理想のTime and Space by 芳垣安洋
Text by Yasuhiro Yoshigaki 芳垣安洋
Cover photo by Roberto Masotti
常に第一線で素晴らしい音楽を作り続けてきたジャズドラム界の巨星が消えてしまいました。一般的に有名なのは、彼のキャリアの後半におけるキース・ジャレットのトリオやハンコックやパット・メセニーら様々なビッグネームとのセッションだと思いますが、そういった所謂ジャズのスタンダード的な曲などをスウィングビート中心に演奏する時においても、彼の演奏はビバップ〜モダンジャズの系譜にあるリズムのフォームに寄り添ったスタイルではなく、まるでメロディーを紡いでいくような独特な歌い口が特徴で、それが多くのリスナーを魅了してきたと思います。また近年何作も音源化された1969年頃のマイルス・デイビス・グループ在籍時のライブでの、定型のリズムを叩かない、どこにビートの中心があるのかもわからないほどの自由なリズムの作り方に驚き惑わされながらも圧倒された方もいるでしょう。ここではエルビン・ジョーンズ、トニー・ウィリアムスの次に現れたジャズドラミングの革命家ジャック・ディジョネットの様々な顔を知ることのできる作品をいくつか紹介してみようと思います。
ジャックの名が世界に轟くきっかけとなったのは、有名なチャールズ・ロイドの「フォレスト・フラワー(’66)」ビル・エバンスの「アット・モントルー・ジャズ・フェスティバル(’68)」ですね。共にほぼ60年近く昔の演奏であるのですが、ジャックの演奏はすでに21世紀のNYのジャズにおける新世代のドラミングと言われるものから受ける印象となんら変わらない斬新さを持っています。ロイドのバンドでは、ロックともファンクとも異なった8ビートや16ビート的なアプローチを聞かせます。エバンスのトリオでは、モダンジャズ的なスウィングビートとは異なった4ビートのリズムの中に、均一な8部音符を投げ入れたり、一定の位置に収まらないようにハイハット(当時は一般的に2、4拍目に入れることが多かった)を変化させたり、ピアノのアドリブソロに対してのレスポンスも当時のビバップスタイルとはかなり異なっています。このビル・エバンスのトリオにはモントルーと同時期に行われたスタジオ録音があり10年ほど前に発掘音源としてリリースされました。上記したアプローチが顕著なんですが、当時、アルバムプロデュース側が、リズムセクションの斬新なアプローチがエバンスのプレイを損なっていると思うほど、エバンスにストレスがかかっているように感じたことでリリースを控えたのではないか、とさえ思われます。
この衝撃的な世界デビュー後、マイルスはジャックを自分のグループにトニー・ウィリアムスの後釜として独占していしまいます。ロイドはジャックのみならず、同様に発掘したキース・ジャレットをもマイルスに譲ることになり、その後の活動が停滞してしまったと言われていますね。近年いくつかリリースされた発掘音源を聞くと、当時のマイルスのグループはライブにおいてはロックビートも取り入れながら相当アグレッシブな即興的な要素の強い演奏をしていて、ジャックの存在はまさにピッタリハマっています。特にこの時期のメンバーでの集大成とも言えるのは、映像化もされた’70年の「ワイト島のライブ」じゃないでしょうか。チック・コリアとキース・ジャレットのツインキーボードの編成になり、デイブ・ホランドもエレクトリックベースに持ち替え、即興的に展開するすごい熱量の演奏で、ジャックのDrum’nBass的な不定形なビートが縦横無尽に暴れまくります。彼はフレーズの中にダブルストローク(一打することで二つの音を出すテクニック)を多用します。そのテクニックが特に優れたこともあり、独特のフレーズを間断なく続けて変化させて、リズムから逸脱しているような不思議な感覚を聞き手に与えました。
