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CD/DVD DisksNo. 255

#1616 『Naoki Kasugai(春日井直樹) / Scum Treatment Vol.2』

Text by 剛田武  Takeshi Goda

LP: Daytrip Records DTR-010  Limited 200 only

side A
+SCUM TREATMENT
side B
++SCUM TREATMENT

Equipment used=
bass , guitar , drums , voice , noise , electronics , dick , penis , vagina , sex , sex , sex , sex , sex , sex

Daytrip Records https://waters4143.wixsite.com/daytriprecords

Discogs https://www.discogs.com/ja/artist/4930633-Naoki-Kasugai

 

地下音楽のスカム(ごくつぶし)の自我流暴走サウンドコスモス。

Scum(スカム)とは、「(煮沸または発酵の際に生じる)浮きかす、上皮、(水面にできる)浮き泡、灰汁」という意味に加えて「人間のくず、人間のかす、ごくつぶし、汚物」をも意味する。世界的ノイズ・アーティストMerzbowこと秋田昌美は、1994年の著書『スカム・カルチャー』で、オカルト猟奇殺人、悪魔主義ヘヴィメタル、血まみれ/死体アート等、抑圧的な現代社会の底辺から浮かび上がる異形の芸術表現の相貌を解読した。同時に世界中で営まれる日常生活の地下で蠢く、際限のない欲望と妄想の暴走の果てに生まれたエログロナンセンス/公序良俗違反/ロー・クオリティな音楽(Lowest Form of Music)が、スカム・ミュージックと呼ばれるようになる。「行き過ぎることを恐れない」という地下音楽のテーゼを体現するスカム(ごくつぶし)精神を現代に継承する名古屋在住の異端芸術家、春日井直樹の最新作がここに紹介する『Scum Treatment Vol.2(スカム療法 第2巻)』である(ちなみに2016年に『Scum Treatment Vol.1』がCD-Rでリリースされている)。

筆者が本誌の年末特集<このディスク2018(国内編)>で取り上げた『DADA 1981』は、1981年に春日井が高校生の頃に自宅で多重録音した音源集だった。それから38年後に制作された本作も同じくひとり多重録音である。「三つ子の魂百まで」を地で行く徹底ぶりだが、己の表現欲求を煎じて撹拌したson condensé(凝縮された音)は、若き日の初期衝動が高度な芸術表現に昇華され、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、40年近い熟成期間を経て、人生をコンデンスしたエレクトロアコースティック作品が醸造されたことを意味している。

真っ白なレーベル面には文字もイラストも一切印刷されていない。さらにレコード盤にはマトリックス番号の刻印すらなく、外見からはA・B面の区別は出来ない。仕方なく適当な面に針を下ろした途端、スピーカーから飛び出すのは自由奔放な激情音響の奔流。容赦のないノイズギター、シナプスを切断するサウンド・コラージュ、聴いたことが悔やまれるほど露悪的な呪詛の言葉。赤裸々な感情の吐露と嘲るようなユーモアセンスは、80年代にハナタラシ(山塚アイ)が、90年代に暴力温泉芸者(中原昌也)がノイズ・コラージュ作品で発散した鬱屈した情念に似ているが、秀逸なポップセンスを持つサイケデリック・ロッカーでもある春日井の歌心が多分に盛り込まれた本作は、ノイズ/実験音楽/アヴァンギャルド/電子雑音の範疇に収まらない多面的な自意識(自慰式)解放の極みである。

音楽以上に驚異的なのはアートワークのコンセプトである。200枚限定のジャケットとインナーの全てが春日井自身のハンドメイドで制作され、1枚1枚異なるコラージュ・アートが施されている。全てが1点モノで同じジャケットは1枚もない。新聞や折込チラシや写真週刊誌やポルノ雑誌からの切り抜きを丁寧に貼り合わせた複雑怪奇なアウトサイダーアートをジャケットの表裏合わせて400点(インナーを含めれば計800点!)。それを2ヶ月余りで制作したと言うから狂気じみている。サン・ラが自主レーベルEl Saturn Recordsからリリースした数百種類のレコードのジャケットの多くが、サン・ラやアーケストラのメンバーの手書きで販売されたという逸話を思い出すが、音楽データ/マーケットサイトDiscogsに4oo点すべてのジャケットを投稿した春日井の偏執狂ぶりは、土星人サン・ラを凌駕するのではなかろうか。その変態趣味は上記の機材クレジットを見れば一目瞭然だろう。

2018年4月に『DADA 1981』、7月にDD.Recordsから発表したカセットテープ音源のコンピレーションLP5枚『DD.Records works 1983-84 part one〜five』、12月に新録のアシッド・フォーク作品『呪歌』をリリース。2019年4月にインダストリアル・ミュージック作品『Normal Electronics』、そして6月に本作と架空の映画サントラ『film:music』を同時リリース。約14ヶ月間に10枚のアルバムをアナログ・オンリーでリリースするとは、春日井の制作意欲も常軌を逸しているとしか言いようがない。さらに次のアルバムも制作中だと言う。この暴走を誰が止めることが出来るだろう。いや、止める必要はない。希代の地下音楽のごくつぶし=春日井直樹の世界を聴ける世界は(地下音楽愛好家にとって)なんと素晴らしいことか。突如降って沸いたスカムの神の恵みに感謝したい。(2019年7月5日記)

 

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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