#349 『Axel Dörner & Toshimaru Nakamura/vorhernach』
text by Kazue Yokoi 横井一江
ftarri – 221
Axel Dörner (tp)
Toshimaru Nakamura (no-input mixing board)
1.nachhervor
2.vornachher
Recorded by Axel Dörner at Thomas Ankersmit’s flat in Berlin, August 16, 2005
90年代の終わり頃から「即興音楽の新たなパラダイム(註)」と言うに相応しい変化があった。ヨーロッパのあちこち、ベルリン、ロンドン、ウィーン、スイス、フランス、イタリアなど各地で、それまでの即興音楽の概念をうち崩すような表現を試みる若いミュージシャンが次々と現れる。よりサウンド志向の強い演奏は、ある意味クリシエの連続と化した即興音楽へのアンチテーゼであり、音楽における論理性、弁証法的展開を問い返すものと受け取れた。そのサウンド自体、日本では「音響派」という言葉で乱暴に括られたこれまたサウンド志向の強いミュージシャンの演奏に近いものがある。しかし、そこに至った過程、思考は個々異なるし、それはまたサウンドにも現れていたといえる。フリージャズが一通りでなかったように、彼らも一通りの道でそこに辿り着いたわけではないのだ。彼らのやっていることは、不思議と数十年前に実験音楽家が試みたことに類推点が多々あり、それもまた興味深いものがある。
そんなベルリンの新たな即興音楽シーンの兄貴分で、ヨーロッパで随一の評価を得ているのがアクセル・ドゥナーだ。本作は、彼と日本よりもヨーロッパでの音楽活動のほうが圧倒的に多い中村としまるのデュオ。ドゥナーは通常のトランペット奏法では一切吹かず、息音やノイズ的なサウンドに終始。他方の中村は市販の小型オーディオ・ミキサーに無理な結線を施した機器をノー・インプット・ミキシング・ボードと命名した楽器を使用し、内部のフィードバック音で多様な表現で応じる。それまでの即興演奏における個の表現とは異なった世界観でサウンドが構築されていく。サウンド・インプロヴィゼーションが耳新しかった時期は既に過ぎたが、即興演奏の明日を占う音がここにある。
ドゥナーは即興演奏の現場だけではなく、アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハの『モンクス・カジノ』に参加する他、高瀬アキとレニー・トリスターノ作品に取り組むリハーサルを行うなどジャズの演奏家としても優れた才能を持つ。今年7月から8月にかけて単身で来日する予定だが、共演者によって全く異なった音楽が聴かれることだろう。今から楽しみである。
註:第8回ダルムシュタット・ジャズフォーラムにおけるペーター・ニクラス・ウィルソンの講演のタイトル。
本作はImprovised Music from JapanのCDショップFtarriで購入できる。また、CDショップでは自身のレーベル以外にも即興音楽、実験音楽、フリージャズのレア・アイテムが揃っている。
http://www.japanimprov.com/japanese/index.html
(2007年5月30日記)
初出:JazzTokyo #71, 2007年6月更新