‘70年を過ぎたあたり、すでにマイルスはスライやジミ・ヘンドリックスらの音楽に傾倒し新しいスタイルを模索し実験的な録音をメンバーや楽器を色々入れ替えて行なっていました。作品はこの長時間のリハーサルのような録音をプロデューサーのテオ・マセロが編集して仕上げる手法でした。ジャックはスタジオでのレコーディングでは「Bitches Brew」「On The Corner」あたりまでは中心的に関わっていますが、レニー・ホワイト、ビリー・コブハム、ビリー・ハート、レオン・チャングラー、ドン・アライアスなど様々なドラマーやパーカッショニストも入れ替わり立ち替わり複数参加するようになり、次第にライブではバンドもキーボード中心だったものがギターサウンドがメインになり、結果’73年には次のアル・フォスターがドラムを務めた編成へと移ってゆきました。
マイルスグループを離れてから、様々なセッションやレコーディングに引っ張りだこになるのですが、特筆したいのはこの時期にキース・ジャレットらと共にドイツのレーベルECMと契約をした事と自己のグループを主宰し始めたことです。ECMでの作品の初期のキースとのデュオ「Ruta and Daitya」は自由な展開の曲が多く、メインになるオルガンとドラムでの演奏以外に、小さなベルやシンバルなどを使ったり、ドラムセットをプリペアドしたりする表現で、フリーテンポのアンビエントな即興演奏なども聞けます。
実は彼はシカゴ出身で、10代の頃は彼の地の前衛的な音楽家達の集うAACMという組織の一員でAACMの中心的存在のピアノのリチャード・エイブラムスやサックスのロスコー・ミッチェル(後にArt Ensemble Of Chicagoを立ちあげ有名になる)などと活動していたようです。そんなバックボーンがあると聞けば彼の即興演奏の手法などにも納得がいきますね。’73年に発表された「Time & Space」はマイルスグループで共演していたベーシスト、デイブ・ホランドと共にスタン・ゲッツのバンドで来日した際に日本で録音された作品です。この中で彼はドラム以外にも小さなパーカッション類を使ったり、ピアノやキーボード、マリンバや鍵盤ハーモニカ、声まで使って、即興でとてもユニークでユーモアに満ちた作品を作り上げています。
‘70年代は、このような実験的な演奏にも手を伸ばしながらも、相変わらず様々なジャズミュージシャンとライブやレコーディングに明け暮れています。が、前述したような、基本のリズムに対してアクセントをずらしたり、時間軸が伸び縮みするように感じさせたり、リズムの形よりリズムの中のメロディー的な部分に焦点を当てたり、と言った手法をスウィングビートの中にもどんどん使い、ソロのバッキングの時はまだしも、ドラムソロやソリストとドラムの掛け合いの時など、ふと気を許すといつの間にかずれて聞こえてしまった、などとギミックに満ちた演奏があったりもします。チェット・ベイカーの「She Was Too Good To Me」(’74)フレディ・ハバードの「Super Blue」(’78)などのメインストリーム的な作品中にもこういったアプローチが聞ける曲があります。
ギミックという観点だけでなく、何しろ’70年代に残した彼のレコーディングセッションはどれもが素晴らしく、打点の明確さ、スピード、リズムや曲に対してのアプローチの斬新さ、推進力に満ちた見事なグルーブに満ちていて、当時のジャズミュージシャンのスタジオセッションに欠かせないドラマーだったことがよくわかる演奏ばかりです。また当時、ポップな感覚を売りにして、ジャズからフュージョンへとリスナーの興味が移行し始めた時期に興隆したレーベル、CTIのファーストコールはジャックとビリー・コブハムでした。そこに後に食い込んで行ったのがスティーブ・ガッドだったのも有名な話です。
