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CD/DVD DisksNo. 226

#1372 『児玉 桃 / 点と線 〜ドビュッシー&細川俊夫:練習曲集』
Momo Kodama / Point and Line – The Piano Études of Claude Debussy and Toshio Hosokawa

Text by Hideo Kanno 神野秀雄

ECM New Series 2509 2017年1月27日リリース
ユニバーサル クラシックス UCCE-2090 2017年3月8日リリース

Momo Kodama 児玉 桃, piano

Cloud Debussy (1862-1918)
Études pour piano L136 (1915)
ピアノのための練習曲 L136
Toshio Hosokawa 細川俊夫 (1955-)
Études I-VI for piano (2011-13)
エチュード I-VI ピアノのための

1.ドビュッシー:組み合わされたアルペジオのために(練習曲 第11番)
2.細川俊夫:点と線 (エチュードII) 小菅 優に捧ぐ
3.ドビュッシー:4度のために(練習曲 第3番)
4.細川俊夫:書(カリグラフィー)、俳句、1つの線(エチュードIII)児玉 桃に捧ぐ
5.ドビュッシー:6度のために(練習曲 第4番)
6.細川俊夫:2つの線(エチュードI)伊藤 恵に捧ぐ
7.ドビュッシー:対比的な響きのために(練習曲 第10番)
8.ドビュッシー:3度のために(練習曲 第2番)
9.ドビュッシー:8本の指のために(練習曲 第6番)
10.細川俊夫:歌、リート(エチュードVI) 児玉 桃に捧ぐ
11.ドビュッシー:5本の指のために(チェルニー氏による)(練習曲 第1番)
12.ドビュッシー:和音のために(練習曲 第12番)
13.ドビュッシー:装飾音のために(練習曲 第8番)
14.細川俊夫:あやとり、2つの手による魔法(呪術)、3つの線(エチュード IV)児玉 桃に捧ぐ
15.ドビュッシー:半音階のために(練習曲 第7番)
16.細川俊夫:怒り(エチュードV)児玉 桃に捧ぐ
17.ドビュッシー:反復音のために(練習曲 第9番)
18.ドビュッシー:オクターヴのために(練習曲 第5番)

Claude Debbusy
1. Pour les arpèges composes. Étude XI
Toshio Hosokawa
2. Point and line. Etude II. Dedicated to Yu Kosuge
Claude Debussy
3. Pour les quartes. Études III
Toshio Hosokawa
4 Calligraphy, Haiku, 1 line. Études III. Dedicated to Momo Kodama
Cloude Debussy
5. Pour les sixtes. Études IV
Toshio Hosokawa
6. 2 lines. Études I. Dedicated to Kei Ito
Claude Debussy
7. Pour les sonorités opposes. Études X
8. Pour les tierces Études II
9. Pour les huit doigts. Études VI
Toshio Hosokawa
10. Lied, Melody. Études VI. Dedicated to Momo Kodama
Claude Debussy
11. Pour les “cinq doigts” – d’après Monsieur Czerny. Études I
12. Pour les accords. Études XII
13. Pour les agréments. Études VIII
Toshio Hosokawa
14. Ayatori, Magic by 2 hands, 3 lines. Études IV. Dedicated to Momo Kodama
Claude Debussy
15. Pour les degrés chromatiques. Études VII
Toshio Hosokawa
16. Anger. Études V. Dedicated to Momo Kodama
Claude Debussy
17. Pour les notes répétées. Études IX
18. Pour les octaves. Études V

Recorded January 2016
Hidtorischer Reitstadel, Neumarkt
Tonmeister: Stephan Schellmann
Cover: Fidel Slavo
Liner photos: Jean-Baptiste Millot, Kaz Ishikawa
Design: Sascha Kleis
Produced by Manfred Eicher

