#04 謝明諺+武田理沙+T. 美川
Text by Akira Saito 齊藤聡
Photos by m.yoshihisa
2023年12月11日(月) 渋谷・bar subterraneans
MinYen “Terry” Hsieh 謝明諺 (ts, ss)
Risa Takeda 武田理沙 (synthesizer, drums)
T. Mikawa T. 美川 (electronics)
台湾の謝明諺(シェ・ミンイェン、通称テリー)はジャズに軸足を置いているが、作り出すサウンドは実に幅広く、フリー・インプロヴィゼーションのライヴも少なくない。new little one(スガダイロー、細井徳太郎、秋元修)、大友良英、内橋和久、栗林すみれ、遠藤ふみといった今回ツアーでの共演者の顔ぶれを眺めるだけでもその幅広さと実力がわかろうというものだ。
エレクトロニクスとの共演ということでいえば、ソニック・デッドホース(鄭各均)と組んだユニット「Non-Confined Space 非/密閉空間」(NCS)のサウンドが注目にあたいする。テリーのおもしろがりようは聴いているほうが驚いてしまうほどだ。非常階段やインキャパシタンツですさまじいノイズを放っているT. 美川(美川俊治)、絢爛豪華でときに凶悪なマキビシを使う武田理沙との共演には、そのような背景がある。雑にいえば「ギャップ萌え」だ。
テリーは、まずは音響的な効果を最大化した。ソプラノサックスをぐるぐる回しながら吹き、発信源を大きく動かすとともに、アンブシュアのありようを次々に変える。また雅楽の篳篥のように周波数を微妙にずらし続け、その持続音が聴く者に眩暈を感じさせる。さらにはテナーとソプラノとの2本吹きもただごとではなく、カウンターの上にテナーだけを置いたのも音響的な効果を考えてのことにちがいない。
テリーが音響的なアプローチを選んだのは、特異な場であったからかもしれない。地下にありながら天井が高く、ポジションによって音のありようがずいぶんと異なる。かれはリハーサル時に場所を入念に試し、壁から少し距離を取ってマイクを使わないことに決めた。
もちろん場の力を引き寄せたのはテリーだけではない。武田のシンセ音は頭上のスピーカーから鳴り響き、あたかも神の声であるかのような強度をもった。しかし、同時に地上では絢爛なショーをみせているのだから愉しい(本人は演奏後に「賑やかし」と言った)。シンセの煌びやかさと同等の発散は、店のスティックすべてをドラムセットの上からばらまくことだった。観客啞然。
武田がゲリラだとすれば美川は地上に腰を据え、そこから天にも地にも轟音を響かせ続ける。はっと頭蓋が揺れているような気がしてみると、それは美川の手により場全体が揺れているのだった。ときに素早い手つきで四方八方にカラフルなペンキ爆弾をぶちまけ、油断ならない。
ところで、テリーのブロウは音響的なものだけではなかった。とくにテナーを持ったとき、自身の内なる旋律を奏でたことが印象的だった。それは民謡であったりもジャズであったりもした。セカンドセットで披露したのはスタンダードの<It’s Easy to Remember>であり、かれの音楽的ルーツのひとつがジョン・コルトレーンにあることを示すものだ(『Ballads』において演奏)。2019年に豊住芳三郎(ドラムス)と共演した際には、コルトレーンとラシード・アリとのデュオ盤『Interstellar Space』を自然に引き寄せたこともあった。
3人はそれぞれ自分の作業に没頭し好きなルートを走り、ときどき横目で並走者のルートに入ったり、なにやら投げつけ合ったりもする。音がどこから聴こえるのか、そこからなにを感じ取るのか。場の力と演者の力が手を組んだライヴだった。
(文中敬称略)