彼がこのように様々な需要に対応できたのはもちろんドラマーとしてのスキルの高さがありますが、様々な民族音楽的なリズムにも精通しいろんなスタイルのリズムを自分独自の表現に結びつけたということが大きく関係しているように思います。’77年にリリースされたサックス奏者ソニー・フォーチュン(‘74年にマイルスバンドに参加したラテン音楽シーンでも活動してきたミュージシャン)の「Serengeti Minstrel」はケニー・バロンやウッディ・ショウらのジャズの実力派と共に、南米のリズムを基調としたグルービーでポリリズミックな演奏が特徴で、たくさん入ったブラジル系のパーカッションの賑やかさもあって、私は学生時代にかなり虜になりましたが、ジャックが奏でたサンバ的なビートが所謂ジャズサンバのパターと違ってダウンビート(1.3拍目)にハイハットを踏んだりする、それまでのジャズドラミングとは違ったアプローチで、かなり違った印象を受けた思い出があります。後述しますがこのスタイルのビートは1979年録音の「New Directions in Europa」の「Salsa For Eddie G」という曲でも使われていて明らかに他のジャズドラマーの叩くジャズサンバやアフロキューバンリズムと違う彼独自のオリジナリティーを感じます。

ECMレーベルにおいて、キース・ジャレットやジョン・アバークロンビーらのグループのレギュラーメンバーとして、リリースされた作品での彼のドラムは、それまでのジャズドラムとの印象の違いが大きく感じられます。彼のスタイルはポリリズミックなリズムの分割、スウィングビートとは違った躍動感、民族音楽的な要素、フリージャズ的なパルスを使ったテンポから外れた演奏、などとマックス・ローチやアート・ブレイキーからエルビン・ジョーンズやトニー・ウィリアムスへと進化してきたドラムの流れの延長線上にいるのですが、ジャックの演奏はそれまでのドラマー達に比べ、より立体的にドラムの各部位の音が重層的なアンサンブルをしているように聞こえます。ECMは独自の音響的処理をすることで有名なレーベルなんですが、そのレーベルでのリリースをしたことが彼の演奏に、特にドラムのオーケストレーション感覚に大きくフィードバックしたのではないかと思います。ECMにおいてレスター・ボウイやジョン・サーマンらの管楽器奏者とのデュオ作品がいくつかあるのですが、そういった作品では、鳴った音をただ現象として捉えるだけでなく、アンサンブルの要素として拾い上げ、相対するポイントに音を入れ、まるでバンドの曲のように音を組み立てていきます。またECMの残響音の多い録音にも関わらず、アバークロンビーの「Timeless」のようなアルバムで聞かれる、とてつもないスピード感、一音の力強い輪郭のはっきりした打音、これらを持っていた彼だからこそ独自のオーケストレーションを作ることができたのだと思います。
彼はドラマーとして、‘60年代後半のスピード感あふれるリズムの表現、マイルスバンド時代の間断なくパルスを連ねてアクセントを変化させていくアプローチ、’70年代から始まるECMでの録音を経て変化してゆく自身のドラムの中でのオーケストレーション、’80年代にECMにおいてスタートしたキース・ジャレットのトリオにおいて顕著になる、音のない空間と打音とのバランスの取り方、小節やリズムを超えていくようにメロディーを演奏するような表現、と次々に進化してきたように思います。
ジャックはセッションドラマーとして多忙な中、自己のバンドを主宰し作曲家としてのユニークな才能もどんどん開花させていきました。まずはマイルスバンドを辞めた時期に起こした「コンポスト」。「堆肥」と自虐的に名付けたバンドはまだフュージョンという言葉ができる前の、ジャズロック、ニューロックと呼ばれる活動をしていたメンバーを集め、ポップでファンキーな8ビートを使ったグループでした。バンドにはもう一人ユニークなドラマー、ボブ・モーゼスがいて、ジャックと交互にキーボードを弾いたりもします。ジャックはピアノ演奏も達者で、自分のバンドで演奏したりピアノ奏者としてリーダー作品を作ったりもしています。コンポストは楽しい音楽だったのですが当時は散々酷評され、トニーにしろ(Tony Williams Life Time)ジャックにしろ(Compost)マイルスバンド出身ドラマーが作るバンドはどうしようもない、などと書いてある記事が今でも残っています。次に、’70年代後半から活動を共にしていたアバークロンビー(彼のGateway Trioでもジャックは素晴らしい演奏を残しています)らの仲間と共に「Directions」「New Directions」と続けてグループを立ち上げます。