#2366 『アレッサンドロ・ガラティ/プレイズ・スタンダード Vol.2
『Alessandro Galati / Plays Standards Vol.2』
text by Masahiro Takahashi 高橋正廣
寺島レコード TYR1122 SACDハイブリッド ¥3,850(税込)
Alessandro Galati – piano
Ares Tavolazzi – bass
Bernardo Guerra – drums
01. Stella by Starlight
02. All the Things You Are
03. I Remember Clifford
04. My Romance
05. Someone to Watch Over Me
06. Lament
07. Old Folks
08. Body and Soul
Recorded at Larione 10 studio, Florence. June. 2024
Mix&Mastering : Stefane Amerio
スタンダード・ナンバーとは当初はミュージカルや映画の挿入歌などのティン・パン・アレイ(流行歌)として発表されたものが長い歳月を掛けて多くのミュージシャンによって演奏される過程で多くの聴き手の感動をその身に纏ったことで強固なイメージのDNAを獲得した結果として“スタンダード化”したわけだから、“強力な磁力を持つ”スタンダードへの向き合い方はミュージシャンにとって、その資質を問われることに他ならない。
スタンダードに集中的に取り組んだ作品と言えば、キース・ジャレットのスタンダード・トリオの諸作を抜きに語ることは片手落ちとなるだろう。そのキースのECM「Standards Vol.1&Vol.2」(1983年)を聴くと、キースの向き合い方の独自性に気が付く。キースは勿論、ゲイリー・ピーコック、ジャック・ディジョネットが意図したのはメロディ、コード、リズムを一旦解体し、各人が培ってきた音楽的土壌を背景に独自の解釈と切り口で三者がせめぎ合いながら再構築していく野心的な取組みであることが明瞭だ。結果として耳慣れたスタンダードに新しい生命を与えることとなった、その挑戦にファンは喝采した。
さて、アレッサンドロ・ガラティである。本アルバムに触れる前にビル・エヴァンスという大きな泉から溢れ出た硬質なリリシズムに彩られたピアノ・スタイルは米国よりも欧州各国のピアニスト達によって継承、増幅されてより耽美的でナルシスティックな方向へと進み、欧州系美旋律というピアニストの一大系譜を創り出したことはJazz Tokyoの読者なら先刻ご承知のところだろう。
そして欧州ジャズの先進国の一つ、イタリアを代表する美旋律ピアニストの代表格がこのガラティだ。ガラティ初期の代表作とされる『Traction Avant』(1994年)を聴くと、ガラティのオリジナル曲がほとんどを占めていることと無関係ではないだろうが、共演のベース奏者パレ・ダニエルソンとのお互いの美意識の衝突とも思えるインタープレイが展開されスリルに富んだドラマが生れている。さらに『Cubicq』(2005年)でも自作および自国イタリアのミュージシャンのジャズ・ナンバーが採り上げられていることから、スタンダードのメロディが持つ強固なDNAに左右されることなく、ガラティの胎内から湧き上る独創性に富んだ美旋律といったニュアンスが強かったように思われる。
しかし、ボサノヴァの神様A.C.ジョビンの曲ばかりを採り上げた近作『Portrait in Black and White』(2022) ではジョビンの曲ならではの強烈なDNAを前にガラティのピアノはそのメロディを寵愛するがごとくソフトなタッチのプレイに徹して作曲者への敬意と曲に対する親和性を旨としているように聴こえる。
本アルバムは、タイトルが示す通り、寺島レコードの肝入りで制作された全23曲のスタンダードをVol.1~Vol.3に分けてリリースされた第2作。
ヴィクター・ヤングの名曲01.<Stella by Starlight>は寺島レコード『Shades of Sounds』(2017年)の再演で、この2作はベーシスト、ドラマー共に異なるので単純な比較は出来ないが、本アルバムの方がよりシンプルに美的に旋律を歌い上げている印象。
02.<All the Things You Are>をこれほどまでに抒情的に表現したピアニストは希有だろう。ガラティの本質を見せられる演奏だ。作曲者ジェローム・カーンが意図したニュアンスをガラティは己の美意識というオブラートに包んでいるようだ。ラスト近くの独自のアレンジには光るものがある。
ベニー・ゴルソン(ts)がクリフォード・ブラウンの不慮の事故死を悼んで作曲した03.<I Remember Clifford>はガラティの美しいタッチが際立ち、ジャズ・ジャイアントへの哀惜の念が究極までに高められている。筆者にはやや過剰に聴こえたが...。
B.エヴァンスの愛奏曲として名高いロレンツ・ハート(詩)、リチャード・ロジャース(曲)の04.<My Romance>は多くのピアニストによる名奏がある。ガラティはオーソドックスなミディアム・テンポからスインギーでエッジの立ったソロ・ワークを聴かせる。ソリッドでよく唄うアレス・タヴァオラッツィのベース、ベルナルド・グエッラとの4バースも聴き応え充分ながら、各人のソロのバックでは他の2人は脇役に徹するというスタイルは常套的で、キースのスタンダード・トリオの一触触発性に富んだスリリングなスタイルには及ばないようだ。
G.ガーシュイン作の05.<Someone to Watch Over Me>。美音とはこういうシングル・トーンだと言わんばかりのガラティの自信あふれるタッチ、そして録音のアメリオの姿が目に浮かぶようだ。唯々美しいの一言。
06.<Lament>もジャズ・ナンバーの美曲の一つに挙げられるJ.J.ジョンソン(tb)作。ジャズ・ナンバーでは持ち前のジャズの血が騒ぐのだろうか、アップ・テンポで情感の赴くままに鍵盤に向かうガラティの姿が浮かんでくる。
続く07.<Old Folks>の持つ昔なじみへのしみじみとした郷愁感はガラティ好みなのだろうか、ワルツとして演奏することで洗練さとノスタルジックな思いを程よくミックスしている。
ラスト08.<Body and Soul>。ガラティの01.から終始穏やかなテンポでスタンダードのエッセンスを引き出そうとする姿勢はラストまで変わることはない。
本アルバムを聴き終えて、究極の美旋律の弾き手であることを実感させてくれたガラティは1966年の生まれで今年59歳という円熟期への入口に立っている。果たしてガラティは今後どのような道へ歩を進めるのだろうか。「耽美的・抒情的美旋律ピアニスト」という殻を自ら打ち破ってさらなる表現の高みへ向かうのか、それとも聴き手との距離を詰めて美旋律ピアニストとしてのエンターテインメント性を追及してゆくのか、これからのガラティに課せられた命題には違いない。
ガラティの持つ美意識をスタンダートを通して浮かび上がらせるという試みは、名録音技師の誉れ高いステファノ・アメリオのミキシングとマスタリングによって余すところなく聴き手に届けられたと言える。その専門的な分析、評価は本誌 “録音評担当” の萩原光男氏に譲るとして、LP化を意識した3部作というアルバム構成は、湖面に置かれた一脚の椅子という美しいジャケットと共にアナログ・ディスク信奉派には大いに歓迎されることは保証できる。
ビル・エヴァンス、キース・ジャレット、ステファノ・アメリオ、萩原光男、アレッサンドロ・ガラティ、アレス・タヴァオラッツィ、ベルナルド・グエッラ、寺島レコード