#1392『ティグラン・ハマシアン / An Ancient Observer〜太古の観察者』
text by Masanori Tada 多田雅範
現代ピアノ・ジャズ・シーンの諸相をあぶり出す6アルバム連続試聴記
Nonesuch / WMG WPCR-17700 2,400円+税 (4/05発売予定)
ティグラン・ハマシアン (p-solo)
01 Markos and Markos / マルコスとマルコス
02 The Cave of Rebirth / ザ・ケーブ・オブ・リバース
03 New Baroque 1 / ニュー・バロック 1
04 Nairian Odyssey / ナイリアン・オデッセイ
05 New Baroque 2 / ニュー・バロック 2
06 Etude No.1 / エテュード No.1
07 Egyptian Poet / エジプト詩人
08 Fides Tua / フィデス・トゥーア
09 Leninagone / レニナゴーン
10 Ancient Observer / 太古の観察者
11 Etude No.2 / エテュード No.2 (* 国内盤のみのBonus Track)
ティグラン・ハマシアンが来日する!
ソロ・コンサート・ツアー、失われた音を求めて、魂の探求を続けるピアニスト。
東 京 5月24日(水) 浜離宮朝日ホール音楽ホール
沖 縄 5月26日(金) がらまんホール
福 岡 5月27日(土) 古民家SHIKIORI
屋久島 5月28日(日) 屋久島総合自然公園
わたしがティグランを知ったのは音楽サイトmusicircusの若林恵(WIRED誌編集長)が年間ベストに掲げた記事で、だった。この『Fable』のテク、キレ、アルメニアの音楽やジャズを骨格にしながら多彩な音楽性が奔流している傑作だ。
その後ティグランはECMレーベルに抜擢される。故郷アルメニアの宗教歌をコーラス隊と奏でた『Luys I Luso』でデビュー。共演したかったアルヴェ・ヘンリクセン他との『ATMOSPHERES』も昨年リリースしている。その間、ノンサッチ・レーベルから『Mockroot』、全音楽志向のプログレ・フュージョン、アメリカ大陸で響くべくのポップな手触り、を、リリースしている。この寛ぎとハートウォームな開放の音楽はECMでは不可能だった。
ひと昔前であれば、ヨーロッパ精神のECMレーベルと、そこから飛び出したアメリカーナ精神のノンサッチ・レーベルとは、やくざの抗争にも似たミュージシャンの取り合いがあったりしたはずだが、このふたつのレーベルを交互にリリースするミュージシャンなぞ、革命的だと思ったりもする。このどれらの作品も、まったく異なる個性を備えているという驚異。
ティグラン・ハマシアンは十年にひとりのパット・メセニー級のクリエイターだ。
本作『An Ancient Observer』は、ピアノ・ソロ作品。ハモるようなヴォイスも併用させて、ピアノと戯れる様相か。彼の代表作と言える『Mockroot』の世界を、ピアノ1台に置き換えて展開させたものと言えるだろう。いや、これからピアノ1台でツアーやります、こんな感じで演ります、良ろしかったらどうぞ的なプレゼンスを弾いている。
『Mockroot』の世界に、耽溺したうえで、このピアノ・ソロ作品は受け止められなければならない。
一方で、現代ジャズのピアノ史に位置付けようとすると、チック・コリアやミシェル・ペトルチアーニの近くに栄光をもって置ける気はする、むしろ放出力や自動運転という点では上原ひろみにも共通する場所に。いや、やめておこう、このハマシアンのピアノ・ソロ作品は隅々までポップスのメンタリティでクリエイトされている、ということであって、ジャレットが、プーさんが、テイボーンが、渋谷毅が、フレッド・ハーシュが現在性の優位の感覚で拓くジャズ・ピアノとは一線を引いておきたいと付言するだけだ。