いずれも独特のリフやリズムパターンから作られた曲が多く、ジャズ的であるもののロックやエスニック音楽的なリフレインが特徴的です。私は特にNew Directions の「Live in Europa」が好きでよく聴きました。炸裂するレスター・ボウイ(シカゴAACMの代表的存在)のトランペットとその裏でうねるアバークロンビーのギターのラインの対比が他にはない独自のサウンドを作り出しています。このライブのオープニングのドラムソロは、ピアニッシモの細かい繊細なスネとタムを交換するところから始まり、次第にテンポが現れるところからタムを使った大胆な力強いフレーズへと変化し、チャイナシンバルの連打などのアクセントで盛り上げた後、繰り返しのリズムによる誘い込みでベースとギターが入って来ますが、その瞬間の到達感がとてつもなく、客席から歓声が湧き上がります。私にとってこのジャックのソロは、他の誰のどんな凄いテクニカルなフレーズを使ったソロよりどんな早い連打よりも素晴らしい、メロディーを紡ぎドラムで表現する才能に満ちた最高の演奏だと思っています。
スケジュールなどの問題もあってこのグループは短期間で終わってしまいますが、それと入れ替わりにスタートしたのが「Special Edition」です。’79年、当時の新進気鋭のフリー系のサックス奏者デビッド・マレイ、アーサー・ブライスに Directions のベース、ピーター・ウォーレンの4人で、コルトレーン的なジャズのエッセンス、エリック・ドルフィーのソロや楽曲のような跳躍していく展開、エスニックなリフの繰り返し、オーネット・コールマン的な自由な音列の組み合わせ、などの要素を混ぜ込んだアコースティックなジャズバンドと言えると思います。ECMの録音は、こういった要素を多層的な印象で聞き手に伝えるのにぴったりだったのでしょうね。このバンドは若干メンバーチェンジを繰り返しながらも、その基本姿勢は貫いて10数年継続しました。2作目3作目はレゲエやロック的なリズムも導入され、一見繋がらないような繰り返しのパターンをいくつもまとめた楽曲などが多く収録されています。3作目の中「Inflation Blues」でのジャックの叩くレゲエのパターンは少しユニークながらも伝統的なスタイルをキープするとてもかっこいいフレーズ。しかもここでは叩きながらの素敵なボーカルも披露しています。次作の「Album Album」では、南アのアブドゥーラ・イブラヒム(アフリカを代表する偉大なピアニスト)のようなアフロ的なリフの繰り返しを大胆に導入し、それを最後にバンドはECMとの契約を離れ少しポップなミニマリズムを全面に押し出した音作りにシフトチェンジし始めます。’90年代に入るとこういった彼の作品作りも少しペースダウンし、ハンコックやパット・メセニーらとのセッション、ジャズミュージシャンとのレコーディングがまた増えていくようになります。
その中で最も長く継続したのがキース・ジャレットとのトリオでした。
’70年代のアバークロンビーとの二つのトリオ、’80年代以降の、ジョー・ヘンダーソン、ハンコック、メセニー、ソニー・ロリンズ、マイケル・ブレッカーなど多くのジャズセッション、ヨーロッパのミュージシャン達とのデュオ作品、キースとのスタンダーズトリオ、などについては他の方も触れると思うのでここには詳しく記することはしませんが、最後に私にとって興味深かった作品をもう2つ挙げておきます。
’97年の「Oneness」は、マイルスの「ビッチェズブリュー」などで共演して以来親交のあった打楽器奏者ドン・アライアスと共に作られた、様々なパーカッションを使った民族色の強いアプローチも聞ける作品です。打楽器がサウンドの中心となっているのですが、祭りやダンスのための打楽器の連続したグルーブとは違った構成で、ピアノやベースなどは所謂ECM的な空間を活かすように埋め尽くさない演奏で、とても静謐な美しい音楽になっています。この録音のことを振り返りながらジャックとドンの二人が作った打楽器のアンサンブルの映像もリリースされているので、ぜひ探してみてください。

