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CD/DVD DisksNo. 240

#1502 『福盛進也/フォー・トゥー・アキズ』

text by 金野Onnyk吉晃

『Shinya Fukumori Trio / For 2 Akis』 (ECM2574)
ユニバーサルジャズ UCCE-1171

Shinya Fukumori 福盛進也 (drums)
Matthieu Bordenave マテュー・ボルデナーヴ (tenor Saxophone, clarinet)
Walter Lang ウォルター・ラング (piano)

1 Hoshi Meguri No Uta 星めぐりの歌 (Kenji Miyazawa 宮澤賢治)
2 Silent Chaos (Shinya Fukumori )
3 Ai San San 愛燦燦 (Kei Ogura 小椋佳)
4 For 2 Akis (Shinya Fukumori)
5 The Light Suite:
Kojo No Tsuki 荒城の月 (Rentaro Taki / 滝廉太郎) / Into The Light / The light *, Shinya Fukumori)
6 No Goodbye (Walter Lang Junior)
7 Spectacular (Shinya Fukumori)
8 Mangetsu no Yube 満月の夕(Hiroshi Yamaguchi, Takashi Nakagawa山口洋, 中川敬)
9 Émeraude (Matthieu Bordenave)
10 When the Day is Done (Walter Lang Junior)
11 Hoshi Meguri no Uta 星めぐりの歌(var.) (Kenji Miyazawa 宮澤賢治)

Recorded March 2017 at La Boissonne, Pernes-les-Fonaines
Engineer: Gérard De Haro
Mastering: Nicolas Baillard
Cover photo: Woong Chul An
Liner photos: Nadia F Romanini
Design: Sascha Kleis
Produced by Manfred Eicher


「無言歌のサイクルとしてのロマン」

私の住む町、盛岡からは岩手山がよく見える。この山はシンプルなコニーデ火山で、連なる山並から一際抜きん出て高い。
石川啄木の生地、旧渋民村は現在盛岡市の一部になっているが、そこから眺める岩手山は、まさに威風堂々たる姿で、啄木が北上川とともに望郷の象徴としたのも分かる。
しかし、もし私が岩手山を他所の土地の人々に紹介するなら、言葉が出て来ない。アルプス、ヒマラヤ、富士山などを想像すると、まことに型通りの表現が湧いてくるのだが、毎日のように眺める岩手山は「心象スケッチ」の一部に固定されてしまい、想像力が働かないのだ。

『For 2 Akis』の一曲目「星めぐりの歌」は、宮沢賢治作詞作曲の同曲をアレンジしてテナーサックス、ピアノ、ドラムで演奏している。歌は無い。そしてこのアルバムの終曲、もう一度この曲が演奏される。
こうして最初と最後に同じ曲を配置することは、一種の循環的イメージを齎す。それが「星めぐり」という言葉に呼応するのも確かだ。其の意味でこのアルバムは非常にコンセプチュアルな構成を為し、そのキーになるのが、この曲であり、宮沢賢治であるというのは決して無理な想像ではなかろう。
この案にはおそらく、ピアノのヴァルター・ラングが影響を与えているのではないかとも思う。
実は、かなり前のこと、正確に思い出せないが十数年前にもなろうが、私はラングの演奏を盛岡で聴いた。その場所は、「岩手大学農学部附属農業教育資料館」である。この建物は、賢治の学んだ盛岡高等農林学校本館(大正元年=1912年に完成)であり、現在は建設当時の外観、内部を生かし資料館として公開されている。
建築当時のままの二階講堂には大正6年製のベルリンSteinberg社製のピアノがある。賢治は大正9年迄、同校に在籍したので、彼がこのピアノを弾いたかもしれないという推測から「賢治のピアノ」などとも呼ばれている。
ラングはここでそのピアノを弾いた。このとき、岩手大学出身で「渋さ知らズ」にも在籍していた室館彩が同行し、歌った覚えがある。彼女がラングに示唆してこの企画が出来たのであろう。私がこのコンサートに行ったのも、彼女の友人から誘われたからだった。
ラング名義の2003年のアルバム『Lotus Blossom』(地底レコード)はベースとドラムを擁するトリオに室館のボーカルが参加している。というより彼女の歌に導かれて出来たような音楽だ。
そしてこのアルバムでは不破大輔の作曲による石川啄木の「飛行機」が歌われている。必死で生活する母子の姿と、遥かに揚々と行く飛行機の対比。明治44年=1911年の作だ。
そして此の年、幸徳秋水ら、大逆事件の犯人とされた被告11人が死刑に処せられた。社会主義への強い傾倒を見せていた啄木はこの事件に深く関心を持つが、翌年没する。「飛行機」が詠まれてから一年も経たないうちに。
そして明治は終わった。4年後、賢治は盛岡の農学校に入学した。

『For 2 Akis』には、賢治の他に4人の有名な日本人音楽家の曲が収録されている。そしてリーダー福盛のオリジナルが4曲。
有名な4人については私が語る必要は無いだろう。彼らの曲はどれも人口に膾炙した「歌」だ。
始めと終わりに配された賢治の曲、そこに歌はないのだが、知っている人は思わず口ずさむだろう。またラングと室館の活動経緯を知っている人なら、そこに彼女の声を聴いてしまうかもしれない。
いずれこのアルバム全体はジャズというよりは「歌曲集」であり、いや、もっと適切な表現をするなら「無言歌」であろう。無言歌がロマン主義の賜だとすれば、『For 2 Akis』においては、まさにどの曲もネオロマンチシズムの情緒に満ちあふれている。いや、過剰とさえ思える程だ。
そうだ、世界がシュトルム・ウント・ドラングに翻弄された後に来るのは、圧倒的なまでの叙情の濃霧なのかもしれない。
ラングの啄木、賢治への思いを、私は知らない。しかし、私にも賢治、啄木への固有の思いがある。それを無視して『For 2 Akis』を語る事はできないし、かといって等閑視することもできない。
麓に生活する民と、登山隊が見る同じ山への思いの差異になるのかもしれない。

蓋し、ジャズとは有為変転の意味だ。
この福盛トリオがこれからどのような「ジャズ」を聴かせてくれるのか、未知数である。あるいは同じ星たちを巡り続けるのだろうか。
世界が闘争に明け暮れるなかで、美しく響く音楽が逃避の麻薬であるとは言わないでおこう。しかし、テオドール W. アドルノの「アウシュヴィッツ以後、詩を書く事は野蛮である」という言葉を思い出してみると、「9.11以降、音楽をやる事は欺瞞である」場合も多々あるように思う。
あまりにも多くの血が流れすぎた。我々は止血できるのか、それとも失血してしまうのだろうか。私がジャズに求めたものは、切れば血の出る存在だったのではあるが。

金野 "onnyk" 吉晃

Yoshiaki "onnyk" Kinno 1957年、盛岡生まれ、現在も同地に居住。即興演奏家、自主レーベルAllelopathy 主宰。盛岡でのライブ録音をCD化して発表。 1976年頃から、演奏を開始。「第五列」の名称で国内外に散在するアマチュア演奏家たちと郵便を通じてネットワークを形成する。 1982年、エヴァン・パーカーとの共演を皮切りに国内外の多数の演奏家と、盛岡でライブ企画を続ける。Allelopathyの他、Bishop records(東京)、Public Eyesore (USA) 等、英国、欧州の自主レーベルからもアルバム(vinyl, CD, CDR, cassetteで)をリリース。 共演者に、エヴァン・パーカー、バリー・ガイ、竹田賢一、ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、豊住芳三郎他。

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