#29 高瀬アキ、アルバート・マンゲルスドルフ賞受賞に寄せて

閲覧回数 11,533 回

Aki Takase, Albert-Mangelsdorff-Preis 2021: 05.11.2021 Jazzfest Berlin, Photo-copyright © Detlev Schilke

 

text by Kazue Yokoi 横井一江
photo by Detlev Schilke

 

第21回アルバート・マンゲルスドルフ賞の授賞式がベルリン・ジャズ祭期間中の11月5日に行われた。今回の受賞者は高瀬アキである。これは彼女にとって大きなプレゼントだったに違いない。

アルバート・マンゲルスドルフ賞は1994年にドイツ・ジャズ・ユニオンによって設立され、ドイツのジャズシーンにおいて継続的な音楽的業績と重要な役割を果たした傑出した音楽家へ2年に一度贈られる。今回の受賞理由を簡潔にまとめると、高瀬アキの国際的に評価されている印象的で多様な作品、パワフルで表現力豊かな演奏スタイル、そしてジャズの伝統を繰り返し探求し、そのルーツを再解釈してきたこと、また若手ミュージシャンとのコラボレーションにおいても若いジャズの才能をサポートし、そこに自分の音楽を新鮮な形で織り交ぜるという、独自の先駆的なアプローチを常に続けてきたことが認められたということだ。また、1980年代からベルリンのシーンで活動してきた高瀬だけに、ジャズの多文化性と国境を越えたアイデンティティを象徴した存在としても評価されている。

現在ドイツでは音楽関係の様々な賞があり、コロナ下の今年はドイツ連邦文化大臣モニカ・グリュッタースがドイツジャズ賞 Deutscher Jazzpreisesを立ち上げているが、その中でも歴史があり、最も重要なのが、ドイツ人でアメリカを始めとして国際的に高い評価を受けた最初のジャズ・ミュージシャンであるアルバート・マンゲルスドルフ(→リンク)の名を冠したこの賞と言っていい。1973年にドイツ・ジャズ・ユニオンが設立され、ジャズミュージシャンの利益を擁護し、文化政策面でミュージシャンの意見を政府や文化振興機関などに代弁できる機関があるというのも日本から見れば、特にコロナ下で様々な問題が発生している現在だけに羨ましいところである。

ちなみに第1回の受賞者は高瀬の伴侶であるアレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハで、これまでの受賞者はペーター・コヴァルト (1995)、エルンスト・ルートヴィッヒ・ペトロフスキー (1997)、ハインツ・ザウアー (1999)、ウォルフガング・シュリューター (2001)、ウルリケ・ハーゲ (2003)、ウルリッヒ・グンペルト (2005)、ギュンター・ハンペル (2007)、エヴァーハルト・ウェーバー (2009)、ペーター・ブロッツマン (2011) 、ニルス・ヴォグラム (2013)、アキム・カウフマン (2015)、アンゲリカ・ニーシャー (2017)、パウル・ローフェンス (2019) と錚々たる顔ぶれである。フリー系のミュージシャンが多いのは、1960年代以降独自の音楽を切り拓いてきたのが彼らだったからだろう。外国籍の受賞者はこれまでになく、高瀬の受賞は快挙と言っていい。ドイツでも各地域のローカルな音楽シーンによって違いがあるが、ベルリンには様々な国籍の音楽家・芸術家が居を構えている。高瀬の受賞は、たとえ外国籍であってもドイツのジャズ界への貢献があれば、それが認められるということを示したものではないだろうか。

この機会にこれまでの高瀬アキの活動を振り返ってみよう。1970年代初頭にプロ・デビューし、東京を始めとした日本国内で演奏活動していた高瀬が海外へと活動の場を広げるきっかけとなったのは、1981年のベルリン・ジャズ祭への出演である。この年のベルリン・ジャズ祭では、日本の小特集が組まれ、他に日野皓正グループ、坂田明オーケストラ、渡辺香津美デュオが出演した。当時の音楽監督ジョルジュ・グルンツとEnjaレコードのエバーハルト・ウェーバーはリサーチのために来日し、新宿ピットインなどに足繁く通っていた。日野はそれ以前にもベルリン・ジャズ祭に招かれており、また坂田はメールス・ジャズ祭に山下トリオで出演していて、ドイツでも既に知名度があった。おそらく来日した2人には新しい才能を発掘しようという野心があったに違いない。そして、目に留まったのが高瀬アキで、トリオ(高瀬、井野 信義、森山威男)でベルリン・ジャズ祭に出演。Enjaレコードからはこの時の演奏が『Song for Hope』(enja) としてリリースされる。その後も毎年のようにドイツ、ヨーロッパをツアーし、1987年にはベルリンに移住する。これは彼女にとっていいタイミングだったと言っていい。この時期、1980年代半ばから1990年代にかけて、ヨーロッパのジャズ祭では女性ミュージシャンがクローズアップされ、ジャズ祭では「女性特集」が度々組まれていた。今では考えられないかもしれないが、それまではヴォーカリストは別にしてジャズにおける女性ミュージシャンはピアニストなどいるにはいたが、数は決して多くなく、注目されるほどの活躍をしていた女性ミュージシャンは限られていたのである。高瀬も渡独後、マリア・ジョアン(vo) とのデュオが高評価を得たこともあって、その存在は広く知られるようになるのである。

