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R.I.P. ゲイリー・ピーコックNo. 270

追悼、ゲイリー・ピーコックさん by 井上陽介

Text by Yosuke Inoue 井上陽介
Photo by Roberto Masotti

初めてその音に触れたのは音楽大学に在学中のことでした。まだジャズの演奏を始めたばかり。しかもエレキベースからウッドベースに持ち替えたばかりの頃。それまでジャズでウッドベースというと、まずポール・チェンバース、そしてロン・カーター。それを聴き込んで真似をして少しずつ演奏ができるようになっている頃でした。

そんな時に聴いたキース・ジャレット・トリオの『Standards Vol.1』。それはもう衝撃的なサウンドで、それまでジャズというものに対して持っていたイメージを根底から覆すものでした。最初はキースの特異な演奏によるものという印象でしたが、聴き込んでいくうちにもしかすると他のメンバーのサポートの力も大きいのでは、と気が付き始めました。

ゲイリーさんのベースプレイは、ありきたりのものとは違い、どちらかというと定型を持たない、絡みつく、まとわりつく、そして鋭く切り込んでくる、そんな印象。まるでピアノとの会話を楽しんでいるようでもあります。深い音色と鋭いアタックによって時に挑戦的にも聞こえるのですが、それでも全体的には決して下品にならない高貴な感じでもあります。そして何よりも哲学的にも感じるアプローチによって、トリオが思いも寄らない未開の地に足を踏み入れる冒険の後押しをしているようでもあります。

そして初めてライブでその姿を目の当たりにしたのもキース・ジャレット・トリオの来日公演でした(1985年2月9日、大阪・フェスティバルホール)。この頃にはもうこのトリオに夢中になっていたので、コンサート中は一音も聞き漏らすまいと集中して聞きました。そして、なんと終演後に直接会ってお話しできるという機会をいただき、一生懸命英語で質問などをしましたが、全て流暢な日本語で返答が返ってきたのにも驚かされました。なんでも日本に長年住んでいたそうで、納得。

その後、リーダー作や参加作をできるだけ探して聞き、ますますその活動の幅広さに感嘆するより他ありませんでした。アルバート・アイラーの作品は、フリージャズというものへの興味の目を開くきっかけにもなりました。参加している演奏はどれも魔法をかけたように特別なものとなる様から、ゲイリーさんは僕にとっては魔法使いとなりました。

時は流れ、最後のキース・ジャレット・トリオの来日公演を見にオーチャードホールへ。その頃はゲイリーさんの体調も優れていなく、演奏に精彩を欠いたものが多いと聞くことが多くなりました。しかし、そんな心配は無用の創造のエネルギーに満ち溢れた演奏。最後のアンコールではいきなりフリーの演奏に突入するなど驚きの連続。やっぱりゲイリーさんは魔法使いだったのでした。

沢山の魔法のような演奏をありがとうございました。


井上陽介 Yosuke Inoue ベーシスト、作曲家
1964年7月16日、大阪生まれ。大阪音楽大学作曲科卒。1991年よりニューヨークを拠点に活動。1997年には初リーダーアルバム『Speak Up』をニューヨークで録音、2019年の『New Stories』まで9枚のアルバムをリリース。在米中、ドン・フリードマン、ハンク・ジョーンズのグレート・ジャズ・トリオなどの数々のグループでのレコーディングやライブハウスやヨーロッパツアーでの演奏など国際的に活動。2004年には活動の拠点を日本に移す。
2014年には『Good Time』を秋田慎治(p)、荻原亮(g)、江藤良人(ds)、丈青(p)らと録音。好評を受け2017年に同メンバーで『Good Time Again』をリリース。2019年には若手の俊英、武本和大(p)、濱田省吾(ds)と共に録音したピアノトリオ作品『New Stories』をリリース。現在、このトリオでのツアーを精力的に行っている。この他、塩谷哲トリオ、大西順子トリオ、渡辺香津美のレギュラーメンバーとして、また、絢香、佐藤竹善、Superfly、May J、JUJUなどJ-Popのサポートも含め、数々のセッションに参加し日本のみならず海外でも精力的に活動している。
井上陽介ウェブサイト

(追記)なお、井上陽介と山木秀夫が参加する塩谷 哲トリオには、<Another Tale of A Star>という、スタンダーズ・トリオでの最初の録音となった『Gary Peacock / Tales of Another』(ECM1101、1977年)へのオマージュ曲がある。

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