JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 26,265 回

CD/DVD Disks~No. 201

#1103 『佐藤允彦&ローレン・ニュートン/Skip the Blues』

Moby’s/地底レコード
MC-10019 2,500円(税別)

佐藤允彦(p)
ローレン・ニュートン(voice,perc,electronics)

1. Tierverse with interludes by
a. interlude on The Eagle
b. interlude on The Horse
c. interlude on The Crow
d. interlude on The Woodlouse
e. interlude on The Hedgehog
2. Dedicated to Whom?
3. Train of Thought
4. Trans Pacific Action
5. Song for M.R. (L.Newton)
6. Skip the Blues

録音:M1:ドイツ文化会館 赤坂1982.9.23、M2~6 Studio 200 池袋1986.1.31
プロデューサー:副島輝人&吉田光利

即興ピアノと女声によるふたり芝居。1982年、赤坂・ドイツ文化センターで開かれた現代音楽祭第16回パンムジーク・フェスティバルの「ジャズと現代音楽」で共演したふたりは、3年半後の池袋・スタジオ 200で再会する。両方のプロジェクトに参画したジャズ評論家副島輝人氏により氏の主宰するレーベルを通じて30年ぶりにその貴重なアーカイヴが陽の目をみることになった。
82年の「ジャズと現代音楽」ではジャズ側からピアニストの佐藤允彦が、現代音楽側からローレン・ニュートンが参加、ふたりのほとんど完全即興によるパフォーマンスが約24分にわたって披露された。86年の池袋での公演は5つのモチーフらしきものを設定した上での約34分にわたる即興演奏的パフォーマンス。
佐藤は1941年東京生まれ、慶応の経済学部出身のジャズ・ピアニストであり、作・編曲家。ニュートンは1952年米国オレゴン州生まれ。オレゴン大学を卒業後、独シュトゥットガルトのコンセルヴァトワールに学び、1977年ウィーン・アート・オーケストラの設立に参画。以後、前衛ジャズと現代音楽の分野でインプロヴァイジング・アーチストとして活躍。日本には1982年の初来日以来、昨年のJAZZ ARTせんがわ2013まで何度なく来日を重ねている。
24分にわたる即興演奏が展開されるM1は、<鷲、馬、烏、ゾウリムシ、ヤマアラシの間奏を伴う動物の詩>と題されているが、いずれも収録されている音楽の主題や暗喩とみなされるものではない。バップのランニング・ベースよろしく快調に走り出したニュートンを追って佐藤のピアノが追い、やがて並走するが蜜月が長く続くはずはなく、まもなく分裂。 ニュートンがドイツ・リートを歌い佐藤が伴奏を付ける。ニュートンの即興は歌曲に地声や撥音を混ぜるなど自由奔放に弾ける。佐藤の誘いや仕掛けに対する反応は瞬間的に鋭く、ふたりの交感の密度が聴きどころとなる。ニュートンの打楽器とシャウティングやスクリーミングまで含めたヴォイシング、佐藤のプリペアドと内部奏法が激しく交錯する中間部がクライマックスを作り、聴き手の緊張感も極度に達する。86年の公演では、ニュートンにエコーマシンやシーケンサーの導入が認められ、表現の巾がさらに広がっている。しかし、それでもなお、それらは二義的なツールに過ぎず、ニュートンのよく訓練された美声とピッチ、佐藤のプレストにも寸分違わず並走できるテクニック、即興と感応力が最大の魅力となる。ヴォカリーズの系列には、古くはキャシー・バーベリアンから、ジーン・リー、ヨーコ・オノ、メレディス・モンクらがいるが、インプロヴィゼーションにかけてはローレン・ニュートンの右に出る者はいないと断言できよう。そのことはこのアルバムがよく証明している。ヴォカリーズ、しかもインプロヴィゼーションは苦手、という喰わず嫌いも、タイトル・チューンのブルースを聴けば彼らのすばらしさに魅了されるはずである。彼ら、そう、このアルバムでは、今さらながら佐藤允彦の抜きん出た技術と音楽性がニュートンの魅力を十二分に引き出していることを声高に主張しておく必要がある。
副島氏のレーベル「モビース」は白鯨、モビー・ディックに由来するとのことだが、今後も折りを見て空中高く潮(CD)を吹き上げて欲しいものである。(初出:2014年5月25日)

*『高柳昌行|ペーター・コヴァルト|翠川敬基/即興と衝突~Encounter and Improvisation』
http://www.archive.jazztokyo.org/five/five899.html

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください