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BooksNo. 226

#88『音楽の原理』

Text by 伏谷佳代 Kayo Fushiya

ISBN:978-4-86559-152-1 C1073

書名:音楽の原理
著者:近藤秀秋
版元:アルテス・パブリッシング
頁数:576頁
初版:2016年11月24日
定価:8,000円(+税)

*帯文
物理学、心理学、認知科学、文化人類学、音楽学、音楽理論・・・・・・
あらゆる知の領域を越境し、音楽の淵源にせまる!

*目次
第Ⅰ部 原理 第1章 身体性/第2章 内観/第3章 外観/第4章 体制化
第Ⅱ部 コンテクスト 第5章 経験世界・社会・文化/第6章 文化型と音楽
第Ⅲ部 実践 第7章 実践の視界/第8章 作曲/第9章 演奏/第10章 実践


音が生じ、それが音楽として耳で捕集されること。内観と外観という「境界」を考察する基本ユニットから始まる、外部との出会いと交感の連鎖。発し手と受け手が身体感覚を通じて共有してきた、世界の数多ある文化圏での音楽のあり方、その歴史。同時に、音楽を発し受容することの周縁にある幾多の学問。音にまつわる総現象を纏めあげ、検証したのが本書である。

そもそもなぜこうした途方も無い規模の命題に取り組んだのかが、終盤になっていよいよ明かされる(個々の章の詳細については、実際にお手にとって確かめられたい)。極めてシンプルな帰結だが、近藤秀秋という音楽に取り憑かれた人間の、生きることへの止むに止まれぬ手段—生存に関わる格闘そのもの、その現時点までの集大成—が本書であったということが。読者はそこですとんと腑に落ち(リアリティを持ち)、読み進んできた膨大な量が納得される。

576ページという分量に圧倒されるが、細部を成す文章スタイルは至って平易である。感情と理知との間のニュートラルな距離感、過不足ない長さのセンテンスからは、語られる領域が多岐に亘っているにも拘らず一定のピッチのようなものが感じられる (とりわけ第Ⅱ部は、それだけで音楽を軸として編み直された世界文化史となっており、音楽に関わる者のみならず、文化事業や観光業に従事する方にも一読を勧めたい。新たな地平が開けるはずだ)。様々な事象に応用できそうな真理を含む数々のセンテンスから最も強く心に刺さったのは、「文化と音楽との関係とは、文化が音楽に影響を及ぼすという一方的な働きを見せるものではなく、音楽も文化に影響を与えるという相補的な関係を築いている」(p.323)というくだりである。思えば音楽から怒涛のような感動を受けることが少なくなったと言われる昨今、この現象はどこに端を発するのか。我々を取り巻く文化が、いつ・どこで(フレーム)、誰によって(パースペクティヴ)といった構造上の明確さを欠くという均一化の事実にか、我々自体の主体性や個性のなさが逆に文化のほうに吸い上げられているのか、その相互作用により生み出された膠着状態なのか、と問わずにはおれないタイムリーさで迫る。究極、「我々が深い衝撃を受ける音楽とはどういうものか」を顧みれば、それは先に述べた著者の生き様そのものとシンクロしてくる。「切実さ」を嫌が応にも感じさせる音楽、に他ならない。どのようなスタイルのものであれ、この人間は音楽をやるしかなかったのだ、音楽をやること以外は死に等しい、と直截な強度が押し寄せる音楽。そういう音楽=音楽家に出会うことは現在では少ない。器用に何でもこなせるタイプの音楽家は増えているのかもしれないが、優秀だと感心することはあっても心が共振するような感動を覚えることはない。日常生活の延長の次元でしかないからだ。聴き手側も、音楽に癒やしやイージーさを求めるようになって久しい。字数制限と「分かりやすさ」の名目のもと、評論家の文章にも安直な表現ばかりが多くなった(気安いトークではなく「書けて」なんぼ、の世界であるはずなのだが。単なる情報供給源などもはや誰も求めてはいない)。

音楽だけがもたらすことのできる本質的な生の手応え(リアリティ)—それは核であると同時に捉えがたい神秘でもあるのだが—へ至る過程を、史実や人間の身体のメカニズムを丹念に解きほぐし、あらゆる照応関係を証左して積み上げた記念碑的な大著。ただの惰性となりかねない、音楽を発する行為や聴く行為を掘り下げるとき、寄す処(よすが)となる新境地がここに拓けたことをまず喜びたい。同時に、著者は筆者とほぼ同世代であるだけに、音楽が生まれざるを得ない痛切な始点をがっちりと捉え、向き合い、その知と情緒の複雑に絡み合う領域に大胆にメスを入れる実行力に、ただただ畏敬の念を覚えるばかりだ。(*文中敬称略)

*著者の音楽は、リーダー作『Asyl』にその醍醐味が凝縮されている。
https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-12351/

*また、本書『音楽の原理』の購入者限定のCDRがある。『Asyl』の完結編ともいえる実践の在りようが窺える。静謐のなかを独歩し交錯するフレーズ—独特なソロ・ワークは一聴の価値あり。
http://artespublishing.com/books/86559-152-1/

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。欧州に長期居住し(ポルトガル・ドイツ・イタリア)各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評(月刊誌/Web媒体)、演奏会プログラムやライナーノーツの執筆・翻訳など多数。

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