もう一つは’2013年に行われたAACMの50周年アニバーサリーコンサートに登場した特別編成のバンドのライブ音源「Made in Chicago」です。ジャックとシカゴ南部の高校時代のクラスメイトでよくジャムセッションをしていたロスコー・ミッチェル、ヘンリー・スレッギルの二人のサックス奏者と、AACMの主宰者で、高校卒業後の彼らを自分のバンドに迎えたピアニスト、リチャード・エイブラムス達が半世紀を越えて再び集った歴史的な瞬間を記録したものです。長らく自分たちの方法論を深化させてきた巨匠達の、全てを吐露するような、無邪気にも聞こえる、素晴らしいセッションです。いやあもう全ての音に頭が下がる思いのする音楽でした。
こんなにまとめて彼の音楽を聞き返すなんて思いもしませんでしたが、これだけの作品をリリースした超人的な才能に今更ながら本当に敬服してしまいました。たくさんのエネルギーとヒントをいただいたことに深く感謝しています。心からご冥福をお祈りしたいと思います。
【Jazz Tokyo 寄稿記事】
特集『ECM: 私の1枚』
芳垣安洋『Jack DeJohnnette New Directions / In Europe』
芳垣安洋 Yasuhiro Yoshigaki
パーカショニスト。1980年代、学生時代に関西のジャズシーンで活動を始めたのち、サルサ、アフリカ音楽、民族音楽など幅広いエリアで演奏を行うようになり、1990年代に入ると、Art Ensemble Of ChicagoやJohn Zornなどの影響を受け、しだいにメインストリートのジャズだけでなく、ロックや即興演奏やノイズ音楽などへも活動の場を広げる。
1990年代中ば、東京に移住し、内橋和久とのAltered States、不破大輔の渋さ知らズ、大友良英Ground Zero、 大友良英ONJQ〜ONJO、勝井祐二、山本精一とのROVO、菊地成孔DCPRGなどのジャズ〜アヴァン・ポップを牽引したバンドのメンバーとして活動。他にも、山下洋輔や坂田明、渋谷 毅、板橋文夫、梅津和時、片山広明、をはじめとするジャズ、UA、おおはた雄一、カヒミ・カリィ、元ちとせ、ハナレグミなどのポップス、「いだてん」「あまちゃん」など大友良英などの作曲家たちが制作するTVや映画の音楽、文学座などの舞台音楽、Co.山田うんなどのコンテンポラリーダンスの音楽など、さまざまなエリアで演奏活動を行うようになる。大友良英のグラウンドゼロや渋さ知らズオーケストラなどをきっかけに、アメリカやヨーロッパのフェスティバルなどに出演するようになる。
グルーブのある音楽から即興まで、幅広い音楽性を持つ打楽器奏者として、現在も「Orquesta Libre 」「Orquesta Nudge! Nudge!」「On The Mountain」「MoGoToYoYo」「Vincent Atmicus」等多様なグループを主宰し東京を中心に演奏活動を行う。
中でもOrquesta Libreでは、ROLLY、柳原陽一郎、スガダイローなどの独特のサウンドを持つアーティストたちとのコラボレーションも行う。
打楽器を中心としたアンサンブルのワークショップリーダーとしての活動も、Orquesta Nudge! Nudge!などとともに継続して行っている。近年、東京都の主催企画「アンサンブルズ東京」日本財団の「True Colers Festival」などにもこの活動が繋がるようになっている。
日本のみならず、ヨーロッパやアメリカ、南米の音楽家との共同制作も行い、Lester Bowie、Don Moye、John Zorn、Bill Laswell、Enrico Rava、Barre Phillips、Lee Konitz、Rod Williams、Billy Martin、Cyro Baptista、Santiago Vasquezらと共演を重ねてきた。特に近年、Kasper Tranberg、Simon Toldam、Mark Solborg、Adam Pultz Melbyeらのデンマークの音楽家たちとの国境を超えた活動も続けている。













