in Paris 〜児山紀芳さんの想い出

text by Hiroshi Itsuno 五野 洋

あれは1992年か93年だと思う。
当時のポリグラム・ジャズ・フランスは素晴らしい仕事をしていた。スタン・ゲッツ、ヘレン・メリル、J.J.ジョンソン、チャーリー・ヘイデン、アビー・リンカーン、ランディ・ウェストン等、契約アーティストはアメリカのポリグラムより充実していたくらいだった。その熱い現場をスイング・ジャーナルの編集長に復帰されていた児山紀芳さんに取材してもらうため、パリにお連れした。
というのも、その素晴らしいチームを率いていたジャン・フィリップ・アラードこそ、児山さんをジャズ界のメンターと仰ぐ男だったからだ。

それまで約10年間日本フォノグラムのプロデューサーとしてジョン・ルイス、ヘレン・メリル、ロン・カーター、レイ・ブライアントなどの新録音や、未発表音源の発掘によるクリフォード・ブラウン、ダイナ・ワシントンなどのコンプリート・ボックス化により”Boxman”の愛称で世界的に知られていた児山さんが古巣スイング・ジャーナルの編集長に復帰することになった時、同じポリグラム・ジャズのメンバーとして児山さんの仕事を尊敬していたジャン・フィリップはこう聞いたそうだ。「今まで手がけてきたアーティストはどうされるのですか?」すると児山さんは「あなたに引き継いで欲しい。アーティストにはもう伝えてある。」と答えた。
驚いたジャン・フィリップはプレッシャーを感じつつも引き受け、それがジョン・ルイスやヘレン・メリルと仕事をすることになるきっかけになったそうだ。それからのジャン・フィリップは精力的にポリグラム・ジャズ・フランスを引っ張り上記のような素晴らしいアーティストたちと次々に契約する。その恩師、児山さんがパリに来るということで、ジャン・フィリップは最上級のもてなしを計画していた。彼は我々二人をパリでも最高級の三つ星レストラン「タイユヴァン」のフルコース・ディナーに招待してくれたのだ。今でこそ東京にも進出して最高級フレンチの老舗として世界的に有名だが、当時はまだそこまでの知名度はなかったと思う。ところが児山さんは美味しい食事には目がない方で、ニューヨークでも素晴らしいチャイニーズ・レストランに連れて行っていただいたくらい!
その児山さんが「タイユヴァン」を知らない筈はなく、「五野クン、あそこは相当な格式の店だからジャケットにネクタイで行った方がいいよ」ということになり、当日、私は児山さんのアドヴァイスに従いそれなりの格好で店に到着した。ジャン・フィリップと彼の片腕ダニエル・リチャードはまだ来ておらず、先に席に案内された。するとやって来ました、二人のパリジャン。ところが何と二人ともノー・タイ。ダニエルに至ってはTシャツ一枚。お店の人と交渉して、ネクタイとジャケットを借りてやっと入店、しかもダニエルはTシャツの上にネクタイという珍妙ないでたちだが、それが妙に似合うから憎めない。店の人は今度東京に出店しますので是非よろしくお願いします、と店の真ん中に飾ってある東京店の模型をわざわざ持って来る始末 (そんな高級なお店、高くて行けませんが…) さて、フルコースは前菜、メインとどんどん進み、その素晴らしい味を堪能。その度にワインをセレクトしてもらい、デザートになるとまた別のワイン。満腹と酔いでヘロヘロになりながら食事が終わり、もう飲めん、と思っていたら今度は食後のリキュールと来た。もうこれ以上は無理というところでお開き。ジャン・フィリップは勘定を済ますと何とホテルまで送って行くと言い出し、断りきれずに同乗したのが運の尽き。パリの曲がりくねった道を結構なスピードで飛ばすジャン・フィリップがジャン・レノに見えて来て生きた心地ゼロ、ホテルに着いた時は完全に酔いが冷めておりました。飲んでも運転する当時のパリの怖さを体験し、生きた心地がしない人生最悪のドライヴとして、帰国後も二人でよくこの話で大笑いしたものです。

写真:LtoR ランディ・ウェストン 五野洋 ジャン・フィリップ・アラード 児山紀芳

ポリグラム時代、パリ以外にもヴァーヴ50周年記念カーネギーホール・コンサートやボルティモアのゲイリー・トーマス自宅など数々の海外取材をご一緒しました。2004年に独立して55 RECORDSを立ち上げてからもNHK-FM “Jazz Tonight” にジェシ・ヴァン・ルーラー、ロバータ・ガンバリーニ、鈴木良雄、中村健吾、三木俊雄、片倉真由子などをゲストに呼んでいただき、生演奏とトークで楽しい時間を過ごしました。特に生演奏を熱心に、それこそ初めて生を聴くように嬉しそうな表情でお聴きになっていらしたのが強く印象に残っています。
最後にNHKのスタジオでお会いしたのは昨年5月、野力奏一さんのゲスト出演の時でした。いつもと変わらない明るい表情と笑顔で野力さんのピアノ演奏を楽しんでいらしたので、体調急変を知り驚きました。抗がん剤治療で体調の変化が激しい中、奥様のご連絡で11月末に今日なら話も出来ると聞き、病院に伺いました。お見舞いの品をいろいろ考え、家内手作りの梅干をお持ちしたら、何も食べられないが梅干だけはOKと言われ、安堵しました。海外取材の思い出話に花が咲き、そろそろと思って握手をした時、初めて児山さんの涙を見ました。

児山さん、本当にお世話になりました。

We Remenber “Boxman”.


五野 洋(いつの・ひろし)
早大ハイソサエティ・オーケストラでギター担当。
ポリドール〜ポリグラム〜ユニバーサルを経て2004年 55 Records代表。ジェシ・ヴァン・ルーラー、ロバータ・ガンバリーニなどをプロデュースするとともに、ONEレーベルを通じて鈴木良雄を多角的にフィーチャー。

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