児玉 桃が紡ぎ出す18の音の小宇宙へ。
究極の音の領域に踏み込むECM第2作。

『点と線』から松本清張を連想する向きもあるかも知れないが、理系の私には0次元から1次元のイメージ、また「超ひも理論」おける素粒子の表現として、宇宙の時間と空間の根源に想いが及ぶ。実際は、細川俊夫<エチュードI〜VI ピアノのための>の<II点と線>に由来し、書道やカリグラフィーをイメージして名付けたが、児玉によると「ドビュッシーにも細川の練習曲にもそれぞれ、とてもコンパクトな曲の中に、そういった色々な大きなジェスチャーや動きや印象、それと逆に点のように濃縮したジェスチャーもあるのでECMと一緒にこのタイトルを決めた」と言う。
脱線するが、2016年に異例の大ヒットとなった新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』でも、線=「紐」の持つ特別な意味が語られる。「紐は時間の流れそのものだって。ねじれたり、からまったり、もどったり、つながったり。それが時間だって。」(The threads twist, tangle unravel and connect again. That’s time…) そもそもピアノが弦=線の集合体でその複雑な動きが音楽を創る。『点と線』が何重もの意味を持ち、ECM第1作『La vallée des cloches (鐘の谷)』(ECM NS 2343) から3年、根源的な美しさとエネルギーを持った快作にふさわしいタイトルとなった。

児玉は、第一次世界大戦期に書かれたドビュッシー最晩年のピアノ曲である<ピアノのための練習曲>(1915)と、その約100年後に作曲された細川<エチュード I-VI ピアノのための>(2011-13)を交互に、曲順も完全にばらして並べ換えた。その理由を児玉はセルフライナーノーツの中で答える「どの曲にも独自の世界、独自の宇宙があり、前後の曲とはっきり異なっていることに気が付きます。ドビュッシーが出版社に宛てた手紙を読み、彼が今日、楽譜にある曲順で作曲したのではないと知りました。。。私はマンフレート・アイヒャーとともに、この2つの曲集を相互の対話の中で照らし合わせるというアイデアを膨らませました。」
無数の組み合わせから、曲の順番を決めるのに苦労したと言い、その中で両者の対話が生まれた。冒頭のドビュッシー<11. 組み合わされたアルペジオのために>〜細川<II点と線>の流れからため息が出るし、違和感なく、かつ不思議な緊張感を持って時間が流れていく。またドビュッシーと細川を重ねることは、日仏のアーチストたちが相互に関心を持ち創ってきた歴史を遡る。モネが日本の木版画を愛し、ドビュッシーが交響詩『海』表紙を葛飾北斎にし、メシアンが『7つの俳諧』を捧げ、武満がフランスに影響を受け、パリを拠点にする児玉。時間を超えてつながるふたつの練習曲集。

ドビュッシー<ピアノのための練習曲集>は、3〜6分の小曲で、有名曲を超える密度を持ち、研ぎ澄まされながらユーモアもあり、自由さと構造性が両立し、美しさが圧縮された小宇宙群を作るドビュッシーの終着点であり、通常あまり演奏されていないのが残念な優れた作品だ。
他方、細川<エチュード I-VI ピアノのための>は、I をブゾーニ国際ピアノコンクールの課題曲として作曲、IIは中電不動産の委嘱で小菅優により初演、III〜VIは、ルツェルン音楽祭、東京オペラシティ文化財団、英ウィグモア・ホールの共同委嘱によって児玉に捧げて作曲され、2013年11月にルツェルン音楽祭で初演されている。細川も違うアプローチながら詩的表現の幅広さを共通点とし、ドビュッシーと同じ境地に近づき重なり合う。

楽譜から作曲家の心象を読み出し、ピアノに無意識も含め緻密な入力で最大のパワーを引き出し、豊かな音響の中に本来の音楽を再生する特別な能力を持つ児玉は、確かな”素材”を得て、美しい小宇宙たちを紡ぎ出した。そのパラレルワールド間を自由に泳ぎまわり、究極の音響の領域に踏み込んでいく。それはマンフレートの追い求めて来た世界への限りない接近に違いない。意外にも『点と線』を聴くとき、近年のキース・ジャレットのピアノソロと同じ脳の領域を刺激されていることに気付き驚かされた。快感とともに、畏れさえ感じさせる世界。

