カーラ・ブレイの墓碑銘 by 粂川麻里生
カーラ・ブレイの訃報が伝えられた時、彼女を形容するのに使われていた言葉は「フリー・ジャズの巨匠」、「フリーの女王」というものだった。なるほど、たしかにそんなふうに呼ぶ人もいたな、とは思ったが、どうにも落ち着かない。あの、ロックからファンク、そしてジャズやクラシックまでまたがる、実に多彩多様な音楽世界を聴かせてくれた彼女のキャリアを形容する言葉は、本当に「フリー・ジャズ」なのだろうか。フリー・ジャズのミュージシャンって、あんなにたくさんの(しばしば大変に美しい……)曲を「作曲」するのものなんだろうか。
僕自身は、受験浪人生時代に聴いた『ライブ!(艶奏会)』(1982年)で、カーラの作品が好きになり、「ハレルヤ!」を何度もくり返し聴いたものだが、当時は彼女を「ソウルかロックのミュージシャン」と思っていた気がする(カーラが、ニック・メイソンのソロアルバム『Nick Mason’s Fictious Sports』(1982年)も全面的にプロデュース(全曲を作詞・作曲・編曲)していたことも大きかったはずだ)。
たしかにカーラはドン・チェリーやセシル・テイラーのアルバムもプロデュースしたが、ニックのアルバムはピンク・フロイドに直結する、いわばプログレッシブ・ロックだったし、彼女自身の代表作とも言われる『Escalator on the Hill』にはリンダ・ロンシュタットやジャック・ブルースを招いて、長大な音楽劇を聴かせている。彼女の音楽活動は、かくも多様で、広大で、カラフルで、到底一つのキーワードでくくれるようなものではなかっただろう(誰かがネットで書いていた、「ギル・エバンス以後、最大の作曲家兼バンドリーダー」というのは、ちょっと良いと思った)。
「ジャズ」と呼ばれる音楽はますます幅広いものになって来ているが、いま一番エネルギーのあるスタイルの音楽には、ことごとくカーラの呼吸が入り込んでいる気もする。「作曲」と「インプロビゼーション」の間に広大な宇宙を感じさせるような音楽、どんな楽器もスタイルも取り込んで、しかも痛快に楽しんでしまうハッピーな演奏。彼女は、たしかに、現代の音楽の世界を豊かに押し広げてくれた。
カーラ・ブレイの墓碑銘に何と書かれているのか、僕は知らない。けれども碑銘はなくていいんじゃないだろうか。”Carla Bley” とだけあれば、あとは残された録音たちが、インターネット上で永遠に響き続けるはずだから。
粂川麻里生 Mario Kumekawa: 慶應義塾大学アート・センター副所長、慶應義塾大学文学部教授
1962年、栃木県生まれ。慶應義塾大学卒。『ワールドボクシング』誌記者、上智大学専任講師を経て、現在慶應義塾大学文学部教授・同大学アート・センター(KUAC)副所長。「ゲーテ自然科学の集い」代表。専門領域は近現代ドイツ文学、言語哲学、スポーツ史、大衆文化論。