そしてまた、ベルリンに移住した1987年より音楽監督アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハと共にベルリン・コンテンポラリー・ジャズ・オーケストラ(BCJO) での活動もスタートさせる。軸足をベルリンでの活動に移したことから、日本の音楽シーンとの関わりは希薄にならざる得なかった。それでも1993年には日本人メンバーによる高瀬アキ・セプテット(五十嵐一生、林栄一、片山広明、板谷博、井野信義、日野元彦)でベルリン・ジャズ祭に出演、翌年もヨーロッパ・ツアーした他(2度目のツアーからは日野に代わって小山彰太)、日本ツアーも行っている。長年の希望が叶って実現した1996年のBCJO日本公演は、このセプテットのメンバー他も加えた特別編成での公演となった。2000年にはラージ・グループ「プレイズ・W.C.ハンディ」を始動させ、テーマを変えて「プレイズ・ファッツ・ウォーラー」で活動、ピアノ・ソロではエリントンを取り上げるなど、ジャズ史の偉人たちの作品の再解釈することでそのエッセンスを現代に蘇らせている。他方、「アキ・アンド・グッド・ボーイズ」、シュリッペンバッハ とDJ Illvibeとの「LOK.03」、ルイ・スクラヴィスが参加した「La Planete」などのユニットや、シュリッペンバッハ、長年の相棒のルディ・マハール、デイヴィッド・マレイ、ルイ・スクラヴィス、ハン・ベニンクとのデュオでも活動を行っている。以前からエリック・ドルフィーを研究していた高瀬は、ドルフィー没後50周年の2014年にはシュリッペンバッハとの共同プロジェクト「So Long, Eric」ベルリン公演を成功させ、ストラスブール、チューリッヒ、オスロで再演、国内でもカルテット(高瀬、林栄一、井野 信義、田中徳崇)でツアーを行った。1999年から続いている作家多和田葉子とのコラボレーションは現在も継続している。

Aki Takase, Klavier, Daniel Erdmann, Saxofon – Aki Takase’s Japanic – 05.11.2021: Jazzfest Berlin, Photo-copyright © Detlev Schilke

高瀬アキの最近の活動で注目すべきなのは、2018年に始動したダニエル・エルドマン、DJ lllvibe、ヨハネス・フィンク、ダグ・マグナス・ナルヴェセンとのクインテット「JAPANIC」、ダニエル・エルドマンとのデュオ、クリスチャン・ウェーバー、ミヒャエル・グリーナーとのトリオ「AUGE」だろう。アルバート・マンゲルスドルフ賞受賞記念コンサートは「JAPANIC」での演奏だった。このグループでは、ターンテーブル奏者DJ Illvibe の参加が功を奏し、サウンドの枠組みがぐっと広がった。ジャズというフォーマットを踏み外したり、逸脱したり、即興演奏を含めて様々な音楽要素がそれぞれ個性の違う作品の中で交錯する。そこに面白みがあり、私達が生きる現代社会を映し出しているようでもある。通常のカルテットやクインテット編成ではここまで幅広い展開はなかっただろう。さらに一言付け加えるならば、高瀬のピアノはタッチといい、聞けばすぐそれとわかる主張と、メロディアスな演奏では聴き手の心を掴むリリシズムがある。受賞記念コンサートでは最後にベルリン在住のメゾソプラノの中村まゆみも登場。中村とは「カルメン・ラプソディー」というユニットで、歌劇「カルメン」の作品を通してオペラと即興の新たな組み合わせに挑んでいる。高瀬は他にも来年に向けた新たなプロジェクトを計画中だという。最近作には『Aki Takase Japanic / Thema Prima』(BMC)、『Aki Takase & Daniel Erdmann / Isn’t It Romantic?』(BMC)、『Aki Takase, Christian Weber & Michael Griener / AUGE』(Intakt)などがある。

残念なのは、日本ではジャズ・ミュージシャンへの助成を得ることがなかなか難しく、高瀬がドイツで活動しているユニットで日本ツアーがなかなか出来ないことである。そしてまた、日本人ミュージシャンとの活動も腰を据えてリハサールが出来ないことから、限定的なものにならざる得ないことだ。ベルリンのミュージシャンとは日常的に仕事があってもなくても練習する中で様々なアイデアなり、音楽そのものが醸成されていくのだろうが、年に一度ぐらいしか帰国出来ない状態ではそれはなかなか難しいのである。

昨年今年とコロナ下のために高瀬の帰国ツアーは実現しなかったが、来年以降よい形で帰国時にライヴなり、ツアーが出来ればとても嬉しい。

最後に心からのおめでとうを!

 


【関連記事】

第1回ドイツ・ジャズ賞、ピアノ部門は高瀬アキ
https://jazztokyo.org/news/post-66350/

Reflection of Music Vol. 7  アルバート・マンゲルスドルフ 最後のベルリン・ジャズ祭
http://www.archive.jazztokyo.org/column/reflection/v07_index.html

Reflection of Music Vol. 53   高瀬アキ
https://jazztokyo.org/column/reflection-of-music/post-16460/

【関連リンク】

アルバート・マンゲルスドルフ賞受賞記念コンサート@ベルリン・ジャズ祭2021
https://www.arte.tv/de/videos/106322-012-A/aki-takase-s-japanic-herbie-tsoaeli/

JazzFest  Berlin 2021 on Demand →リンク

授賞式&受賞記念コンサート他ベルリン・ジャズ祭2021の写真 by Detlev Schilke
https://photos.app.goo.gl/ie5WqGQZiVT7Rxz47

The Eyecatcher Blog by Detlev Schilke  →リンク

 

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。