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このパフォーマンス2020No. 273

#01 喜多直毅クァルテット『異土』

2020年12月18日(金)@東京成城学園前・アトリエ第Q芸術1Fホール
text by Kayo Fushiya 伏谷佳代

<出演>
喜多直毅クァルテット:
喜多直毅 (音楽とヴァイオリン)
三枝伸太郎(ピアノ)
北村聡(バンドネオン)
田辺和弘(コントラバス)

<プログラム>
1. 鉄条網のテーマ
2. さすらい人
3. 田園(新曲)
4. 疾走歌
5. 峻嶺
6. ふるさと


コロナウィルスの蔓延であらゆる機能がフリーズしてしまった本年度は、普段気づいてはいるものの目を背けていた世の中の醜い部分が一挙に噴出した一年だった。拍車のかかる不寛容。パソコンでデリートするように気にくわないものは視界から消す、人間性をもデジタル化された風潮。殊に都会は凍土だ。喜多直毅クァルテットの音楽が喜多の出身地である岩手県、ひいては東北を原風景としていることは知られているが、コロナ禍のライヴ制限にあって4度も公演を続けた2020年の〆のタイトルが『異土』であったことはいかにも示唆的である (通常は公演に合わせた新曲がタイトルになることが多いのだが)。

感情やエナジーのとめどない奔流、それと対を成す出し抜けの抑止と意識層の急激な切り替わり―タンゴを重要なベースとするこのクァルテットがはらむのは、凍てつくような寒さと紙一重の熱。深層から絞り出されるメロディの儚(はかな)さはリアリティへの絶望を映す鏡だ。なぜ沈黙や郷愁の残滓に心震えるのか。それを意識して改めて気づく薄ら寒い現況がある。

会場や楽器のコンデションにも拠ろうが、この日は楽曲の格子ががっしりと浮き彫りに。外向的な華美さを封じ、楽器の材質感を随所で際立たせながら音楽は内攻してゆく。風雨に洗われ鞣(なめ)されながら生きながらえる、ただ「在る」ことの圧倒的美しさ。喜多自身の「東北性の再確認」がおおきなテーマではあるが、メンバー全員が自らの音楽と静かに対峙する気の総和が、内省的な迫力となって場を満たす。民族楽器や民謡を思わせるアプローチは、土着的な祝祭の度を盛り上げ(「さすらい人」「田園」)、エンターテインメントを超えた闇のなかの狂騒と化す。逼迫したり陥没したりと自在に伸縮する時空、「峻嶺」ではちょっとした氷結の境地をあじわった。メンバー全員のエネルギーの溜めが静寂を深く抱く。どこで聴いている音楽なのか、どこで鳴っている音楽なのか、そうした意識が一瞬霧消したのだ。
ただ音と一体となる孤絶。
音楽は痛みであり、救いでもある。(*文中敬称略)

<関連リンク>
https://www.naoki-kita.com/
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https://synthax.jp/RPR/mieda/esperanza.html
https://www.facebook.com/kazuhiro.tanabe.33?ref=br_rs


*次回の喜多直毅クァルテット公演は2021年2月26日(金)、としま区民センター多目的ホールで予定されている(主催:としま未来文化財団、企画制作:雑司ヶ谷TANGO BAR エル・チョクロ)。『池袋ネガフィルム―戦後昭和の残像』と題し、現代からネガフィルムのように過去の池袋の姿をあぶり出す試みで期待大。

問い合わせ先:
雑司ヶ谷TANGO BAR エル・チョクロ
Tel: 090-7739-0777 E-Mail: info@el-choclo.com

としま未来文化財団事業企画グループ
Tel: 03-3590-7118 (平日10:00~17:00)

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。欧州に長期居住し(ポルトガル・ドイツ・イタリア)各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評(月刊誌/Web媒体)、演奏会プログラムやライナーノーツの執筆・翻訳など多数。

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