#2343『佐藤允彦&森山威男 feat. レオン・ブランチャード&アイドリス・ラーマン / LIVE AT CAFÉ OTO』
Text by Akira Saito 齊藤聡
Takeo Moriyama 森山威男 (drums)
Masahiko Satoh 佐藤允彦 (piano)
Idris Rahman (tenor sax)
Leon Brichard (electric bass)
1. Evening Snow
2. リンゴ追分
3. East Plants
4. 渡良瀬
5. Other Worlds
6. キアズマ
Recorded live at Café Oto, 8 September 2019
Produced by Tony Higgins
Mixing by Masahiko Satoh
Mastering by Taishi Taruoka
Mastering and Lacquer cut by Frank Merritt at The Carvery
Photography by Eddie Otchere & Tony Higgins
Design by Jake Holloway
ライヴは佐藤と森山のデュオで幕を開ける。佐藤のオリジナル<Evening Snow>を、たとえば佐藤がエディ・ゴメス、スティーヴ・ガッドと組んだ名盤『Double Exposure』(1988年録音)と聴き比べてみると、森山の異様な存在感がなおさら実感できる。それは厭くことなくバスドラムをボディブローとして打ち続けるようなもので、Café OTOのややデッドな響きも相まって、この音空間を共有した観客の昂揚ぶりが想像できようというものだ。<リンゴ追分>の迫りくる力もまたたいへんなものであり、寄せては返す波ではなく波涛の飛沫を浴び続けるのみ。たしかに原曲の断片を聴き取ることはできるものの、ロンドンで展開されたのは戦後日本のムードというよりも佐藤・森山という両レジェンドの力量であったにちがいない。
そしてロンドン側からサックスのアイドリス・ラーマンとベースのレオン・ブリチャードが加わり、ジャズの典型的なカルテット構成となる。かれらは現地のイル・コンシダード(Ill Considered)のメンバーであり、サウンドの特徴としてはアフリカ、中東、南アジアのリズムを取り入れた作品によって注目を集めてきた。だが、このアルバムで聴くことのできるサウンドはそのようなものではない。かれらのオリジナル<Other Worlds>が日本的な音世界を逆照射しているようで興味深くもあるが、演者としての個性もまたそのヴェクトルのゆえか、もっとも発揮されている。ブリチャードの不穏なベースの響き、ラーマンの東洋的な旋律はなるほどおもしろい。佐藤が前面に出てきてサウンドを巧くまとめたのはやはり経験によるものだろう(逆にいえば森山が暴れないのも可笑しい)。
対照的に、森山の<East Plants>や板橋文夫の<渡良瀬>は完全に佐藤・森山の重力圏内にあり、ラーマンもブリチャードも日本のフリージャズシーンの存在だと言われても信じてしまうほど適応している。その観点では、推進力をもつブリチャードやラインを粘っこく飛ぶラーマンも聴きものだ。もちろんクライマックスに披露される「森山スペシャル」は変えようがない。そういうものである。
ただ、異文化遭遇の場ではなにかこれまでと異なるものを聴きたい。アルバムは山下洋輔の<キアズマ>で締めくくられるのだが、筆者の接してきたいくつものヴァージョンのどれとも異なっている。ラーマンが複雑なテーマを軽やかに吹いては奇妙な模索を行うプロセス自体が音楽となっているし(かつてテナーのラヴィ・コルトレーンがライヴでテーマを吹けない場面に居合わせたときには失望したが、いまやヨーロッパにはかなり浸透しているのだ)、ブリチャードが自由を与えられてソロダンスを踊るごときベースを弾くことも愉快だ。大きなうねりの創出は森山と佐藤が担う。この共同作業でにやりと笑い満足するファンも多いはずである。
(文中敬称略)