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From the Editor’s Desk 稲岡邦彌No. 281

From the Editor’s Desk #3「パラリンピックとキース・ジャレット」

text: Kenny Inaoka 稲岡邦彌

東京オリンピック2020 に続いてパラリンピックが開催中で、連日日本のアスリートのメダル獲得が報じられている。たくさんの競技をリアル・タイムで観る時間がないので、スポーツ・ニュースで結果を知るだけなのだが、日曜日の「サンデー・モーニング」はダイジェストで動画を観せてくれるので重宝している。先週放送の「サンデー・モーニング」の “パラリンピックの歴史” を観て大変な思い違いをしていることに気が付いた。パラリンピックのパラは、paralyzed、つまり〈麻痺している〉から来ていると思い込んでいたのだが、正しくは、pararrel〈並行した〉から来ているパラだったのだ。オリンピックと並行して開催されるもうひとつのオリンピック、つまり、パラリンピック。障がいを意味するパラと思い込んでいたので、オリパラという略称を耳にするたび不快感を催していたのも事実。しかし、番組によれば、パラリンピックの起源は、1948年にイギリスの病院で第二次世界大戦で脊髄を損傷した軍人のリハビリのためのアーチェリー競技会に始まり、脊髄損傷等による下半身麻痺=対麻痺、パラプレジア(Paraplegia) のパラとオリンピックの合成語ということなので、僕の類推もあながち間違ってはいなかったことになる。その後、1985年に、半身不随者以外の身体障害者も参加する大会となっていたことから、麻痺を意味するParaを並行を意味するParaに読み替え、1988年のソウル大会からパラリンピックを正式名称とすることになったという。この時点で麻痺のパラの意味が完全に消え、並行の意味のパラに変わり「もうひとつのオリンピック」として自立することになった。事実、今年の東京大会を見てもハンデは麻痺を含め肢体不自由から知的障がいまでじつにさまざまである。そのなかで、ひとつとても印象的なシーンがあった。女子の背泳、先天的に両腕が肩からない女子が足だけで泳ぎきり金メダルを獲得したのだが、そのゴール・シーン。スピードを緩めることなくセンサーを埋め込んだ壁に頭から激突したのだ(少なくともそのように見えた)。文字通り、ゴーンという音が聞こえて来そうな激突だった。キャップの内にショックを和らげるパッドでも縫い込んであるのだろうか?このほか、車椅子に乗った選手によるラグビーやバスケットボール、時には車椅子をぶつけ転倒させるパワー・プレイもあり格闘技に近い。
コロナ禍の中でのオリンピックの開催にはずっと反対の態度を取り続けていたが、パラリンピックのアスリートたちの健闘ぶりを見ているとやはり開催してよかったのだ、という気持になってくる。ハンデを抱えながら鍛えに鍛え、4年、5年目に同じハンデを抱えた相手と競い合い、表彰されメディアに大きく露出される。やはり、何ものにも代え難い充足感に違いない。僕らはオリンピックやパラリンピックそのものに反対していたのではない。それらを主催する組織のあり方や商業主義に走りすぎた運営方法に反対していたのだ。コロナ対策をなおざりにして自らの目的のために開催を強行するその手法に反対していたのだ。彼らはアスリートたちが流す汗や涙を見て僕らと同じように感動に震えることがあったのだろうか。

パラリンピックを見ながら思い出したのはキース・ジャレットのことである。短期間に二度の脳卒中に見舞われ左半身の自由を失った。リハビリを経て2年目にNYタイムスのインタヴューを受け病状を公表した。杖をつきながらゆっくり家の中を歩ける程度だという。インタヴューではもう二度と演奏活動はしない、と言い切っていた。〈しない〉、というより〈できない〉、ということなのだろう。果たしてそうだろうか。リハビリ施設に入院中、戯れに弾くピアノの周りに患者の群れができたという。もちろん、キース・ジャレットが何者であるかを知らない人たちである。幸い右手を使ってピアノの高音部でメロデイを紡ぎアドリブを展開することができる。クラシックの世界では左手1本で再起した舘野泉がいる。左手のピアニスト用には多くの作品が用意されており、オリジナルも献呈されている。果たしてキースはどうだろうか。右手だけで復帰するだろうか。パートナーがピアノを嗜むようなので、連弾もあり得るかもしれない。作曲はどうだろう。パラリンピックを観ているといろいろな可能性が浮かんでくる。完璧主義者のキースのことだから時間はかかるだろうが、ぜひ挑戦してもらいたいものだ。ながらくキース・ジャレットの音楽を愛してきた日本のファンのために夢を語ろう。僕らが計画している「ジャズ・ミュージアム」にキースのピアノ(現在、ハンブルグとニューヨーク製1台ずつ所有している)を持ち込みそこで演奏してもらうことだ。平場でファンと同じ目線で演奏するキース。近くに温泉がある。湯治しながらしばらく滞在してもらったらどうだろう。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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