# 960『Asuka Kakitani Jazz Orchestra/Bloom』
『垣谷明日香ジャズ・オーケストラ /ブルーム』
text by Masahiko Yuh 悠 雅彦
Nineteen Eight Records
垣谷明日香(composer, arranger, conductor)
John O’ Gallagher (as, ss, fl)
Ben Kono (as, ss, fl)
Jason Rigby (ts,cla)
Mark Small (ts, cla)
Kenny Berger (bs, b-cl)
Jeff Wilfore (Lead tp, flh)
David Spier (Lead tp)
John Bailey (tp, flh)
Matt Holman (tp, flh)
Mark Patterson (tb)
Matt McDonald (tb)
Jacob Garchik (tb)
Jeff Nelson (b-tb)
Pete McCann (acoustic-g, electric-g)
Mike Eckroth (p, rhodes piano)
Dave Ambrosio (b, electric-b)
Mark Ferber (ds)
Sara Serpa (voice)
1. Bloom
2. Electric Images
3. Bumblebee Garden
4. Dance One
5. Opened Opened (ひらいたひらいた)
6. Dragonfly ‘ s Glasses (とんぼのめがね)
7. Islands in the Stream
8. Skip
Recorded on June 14 & 15, 2011 in Brooklyn
目をみはるしかない。国内外のジャズ界における最近の若い女性音楽家たちの恐るべき才能と驚くべき活躍!
前回、狭間美帆の素晴らしいデビュー作を紹介したばかりだが、狭間に続いて垣谷明日香が本アルバムでデビューを飾った。大阪出身の彼女も渡米して勉学に励み、バークリー音楽院でジャズの作編曲家としての下地を積んだ。上原ひろみが在学中から注目を集めた同じ大学の同じ作曲科で、2004年にそのジャズ作曲科から<カーラ・ブレイ賞>を得て卒業した彼女は、ネットで検索すると、ジョー・ロバーノやロビン・ユーバンクスが審査員を務めるBMI 主催のチャーリー・パーカー賞における最優秀賞に輝くなど、すでに数々の栄誉に浴し、作曲界のホープとして大きな期待がかけられていることが分かる。その中で感激したことがある。それは、著名な批評家ダン・モーゲンスターンが彼女の「エレガントなオーケストレーション」を誉め称えていたことと、彼女にとっての最高の“マイ・フェイヴァリット”がジム・マクニーリーの「Skittish」(East Coast Blow outの1曲)だと語っているのを発見したことだった。マクニーリーは私が1976年に先ごろ亡くなったテッド・カーソンの復帰アルバム(Whynot)をプロデュースしたときのピアニスト。面白いのは挟間美帆の最も敬愛する現役の音楽家もマクニーリーで、彼が教壇に立っているからこそマンハッタン音楽院を渡米先に選んだと聞いている。2人の才媛がこぞって慕うとは、マクニーリーは何と幸せなお人だろう。
タイトルの『BLOOM』は色とりどりの花が咲きそろうお花畑を連想させるが、そんな連想が脳裏を走ったのもオープニングの「Bloom」を耳にした瞬間広がる多彩な音色の、変化に富んだアンサンブルが真っ先に飛び込んできたからだ。通好みのサウンドと聴こえるほど構造力に富み、フルートやクラリネット/バスクラを巧みにブレンドし、曲によってはヴォイスをミックスしたその響きの和はまさに咲き誇る花々が目に飛び込んでくるカラフルなサウンド。それが垣谷の渾身のオーケストレーションから生まれてくる有り様だと実感したとたん、彼女の作曲とオーケストレーションの高度なペンの冴えに感服せざるを得なくなる。挟間美帆のデビュー作と比較して感じるのは、どちらかといえば一般受けしそうな狭間のアルバム作りに対して、垣谷のそれは玄人の耳をくすぐるいぶし銀の魅力が中に隠れていて、それを発見してくれる人を待っているかのような、言葉は適切ではないかもしれないがある種の取っつきにくさをもっていることだ。この取っつきにくさはしかし、垣谷の音楽性やオーケストレーションの高度な技や個性ゆえではない。収録された収録曲のうち日本の童歌をテーマにした[5]と平井康三郎作曲の童謡「とんぼの眼鏡」以外の6曲は垣谷自身のオリジナルで、初めて聴く者にはまったく馴染みがないこと。また、ごく一部を除いてオーケストラのメンバーに馴染みのある演奏家がいないこと。加えてホッと息を抜けるトラックがない(最も短い曲で[5]の7分半)ことなどによる。垣谷の音楽をこの1作で初めて知る者には、ほんの少しだけ我慢が求められるという、それだけの些細なことだ。裏を返せばそれだけ、これら8曲の彼女のオーケストレーションとこれをサウンドとして表現するオーケストラ演奏がいかに聴き手の真摯な耳を要求しているかということになる。
実際に全曲を繰り返し聴くことで、ここでの高度なオーケストレーションとアンサンブルの磁力に次第に引きつけられる、そんな快感を私は久し振りに体験した。いったん咲き乱れるお花畑に足を踏み入れると、垣谷明日香の創りだすオーケストレーションの多彩さ、テクスチュアの豊かさ、「ひらいた、ひらいた」や「とんぼのめがね」を新たに甦らせたアイディアの斬新さとペンの冴えが、鮮やかな色彩と自然の移り変わりを活写するような響きをたたえて目や耳に飛び込んでくる。その結果、全感覚を総動員して聴く喜びを体験する至福が待っている。
演奏メンバーは恐らくニューヨークの若手実力派で、垣谷の眼鏡にかなった連中だろう。アンサンブル技術は並みではない。連中はソロイストとしても申し分ないが、それ以上に彼女のスコアを読み切って、サウンドを気持良くブレンドさせているアンサンブルの技が印象的。ここには素敵なブルームがある。垣谷明日香の栄えある米国デビューを喜びたい。
*初出:「JazzTokyo」#182 (2012.12.30)