『点と線』はECMの到達点のひとつであり、それが、ドビュッシーとともに、細川、児玉により成し遂げられたことに感慨を禁じ得ない(前作の武満も加えたい)。児玉とマンフレートがこの先に見せてくれる風景は何か、心地よい興奮に震えている。

【関連リンク】
児玉 桃 オフィシャルウェブサイト
http://www.momokodama.com
細川俊夫 ショットミュージック
http://www.schottjapan.com/composer/hosokawa/bio.html
Momo Kodama / Point and Line – ECM Records (Catalogue)
https://www.ecmrecords.com/catalogue/1478867756/point-and-line-debussy-hosokawa-momo-kodama
Momo Kodama / Point and Line – ECM Records (YouTube)
https://youtu.be/j–4Cn5EzBo
Momo Kodama / La vallée des cloches (ECM NS 2343, 2012)
https://www.ecmrecords.com/catalogue/143038752862/la-vallee-des-cloches-momo-kodama
児玉 桃 ピアノリサイタル 2017年1月31日 パリ日本文化会館
http://mcjp.fr/ja/agenda/momo-kodama
児玉 桃 ピアノコンサート 竹澤恭子(vn) 2017年3月12日 高崎・ガトーフェスタハラダ
http://www.gateaufesta-harada.com/event_news/detail/56
Toshio Hosokawa / Landscape (ECM NS 2095, 2011)
http://player.ecmrecords.com/hosokawa
https://www.ecmrecords.com/catalogue/143038752604/toshio-hosokawa-landscapes-munchener-kammerorchester-alexander-liebreich
Toshio Hosokawa / J. S. Bach / Isang Yun
Thomas Demenga (ECM1782/83, 2002)
https://www.ecmrecords.com/catalogue/143038752373/toshio-hosokawa-js-bach-isang-yun-thomas-demenga
新海 誠 監督 映画『君の名は。』予告編
https://youtu.be/k4xGqY5IDBE
江口 徹 理論で「ひも」解く宇宙
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/newsletter/labo/10.html

【JT関連リンク】
『児玉 桃/鐘の谷~ラヴェル、武満、メシアン:ピアノ作品集』
http://www.archive.jazztokyo.org/five/five1043.html
横須賀芸術劇場リサイタル・シリーズ43~竹澤恭子 堤剛 児玉桃
http://www.archive.jazztokyo.org/live_report/report835.html
#883 La Folle Journée de Nantes 2016 “la nature” ラ・フォル・ジュルネ2016「la nature」〜ナントのレポートと東京のみどころ
https://jazztokyo.org/reviews/live-report/883-la-folle-journee-de-nantes-2016-la-nature-ラ・フォル・ジュルネ2016「la-nature」〜/
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2015 – PASSIONS 恋と祈りといのちの音楽
http://www.archive.jazztokyo.org/live_report/report817.html
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2014 祝祭の日 (後編)
http://www.archive.jazztokyo.org/live_report/report691.html

【メモ】
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2017 〜 La Danse
#137 2017.5.4 21:00-50東京国際フォーラム ホールB5
児玉 桃 & 竹澤恭子
#324 2017.5.6 16:00-45 東京国際フォーラム ホールB7
細川俊夫「セレモニアル・ダンス」「ランドスケープV」他
宮田まゆみ(笙) ロベルト・フォレス・ヴェセス指揮 オーヴェルニュ室内管弦楽団
http://www.lfj.jp/lfj_2017/

註: 松本清張の『点と線』(Points and Lines)は、寝台特急「あさかぜ」に始まるミステリー小説。文芸誌ではなく日本交通公社の旅行雑誌『旅』での連載(1957年2月〜1958年1月)とは知らなかった。1958年11月映画化。

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