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My Pick 2024このパフォーマンス2024(国内編)No. 321

#08 喜多直毅クアルテット 大阪公演
Naoki Kita Quartette Live In Osaka 岡崎 凛

喜多直毅クアルテット
~沈黙と咆哮の音楽ドラマ~
2024西日本ツアー・大阪公演
2024年9月3日(火)18時30分開場/19時00分開演
会場:日本基督教団 島之内教会 (大阪市中央区東心斎橋1丁目6−7)
主催:ムジカ アルコ・イリス

喜多直毅クアルテット:
作曲・ヴァイオリン:喜多直毅 (Naoki Kita)
バンドネオン:北村聡 (Satoshi Kitamura)
ピアノ:三枝伸太郎 (Shintaro Mieda)
コントラバス:田辺和弘 (Kazuhiro Tanabe)

1. 鉄条網のテーマ
2. 警笛のテーマ
3. 街角の女たち
4. 轍
5. 悲愴
6. 海に向かいて


長く待ちわびていた喜多直毅クアルテットの関西公演。それが2024年の9月初めに開催されると知ったときは嬉しかった。大阪公演にするか、それとも神戸公演にするか、または両方に行くかの選択が可能になるという幸運がいきなり舞い込んできた。そしてその日は近づいた。大阪公演の予定は9月1日(日)だった。だがその少し前に大型の台風が関西に近づいていた。やきもきするうちに、関西の2公演を主催するムジカ アルコ・イリスの安田さんから連絡が入る。1日は中止となり9月3日(火)の開催となった。自分はこの日の夜に特に予定はなかったので、これもまた幸運だった。

よかった、見に行けると胸をなでおろしたが、呑気に自分が喜んでいた頃に、音楽関係者を含め、どれだけ多くの人たちが、急な予定変更を迫られ、新幹線などの運休で身動きできず苦労していたか分からない。のろのろと進んだ台風のために被害に遭った人たちのことを想えば、よかったなどと言えるはずもない。しかしとにかく、貴重な大阪公演は会場変更なく行われた。大阪心斎橋に近い島之内教会は、雰囲気のよさだけでなく、音響面でもいつも満足できる会場である。

台風の被害予想のため分断された交通機関に阻まれて、関東からの関西移動に苦労したはずの喜多直毅クアルテットのメンバーは、疲れた表情など微塵も見せなかった。楽器を前にして譜面台の前に立つ彼らは、張り詰めた空気の中で開演を待っていた。

喜多直毅が観客の前に現れて挨拶を行う。その際に公演についての注意事項を述べるのだが、演奏途中の拍手は要らない、というか拍手するタイミングなどないであろう、という旨を語り、かなり驚いた。これから始まるものは全てがスペシャルなのだと予感したし、実際その通りになった。初めて聴く喜多直毅クアルテットの演者の前の長々と連なる譜面を見たときに、彼らが普通のバンドだとは誰も思わないだろうが、実際に演奏が始まると、彼らはさらに自分の常識を叩き壊していく。

特にリーダーの喜多直毅は、躍動感漲る姿でヴァイオリンを弾いていた。それまで彼のことを、ショービジネスやエンターテイナーといった言葉とは縁がない人と思っていた。だがこの日の彼は、音楽家の誰よりもショーマンシップを大切にしていると感じた。喜多は途方もなく激しい動きでヴァイオリンを操っていた。そのヴィジュアルの迫力が、クアルテットの推進力になっていく。目に入るもの全てが、喜多のタンゴ・クワルテットの美意識とともにあるのだ。そして彼らの演奏が最大限の魅力に輝く。

圧倒的なパフォーマンスなどという言葉がすんなり浮かんでくるのに違和感があったし、ショーという表現にも抵抗があったが、致し方ないと思った。これ以上の素晴らしいプロデュースがあるだろうか?

足のつま先まで神経を行き届かせ、全身でヴァイオリンを弾く喜多直毅を目の前に見ていた。会場内部は日常から切り離されて別世界となり、演奏家たちはさらなる異界への入口を用意していた。ダンサーはいないが、音楽が踊っていた。音楽のための物語が存在していた。ショータイムが始まっていた。演者のエネルギーは、一刻一刻をマックスに充実させる。曲終わりごとに、譜面台の楽譜がばさりと背後に投げ落とされる。だれも後ろは見ない。前へ。


演奏中の写真撮影は禁止となっていた。演奏後のサイン会でも、カルテットのメンバーにカメラを向けることなく、会場に置かれた楽器や積み上がった譜面の山だけを撮って帰った。今になって思えば、サイン会で写真を撮らせてもらえばよかったのだが、いつものように気軽に撮影を依頼できなかった。コンサートの間は、音楽家たちがいた「聖域」のような場を眺めていたので、その厳かさがまだ漂っていたのかも知れない。(彼らはごくふつうに、和やかにファンと交流し、にこやかにサイン依頼に応じていたので、そんなことを考えたのはおそらく自分だけだろうけど。)現在もなお、演奏中の4人の毅然とした表情が強烈に記憶に残っている。

コンサート後に出演者の写真撮影をしないのは、個人的にはいい記憶を保持できるだろうが、ライヴレポートには資料となる演奏家の姿がないということになる。主催者に写真を提供してもらおうかとも考えた。プロの写真家が撮っていれば確実にいいものが残っただろう。だがけっきょく、写真提供を依頼しなかった。

主のいないもぬけの空の場所で、廃墟観光さながらに、コンサート後の楽器を見て回った。ヴァイオリンは片付けられていたので、重い楽器たちを撮った。

そのときの写真は、喜多直毅クワルテットのアルバム『III』のアルバムレビューをJazzTokyoに寄稿したときに紹介した。コンサートの感想も「エピローグ(ライヴ体験記)」として載せたこのレビューは、自分の空想も書きこんでしまったため長々としているが、参考にして頂ければ幸いである。
https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-104914/
コントラバスの上部の「ライオンヘッド」は、多くの名演とエピソードのアイコンかもしれない。

今回の寄稿の見出し画像に選んだのは『喜多直毅クアルテット/III』のアルバムジャケットである。レコ発を兼ねた公演だったのでこれを使ってもいいかと選んだが、本来使おうとしたのは公演用のフライヤーだった。日程変更などがあったのでそうしたが、キャプションを付けて紹介したい。主催者と演奏家の苦労話も、本公演のサイドストーリーである。

<参考リンク>

喜多直毅によるnote投稿(https://note.com/vln_nkita/n/n0caf0fd030c3)には、【喜多直毅クアルテット・プロフィール】が記載されており、クアルテットとメンバー4人のプロフィールについてはこちらを参照されたい。

喜多直毅クアルテットのライヴについては、JazzTokyoコントリビュータの伏谷佳代さんの寄稿が必読である。
文章力に長けた伏谷さんの眼力とレビューの正確さ、説得力にぜひ触れてほしいと思う。
下記の寄稿では、2024年11月の喜多直毅クアルテットの充実ぶりが書かれており、音楽レビューとはこうあるべき、という思いを新たにした。

2024年11月6日(水)@東京渋谷・公園通りクラシックス

#1333 喜多直毅クァルテット Naoki Kita Quartette

岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

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