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R.I.P. 及川公生No. 325

及川先生、藝大を録る by 大村貴子

「サウンドレコーディング基礎演習」という講義を大学のシラバスに見つけたのは、2000年の初春だった。講師は「及川公生」とある。見覚えのある名前だった。中学生の頃愛読していた小学館の雑誌「レコパル」で「サウンド診断室」を連載していた方と同名だった。

まさか、と思いつつ、若干緊張しながら初回の授業を受講し、終講後、音響研究室に残っていた「及川先生」に恐る恐る話しかけた。「先生、もしかして以前、レコパルで連載をしていらっしゃいましたか?」。先生はたいそう驚いた様子で、「読んでいたの?はは、びっくりしたなぁ!」と仰って笑った。緊張が一気に解けたのを、昨日のことのように思い出す。

それからというもの、先生にはよく面倒を見ていただいた。新譜のサンプル盤を聴かせていただいたり、マスタリングの現場に連れて行ってくださったり。岐阜は多治見でのレコーディングの現場に泊りがけで見学に行ったこともあった。プロデューサーやジャズミュージシャン、レコード会社や出版社の方など、先生の紹介で様々な職種の方にお目にかかることができた。

及川先生はその後、2005年まで藝大で非常勤講師を務められた。その間、音響研究室に通っていた学生は、器楽科、作曲科、邦楽科、声楽科、楽理科と専攻は異なれど、先生を囲んでかけがえのない時間を過ごし、そのご縁は四半世紀を超えた今なお続いている。

及川先生の授業は“実践”そのものであり、「藝大はそこらじゅうに生音があるからいいなぁ」と仰って、ピアノやファゴット、箏など様々な楽器・編成の生演奏を素材にレコーディングの実習を行った。マイクの種類や配置を変えることで、どれほど音が変わるかということを我々は身をもって学び、それは学内での公演収録の場面などですぐに活かされた。

実習は、学内スタジオだけでなく、当時キャンパス内に完成したばかりの奏楽堂でも行われた。3点吊りのマイクの位置を慎重に見極め、ここぞというポイントを見つけると「OK!」と仰って、後は最低限の調整のみ。我々にはわからないようなわずかな調整で音が変わるさまは、まるで魔法のようだった。潔く、無駄のない仕事はまさにプロの技で、素材の良さを最大限に引き出すイタリアンのシェフの仕事を見ているような爽快感があった。自然で温かみのある録音は、まさに先生のお人柄そのものだと感じた。

今でも、先生の録音を聴くたびに、コンソールの前に立つその姿が浮かぶ。目をつむると、先生の朗らかな笑顔と声が蘇ってくる。

及川先生、本当にお世話になりました。心からの感謝とともに、ご冥福をお祈り申し上げます。

©2005 岩下哲也「藝大での授業風景」

©2000 岩下哲也 及川先生と筆者

大村貴子 おおむらたかこ

東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学大学院音楽研究科修了。コンサートホール・劇場勤務等を経て、現在、文化庁芸術文化調査官。

 

 

 

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