JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 42,439 回

CD/DVD DisksNo. 231

#1427 『牧野竜太郎/The Door』

text by Kei-ichi Konishi 小西啓一

Side-B ¥3000

牧野竜太郎 (vo)
カワムラヒロシ (g,chor,sound producer)
成田祐一 (p)
山本 連 (b)
河村 亮 (ds)

01. Get Back (The Beatles)
02. You Are
03. Vertual Insanity (Jamiroquai)
04. フルーツポンチ
05. Me and Mrs.Jones (Billy Paul)
06. 10 More Minutes
07. Ain’t No Sunshine (Bill Withers)
08. 形のないもの
09. La.La.La
10. Just The Way You Are (Bruno Mars)

録音:2017年2月2日、2月3日
Recording, Mixing and Mastering Engineer : 慎 秀範 (DCG LLC)
Assistant Engineer : 涌井良昌 (TAGO Studio)
Recording Studio :  TAGO Studio & NONEWYORK Studio
Produced by カワムラヒロシ

 

古都鎌倉に 「ダフネ」 という居心地の良いジャズ・クラブ&レストランがある。駅からほど近く湘南のジャズ・ファンにはよく知られた店である。かつてこの街には 「ボントロ」「IZA」という銘店があったが大分前にクローズしており、今は唯一 「ダフネ」 がこの街でのジャズの定着・普及に奮闘している感もある。そしてこの店の売りの一つが、若きマスター(オーナー夫妻の長男)の存在で、彼は J-ジャズ・ヴォーカル・シーンを担う有望な資質の一人でもある。

牧野竜太郎。湘南ボーイらしい洒脱感溢れるこの若き好漢は、08年にデビュー作『RM』、12年には2作目『カインド・オブ・ラブ』を発表、着実にその力量を延ばし、層の薄い男性ヴォーカル陣にあって独自の存在感を印象付けて来た。その傍ら彼はモデルとして “CF” に登場したり、土岐麻子、KEIKO などポップ畑のシンガー達の作品にもゲストとして呼ばれるなど、ジャズという枠に捉われない多方面での自在な活躍も目立つ。そんな彼の5年振りとなる3作目『ザ・ドアー』の登場である。プロデュースも担当するギタリスト、カワムラヒロシを始め、成田祐一 (p)  山本連 (b) 河村亮 (ds) といった、同世代の若い面々と一緒に作り上げたジャジーでグルーヴィーな ”ニュー湘南サウンド” とでも呼べそうなこの歌世界。ギンギンなハードコア・ジャズを好む(様に思える)“Jazz Tokyo” の読者の方達に、彼の唄がどう受け取られるか興味ある所でもあるのだが…。

さて今回のテーマは彼自身によると、“ひかり”とのことで、朝・昼間・海・カフェ等々まさに鎌倉~湘南の世界が繰り広げられる。ここでの明るく健康な “漢っぽい色気” を湛えた魅惑的な歌い口は、実際仲々に気持ち良いものだし、今の日本の男性ジャズ・シンガー陣に欠けているものとして、ぼくは高く評価したい。もともと彼は高校から大学までアメリカで過ごしており、日本のジャズ・ヴォーカリストの大きな課題の一つ、言葉については全く問題は無しで、歌の意味合いがストレートに伝わってくる。またそのフィーリングの素晴らしさも、多くの共演ミュージシャン達が保証するところ。プロのシンガーになったのも、「ダフネ」 の常連ミュージシャン達のリクエストに応え、偶然ステージに立ち好評を得たことからだとも聞くが、少しの無理もないナチュラルでソウルフルでもあるその歌声は、このアルバムでも輝きを放つ。

ビートルズの<ゲット・バック>で始まり、ブルーノ・マーズの<ジャスト・ザ・ウエイ・ユー・アー>でクローズされる全10曲。カバー曲は他にビリー・ポールやビル・ウイザーズのソウル・ナンバーがあり、ジャズ・ファン以外のより広範なファンにも訴え掛けたいという、彼の切実な思いを写しており(その為か従来聞かれたスタンダード・ソングは無い)、更に”ジャパニーズ・ポップス“とでも呼べそうな日本語で歌われる自作オリジナルも3曲ほど。特に4曲目の”フルーツ・ポンチ“が自身の一押しとのことだが、ぼくの様なロートル・ジャズ親父にはこれらのオリジナル・ポップスは、今イチ訴求力に欠ける。だがその他のナンバーはどれも軽やかながらも芯の通った、説得力ある素適な歌い振りで充分に愉しませてくれる。特に印象に残ったのは冒頭のビートルズ・カバーと、波と街の音をバックに織り込み歌い込まれるビリー・ポールの<ミー&ミセス・ジョーンズ>(街)、デビュー作に収録されたセルフ・カバー・ナンバーの<ラ・ラ・ラ~海の想い出>(波)の2曲。<ラ・ラ・ラ>の方は湘南っ子~牧野ならではの想いが詰まった好ナンバーで、彼の成熟ぶりを示したものとも言えそうだ。

タイトルの『ザ・ドアー』は、彼がこれから開こうとしている“扉”の様だが、その新たな“扉”の向こうには、ジャズ・ファンをコアにより広範なリスナー層が広がっているのか…。その答えはこの6月初めの自身の店「ダフネ」を皮切りに、7月中旬の横浜「モーション・ブルー」で終了する、全部で15か所を超えるアルバム発売ライブ・ハウス・ツアーで、ある程度ははっきりするのかも知れないが、是非その成功を祈りたい…。何と言っても彼は日本の男性ジャズ・ヴォーカルの中で、稀有な資質を有した素敵なシンガー(以前ぼくのジャズ番組に登場、以来御ひいきの一人)なのですから…。

 

 

小西啓一

小西啓一 Keiichi Konishi ジャズ・ライター/ラジオ・プロデューサー。本職はラジオのプロデューサーで、ジャズ番組からドラマ、ドキュメンタリー、スポーツ、経済など幅広く担当、傍らスイング・ジャーナル、ジャズ・ジャパン、ジャズ・ライフ誌などのレビューを長年担当するジャズ・ライターでもある。好きなのはラテン・ジャズ、好きなミュージシャンはアマディート・バルデス、ヘンリー・スレッギル、川嶋哲郎、ベッカ・スティーブンス等々。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください